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行商人との旅は2つの村を経由して、1週間。
旅の間、殆んどのことが14歳の俺には初めての体験で戸惑いばかりだった。
幸い生活魔法があるので飲み水と火おこしには困らなかったが薪の大切さや野宿の辛さは身を持って思い知らされた。
もし、一人で旅をしていたらヤバかったかもしれない。
道中の村々ではリーベ婆さんの作ったポーションが飛ぶように売れ、そこそこな町にたどり着いたのだがこの旅の間にかかった俺の費用はリーベ婆さんが作ったポーション類を売ったお金から出ていた。
これも餞別だったようで俺には黙っていた為、行商人に聞かされた時は驚いた。
これはリーベ婆さんに足を向けて寝れないな。
そんな心温まるエピソードも乗り越えて、俺は町へと辿り着いた。
移動中、全く魔物との戦闘もなく、予定通りの日程で到着した為、正直なところ拍子抜けだったが只でさえ慣れない旅だったので良かったと思う。
今はベットでゆっくりと休みたいところだ。
目の前には日本では見慣れない3メートル程の外壁が建っている。
門では町に入る人達の列が出来ており、並ぶ人々の姿は似たり寄ったりだ。
大きなリュックを担ぎ、徒歩での移動をしている行商の人か、防具に身を包み腰や背中に武器を下げた冒険者風の人達。または町人達らしき人々。
そんな人々を眺めながら、列で順番を待っていると行商の人が町の中での過ごし方を教えてくれた。
もし、お金に困って泊まる所がなかったら教会に行けば、数日間なら無料で宿泊させて貰えるとか。ただし、お金に余裕が出来たらお世話になった分のお布施はしなさいとか、街中での攻撃魔法は使用禁止だとか、村とは違い夜は町中でも危険だから無闇に出歩かないようにといった一般常識だ。
説明を聞いていると改めて日本との違いに気付かされる。
行商人の言葉を心にとどめていると列は順調に捌けていきやっと、俺達の番がきた。
「身分を証明するものを出せ」
如何にも量産品といった鉄製の甲冑を纏った兵士のあからさまな上からの態度に日本の接客に慣れた俺は一瞬、唖然となるがここは異世界なのだからこの程度の対応は当たり前なのだと思いなおし、懐から冒険者カードを取り出して荷台の上から渡す。
兵士はカードを一瞥すると粗雑にカードを返してきて、ひと言だけいう。
「問題を起こすなよ。次の奴!」
特に入場料などもなく、無事に町の中へと入った俺は行商人からポーションを売って余ったリーベ婆さんの餞別を受け取り、これまでのお礼の挨拶をしてから別れる。
ここからは自分一人の力で生活していかなければ、ならない。甘えるわけにはいかないのだ。
リーベ婆さんのポーションを売って余った餞別金は1820G。
俺がスライム狩りで集めて、売却した魔石のお金が72330G。
合わせて日本円で換算するとだいたい74150円くらいだと思う。
さいわい、この異世界での物価は安いので安宿に泊まり、無駄な消費をしなければ、2ヶ月は過ごせるらしい。逆に言えば、2ヶ月後には飢えるかもしれない。
そうと決めれば、生活費を稼ぐためにもまず向かうは冒険者ギルドだ。
行商人から聞いた場所と教えてもらった剣と剣が交差する看板を目指して進む。
町並は木造りの建物が建ち並び、メイン通りのみ石畳が敷き詰められ、1歩路地へ入れば地面が剥き出しになっている。
冒険者ギルドはメイン通りに面した町の中心に位置するように佇み、その外観はアメリカ西部時代を彷彿とさせる木造りの両開き扉が印象的で今にも中からカウボーイが出てきそうだ。
初めての冒険者ギルドに少しの興奮と大きな不安を伴い、両開きの扉を押し開くと中から冒険者達の喧騒と獣と酒の匂いが俺の体を呑み込んでいった。
それに臆することなく、ギルドの中に一歩二歩と踏み込んで行くと様々な視線を感じる。
嘲笑うような視線、奇異の視線に獲物を見るような粘りつく視線。
それでも怯む訳にはいかない。ここで弱気なところを見せれば、冒険者達は嬉々として絡んでくるかもしれない。
俺の中では冒険者とはそんなイメージだ。
視線を無視して、俺は受付カウンターに向かう。
カウンターは全部で2つ。
二つあるカウンターを見渡すと、共に受付壌がいる。俺は近い方のカウンターに近付き、冒険者カードを差し出すと聞いてみる。
「俺でも受けられそうな依頼を探している。それと解体の仕事があればやりたい」
受付嬢は俺の顔を見てから微笑みながらひと言。
「ちょうど、解体の方は人を募集しているわよ。その他の依頼は探してみるわね。まずは確認かしら」
此方からでは見えない位置にある物体にカードを差し込み、何やら見ている。
「名前は『りく』。冒険者ランクはGね。討伐記録は・・・んん!?」
お姉さんから変な声が漏れる。怪訝に思い、お姉さんを見ていると5割増しに鋭くなった半眼で睨まれた。
「ねぇ、りく君・・・。」
なんだか距離感が近いのは気のせいだろうか。
「今までに登録以外でギルドに寄ったことある?」
詰め寄るように迫ってくるお姉さんに思わず、腰が引けてしまう。
「い・・いいえ、ギルド自体来たのは今日が初めてです」
「やっぱり!」
何がやっぱりなんだかわからない俺はコンコンと説教されながら冒険者カードについて説明されるのであった。
◇
受付嬢のお姉さんの名前はディアさん。栗色の髪にショートカットが似合う可愛い系お姉さんだ。俺からしたらだが。
ディアさんの説明によれば、冒険者カードには討伐した魔物の記録が残る機能があるそうだ。
そう、俺は今までに7000匹以上のスライムを討伐している。
当然、集計にはそれなりの時間がかかる訳でいきなり面倒な仕事を押し付けた形になる。
冒険者ギルド初日からディアさんに頭が上がらない案件が出来てしまった。だけど、言い訳させて欲しい。
リーベ婆さん、そんなこと一言も教えてくれなかったし!
