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境界の欠片  作者: 佐々瀬川 サラミ
第二章
8/14

3.可能性






「大丈夫かい、宮越くん?」

「すみません。まだ少し気分が悪くて……」


 一人の警察官が、俺にそう声をかけてくれる。

 背中をさすってくれたが、それでも吐き気は収まる気配がなかった。深呼吸をしても滝のような汗が溢れ出し、動悸は相も変わらず。脳裏に焼き付いたあの光景は消えることなく、嫌というほど鮮明に。

 そう考えているとまた、吐き気に襲われた。


「僕みたいな職種の人間は見慣れてるけど、それでも今回の事件は特殊だからね。キミがそうなるのも無理はない」

「はい、ありがとうございます――マサヒコさん」


 雑木林から少し離れて、坂の上の公園で。

 俺は警察官――奈津子の兄であるマサヒコさんと話していた。本来ならすぐにでも捜査協力するべきなのだけど、少しでも気分を変えた方が良い。

 そんな配慮から彼は現場から、見晴らしの良いここへと俺を連れ出してくれた。

 長身痩躯で一見頼りない風貌をしているマサヒコさんだが、どうやら警官の中ではそれなりの立場にいるらしい。そして、多少なりとも縁があったことに俺は感謝した。


「いや、いいよ。奈津子も普段からお世話になってるらしいからね」


 微笑む彼に、小さく頷くことで応える俺。

 お世辞に上手く対応することもできないくらい、こちらの精神は疲弊しているようだった。自覚症状があるだけまだマシだよ、とはマサヒコさん。

 それでも、やはり情けなく感じられてしまうのはどうしてだろう。


「…………もう、大丈夫です」

「良いのかい? まだ、時間はあるけれど」

「いえ。これ以上は良くなりそうもないので」


 そう思ってしまったから、だろう。

 俺はマサヒコさんの優しさを振り切って、そう言った。

 すると彼もどこか理解しているのか、承知した上で呑み込むように頷く。そして、ゆっくりと噛み砕くように状況を整理し始めた。


「改めて、今回は災難だったね。美崎市連続怪死事件はこれで合計五件目なんだけど、犯行らしき瞬間に立ち会ったのは宮越くんが初めてなんだ」

「五件目……? ニュースでは、三件って話だったと思うんですけど」

「あぁ、報道規制ってやつさ。これも、本来は話すべきことではないけれど……」


 少し考えるような仕草をしてから、マサヒコさんはこう口にする。


「キミには、色々と訊いておきたい。少しだけ分かってることを教えるよ」


 周囲に気を配りながら。

 きっと、捜査上の禁じ手のようなもの、なのだろう。

 それも当然か。一般人である俺に、機密情報を漏らしているのだから。


「現時点で分かっていることは――これが『人間による犯行である』ということ」

「人間、ですか……?」


 こちらも覚悟を決めて、相手と向き合った。

 しかし、すぐに疑問が首をもたげる。思わずそう言うと、マサヒコさんは顎に手を当てて、考え込むようにこう言うのだ。


「あぁ、そうだ。今回のキミの証言で、初めて遺体が捕食によって損壊されていると判明したわけだけど、それだったらヒグマみたいな動物も考えられる」

「それなのに、人間だって――どうして?」


 訊き返すと、一つ頷いて彼は答える。



「綺麗すぎるんだ。どれも『臓器』を残さず、しかもそれだけを食べている」



 それを聞いて、俺はまた少し吐き気を覚えた。

 でもどうにか堪え、記憶をさかのぼる。


「……たしかに、腕とか脚はそのままだった、気がします」

「そういうことだね。もし動物によるものであれば、そういった肉の部分をいの一番に食べられているだろう」

「………………」


 俺は一つ、夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 落ち着こう。冷静に、あの時のことを……。


「ん、でも。それなら俺が見たのはちょっとだけ、雑だったような……?」


 そして、そのことに思い至った。

 思い出したくもないが、俺が見た遺体の損傷は粗かったのだ。何よりも話と噛み合わないのが、臓器に食べ残しがあったこと。

 こちらの言わんとすることを察したのか、マサヒコさんはまた一つ頷く。


「そうだね。そのことから、今回の犯人は焦っていたんだと考えられる。その理由はきっと単純なものだと思うんだ」

「単純な理由……?」

「つまりは、宮越くんは――」


 そこで一度、言葉を切るマサヒコさん。

 逡巡したようだが、すぐに意を決したようにこう言った。



「犯人に、姿を見られている」――と。



 俺の背筋が凍った。

 考えたくなかった事実を突き付けられ、冷や汗が噴き出す。


「今回の捜査で、キミに話をしようと思ったのはこれが理由だ。もう一つ考えている可能性はあるけれど、それはあまりにも残酷すぎる」

「………………」


 奥歯を噛み、眩暈で倒れそうなのを耐えた。

 その上で俺は――。


「いえ、教えてください。その可能性って、やつを」


 そう訊いた。

 ここまできたら、中途半端は嫌だった。


「………………分かった」


 数秒の間を置いて、マサヒコさんは了承してくれる。

 そして、その可能性を口にした。



「キミを目撃したのであれば、犯人はその目撃者を殺すはず。そうしなかったのは、まだ憶測の範疇を超えないのだけれど――」



 ――あぁ、だけど。

 直後に俺は少しばかり、後悔するのだった。



「もしかしたら、犯人はキミを殺したくなかった。つまり――『知り合い』の可能性が、あるのかもしれない」






 聞かなければ良かったかもしれない、と。



 


さぁ、物語が動き始めました~。

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