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境界の欠片  作者: 佐々瀬川 サラミ
第一章
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3.彼女の事情







「………………」

「………………」

「えっと~っ! 二人とも、お知り合いだったんだね!」


 狭い部室の中。

 テーブルを挟んで向かい合った俺と佐城さん。

 右手には奈津子がいて、必死に俺たちの仲を取り持とうとしてくれている。だけども、その努力もむなしく沈黙が続いていた。


 ――だってそうだろう?

 今朝、あんな別れ方をしたのだから。


「二人とも、ね? 少しは笑ってくれると嬉しいなぁ――なんて?」


 奈津子はなおも苦笑いを浮かべ、小首を傾げていた。

 しかしながら、俺はそれに答える余裕なんてない。それは佐城さん――と思しき少女――もまた、同じらしい。露出が多い服装に反して、やや大人しい印象に変わった彼女はうつむき、黙して語らないままだった。


 だが、このままではいけない。

 幸いなことに、今日は部室を訪れる人の数も限られているはず。だったら、誰かがやってくる前に話をつけておいた方が良い。

 そう思い直して、俺は咳払いを一つ。


「……えっと。キミは、佐城さんで間違いないんだよね?」


 その確認から入ることにした。


「はい。間違いありません」


 すると佐城さんは、どこか申し訳なさそうな声でそう答える。

 見れば小さく肩を震わせているようにも思えた。どこか小動物のようなその姿には、俺もちょっとばかり気持ちが引けてしまう。


 ――なんだろうか。

 これで彼女と相対するのは三度目。

 それにもかかわらず、佐城ミコトという少女の印象が掴み切れない。


「ん、と……。それじゃ、今朝のこと――」

「あの! 今朝はすみませんでした!」

「え……?」


 それでも話を前に進めようと思い、今朝のことに言及しようとした――その時、突然に佐城さんは声を張り上げた。驚いて見れば、そこには三つ指をついて綺麗な土下座をする少女の姿。

 俺は呆気にとられ、硬直してしまった。

 それを佐城さんはどう受け取ったのだろうか。


「あの、その……『私』が失礼なことをして、申し訳ございません!」


 さらに、そんな謝罪の言葉を重ねるのだった。

 そこまでされると、流石にこちらも居心地が悪すぎる。


「いや、いいよ! とりあえず頭を上げて!?」

「あ、ありがとうございます……」


 そう言って面を上げさせると、そこにあったのは……。


「う……!?」


 なんとも、庇護欲を掻き立てる表情だった。

 今朝、向けられていた攻撃性はなりを潜めている。それどころか、正反対の性格に入れ替わっているようであり、まさしく『別人格』が乗り移ったようで……。


 ――まぁ、端的に言いますと。

 なにこの可愛い生物。めちゃくちゃ可愛いんですけど?


「あの、それじゃ――説明してくれるかな? 今朝のこと」


 だけど、そこで話を終わらせるわけにはいかなかった。

 なので俺は咳払いをもう一つ。そう訊いた。

 すると佐城さんは……。


「え……はい。分かりました……」


 逡巡した後に、ゆっくりと話し始めるのだった。





「多重、人格……だって?」

「はい、そうなんです」


 一通りを聞き終えて、俺は唖然としてしまった。

 まさか日常生活を送っていて、そんなことを言う人物に出会うと思わなかったから。信じる信じないよりも先に、非日常感が顔を出してくる。

 でも、俺はそれを信じざるを得ないように思えた。


 なぜなら、これまで三度に渡って佐城ミコトの変化を目の当たりにしたから。

 そこに演技らしきものはなく、むしろ真実味しかなかった。


「俺と初めて会った時、今朝のこと、そして今……」


 少なくとも三回は、佐城ミコトという少女に出会った。

 言いようのない緊張感が胸に宿る。こんなことって、あるのだろうか――。


「今朝は、私の中でも一番幼い子だったんです。もしかしたら、そのことで不快に思われたりしたのではないかな、と思いまして……」

「あぁ、いや! それは大丈夫だから! 事情があるんだよね!」

「はい……。本当にすみません……」


 そう考えていると、佐城さんは申し訳なさそうに頭を下げる。

 慌ててフォローするが、やはり謝罪する少女。どうやら今朝の彼女とは違って、こっちの彼女は引っ込み思案というか、思慮深い性格らしい。

 俺はふっと息をついて、ひとまず話題を変えることにした。


「ところで、佐城さんは小説に興味があるの?」

「え……?」


 それは、もしかしたら一番大切なことかもしれない。

 なぜならここは『文芸サークル』なのだから。


「あ、はい……!」

「そっか。それじゃ、またいつでもここに顔出してよ」

「え……、いいんですか?」

「もちろんだよ」


 多重人格だとか、そんなのは後回しだ。

 今はとりあえず目の前にいる彼女を、しっかりともてなすべきだろう。俺はそう気持ちを切り替えて、精一杯の笑顔を浮かべて語りかけた。


「今朝のことはまた、別の機会に話をしよう。いまの佐城さんは、俺と奈津子と同じ『ペンクラブ』の仲間だよ。それで――良いだろ?」


 そう自分にも言い聞かせるように。

 するとそれを聞いていた佐城さんは、ふっと緊張の糸が切れたように……。



「はい……っ!」



 少し瞳を潤ませて、柔らかな笑みを浮かべるのだった。



 


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