まあ、教えてもらっていたとしてもスライム討伐はやめられなかったけどね。
そんな訳で俺は今、ディアさんの集計が終わるのをギルド内の壁際にあるベンチに座り待っている。
陽が傾き、ギルドの窓から差し込む光に赤みが混ざってきた頃、ディアさんの集計作業が終わった。
気持ちげっそりしているように見える。
「なんとか混み合う前に終わって良かったわ」
溜息とも取れる言葉を呟きながら俺を手招きする。
近くに備え付けられていたベンチから素早く立ち上り、カウンターの前で直立不動を保つ。
「今回は知らなかったということで勘弁してあげるけど、これからはこまめに申請するように」
「はいっ!」
「よし!それでは色々と教えてあげるわね」
可愛くみせようとウインクされたが疲れが出ているせいかぎこちない。
「まずは今回の討伐記録でりく君はGからFランクに昇格よ。討伐数からすればEランクでも良いんだけど、スライムはGランクの魔物だからどれだけ倒してもEランクには上がれないのよ」
そうなんだと思いつつも確かにそれを許してしまうと問題がある気がする。
「それと討伐報酬ね」
この一言は俺の度肝を抜く。
「今回のスライムの討伐数が7273匹で報酬はスライム1匹につき、100Gだから727300Gね」
「!!!」
まさかの報酬額に言葉が出ないくらい気持ちが舞い上がってしまう。
当分は飢えなくて済みそうだ。
「それからグリフォンの討伐記録があったけど、何か討伐を証明する物はあるかしら?」
そういえば、リーベ婆さんからグリフォンの嘴は討伐証明になるから持っておけと言われたのを思い出す。
とりあえず、魔法の袋からグリフォンの嘴を取り出すとカウンターに乗せる。
「これでいいですか?」
するとギルド内は嘘のように静まり返り、俺のことを差すヒソヒソ声が出始めた。
「カードの故障かと思ったけど、どうやら間違ってなかったみたいね・・・」
お姉さんの顔がまた引き吊ってしまった。
やはり、駆け出しがグリフォンを倒すのは異常なのだろう。まあ、俺の場合は手負いで棚ぼただったんだけど、他の人にはわからないか。
「りく君は知らないかもしれないけど、この辺りにグリフォンは生息していないのよ」
「えっ!?そうなんですか?」
では俺が倒したグリフォンはいったい何処から来たのだろうか。
「本来はね。ただ最近、この辺りに迷いこんで来たグリフォンが1匹いてね。ギルドの方から緊急依頼が出てたのよ」
「それってつまり・・・」
「この嘴を見る限り、りく君が倒しちゃったみたいね」
「でも、この嘴だけではその依頼対象のグリフォンとは特定出来ないんじゃないですか?」
「普通ならそうなんだけど、その緊急依頼に指定されてたグリフォンが異常進化個体で他のグリフォンとは嘴の色合いが違うから一目瞭然なのよ」
なるほど、他のグリフォンを見たことがなかったからわからなかったが異常進化個体はポ○モンみたいに色違いみたいだ。
「それじゃあ、グリフォンの方も処理するけど、詳しい話は後日にでも聞かせてもらうわね」
この後、グリフォンの討伐報酬500000Gも加算されて、所持金が大台の100万を超えた。
「それで大金だけど、どうする?」
どうするとは現金で受け取るか冒険者カードに預金するかだ。この辺の説明も説教とともに教えてもらったので振り込んでもらうことにする。
冒険者カードはクレジットカードのように使うことも出来るのだ。そして、謎に高性能である。
「預金します!」
「わかったわ」
思わぬ報酬にホクホク顔をしているとディアさんは最後にアドバイスをくれた。
「りく君、冒険者っていうのはいつ何が起こるかわからない職業だから貯金するのも大切なことだけど、まずはしっかりとした装備を整えるように!」
俺はまた直立不動を保ち、ディアさんの話を真剣に聞く。
「この町の周りにいる魔物はりく君がいた村よりも強い魔物ばかりだから自分の命を守る為にも装備を揃えるのよ」
「はい!」
「ちょうど、このギルドの隣に冒険者ギルド直営のお店があるからそこなら初心者として安く買えるからおすすめよ」
「わかりました。さっそく行ってみます」
俺の言葉に満足したのか、ディアさんは笑顔で手を振ってくれた。
ギルドを出ると隣のお店向かいながら懐が温かくなったこともあり、足取りは軽かった。