4.扉
「今日は、本当にありがとうございました」
「いやいや。新入生に興味を持ってもらえて、こっちも嬉しかったよ」
ずいぶんと話し込んでしまった。
奈津子は用があるからと先に帰り、部室には俺と佐城さんだけが残された。気を許してくれたらしい彼女は明るく会話をしてくれて、気付けば外は真っ暗だ。
なんでも佐城さんは地元の人間だということなので、とりあえず俺は自宅まで送ってあげることにした。そんなこんなで、俺たちは田舎特有の田畑と住宅の混在する道を行く。街灯に照らされた道でも、やはり田舎だ。仄暗く安心感はない。
「でも、噂に聞いていた通り。ミキヤさんが優しそうな人で安心しました!」
「え、噂って……?」
そんな中で、ニッコリと微笑みながら佐城さんはそう口にした。
なんのことかと思い、俺は首を傾げる。すると彼女は、とととっと、数歩先を行ってからこちらを振り返った。浮かんでいるのは満面の笑み。
そして、心底嬉しそうに語るのだ。
「先に二人からお話を聞きましたから。えっと、私たちの記憶は共有されているんです。それで、一人目が面白い人を見つけたって!」
「あぁ、なるほどね。――ちなみに、二人目は?」
「あの子は少し気難しいところがありますけど、悪いやつじゃない、って!」
「ふむ、そうは思われてなさそうだったけど……」
「そうでもないですよ?」
「そうなのかな」
「はい!」
苦笑いをしながら俺は佐城さんの話に頷く。
とにもかくにも、彼女たちに気に入ってもらえたらしい。それは、どういうわけか分からないけれども、こちらも嬉しい気持ちが溢れてきた。
頬を掻いて、少しだけこそばゆい気持ちを隠す。
――と、その時だった。
「――それに、気味悪く思ってないみたいですし」
「ん……どうしたの?」
「いえ、なんでも!」
儚い笑みを浮かべて、少女が口にした言葉を聞き返す。
なにを気味悪く思う必要があるのだろうか、と。俺はすぐに問いかけようとしたが、それを呑みこんだ。もしかしたら、佐城さんのトラウマか何かがあるのかもしれない。そう思ったのだ。
話せる時がきたら、きっと話してくれるだろう。
俺はその時まで待つことにした。
「あ、もうすぐで家に着きます!」
「そうなの? ……って、この辺に住宅なんてあるのか?」
そう思っていると、不意に佐城さんが足を止める。
俺は周囲を見回してみるが、やはり住宅らしきものはなかった。
「大丈夫ですよ。いま、迎えの者がきますから」
「迎えの、者……って?」
「お待たせしました」
「うおあっ!?」
――急に背後から男性の声が!?
俺は驚きのあまり、跳び上がってしまった。
振り返るとそこにいたのは、黒服にサングラスをかけた背の高い男。
「葛西、お願いがあるのですけど……」
「分かっております、お嬢様。ご友人の送迎ですね?」
佐城さんの言葉に、男性――葛西さんは恭しく礼をした。
見れば、いつの間にか黒塗りの高級車が道路に横付けされている。どうやら俺のことをアパートまで送ってくれるみたいだけど、困惑が拭いきれなかった。
それでも彼女の方を見ると、安心させるように頷いているし……。
「とりあえず、お世話になります……?」
「お嬢様を送って下さり、ありがとうございました。ここからは我々にお任せを。それでは、車にお乗りください」
「は、はぁ……」
促されるままに、俺は高級車に乗り込む。
――うわ、なんだこの座席のクッションは!? 柔らか!?
「宮越先輩、今日はありがとうございました」
「ん、いいよ。こっちこそありがとうね」
窓が開いたので、最後に佐城さんと言葉を交わす。
そして、微笑む少女に俺は言った。
「また、明日」――と。
すると、彼女は驚いたように目を丸くする。
だがすぐに目を細めて、ゆっくりと頷くのだった。
「はい。また、明日」
その日の俺たちは、そうして別れた。
◆◇◆
ミキヤがその場を去ってから数分後のこと。
佐城ミコトは、ふっと息をついてから踵を返した。そしておもむろに口を開き、茂みに向かって冷たい口調でこう言うのだ。
「もう隠れなくても良いでしょう?」
するとそれを聞いた相手は姿を現す。
出てきたのは、あからさまに時代錯誤な風貌をした者だった。まるでファンタジー作品に出てくる魔法使いのようなフードを目深に被り、杖をついている。漆黒のそれらは夜の闇に紛れ、気配しか感じさせなかった。
「お嬢様。本日は遅いお帰りでしたね」
「だから何だっていうの? お前には関係ありません」
「くくく、相変わらずつれないお方だ。共犯関係にあるのですから、少しくらいは気持ちを許してくれたって良いでしょうに」
クツクツと嗤うその者に、ミコトは不機嫌に答える。
「共犯関係――お前の素性を知っているから、私は信用しないのです」
「ははぁ、なるほどなるほど。それは正しいですね」
「………………」
すると、フードの人物は大きく頷いた。
ミコトは冷ややかにそれを見て、一つ咳払いをする。
「さぁ、もういいでしょう? ――『扉』を開いて」
そして、一言そう述べた。
「承知いたしました、くくく」
直後――空間が歪んだ。
次いで現われたのは、一つの建物。
古き日本家屋と思われるそれに、ミコトは迷いなく歩を進める。そこが自分の帰る場所だと、そう理解しているかのように。
玄関から中に入り、部屋に明かりが灯る。
それが世界に認識されてすぐ――『扉』は閉じるのだった。
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