表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界の欠片  作者: 佐々瀬川 サラミ
第一章
3/14

2.佐城ミコトは『憶えていない』






 学部棟の一室で、ボンヤリと天井を見上げていた。

 人文学という穀潰しの烙印を押されることもある、そんな学問の徒である俺。その研究室の中には、当然のように自分以外の学生はいない。

 とりわけ水曜日である今日は、午後の講義がなかった。

 そうなれば多くの生徒が赴くのは飲み会、あるいはバイトといったところ。


「暇だなぁ……」


 決してその例に漏れているわけではないが、今日の俺は偶然にも暇だった。

 バイトのシフトも入っていないし、かといって飲み会に突発的に呼ばれるような人柄でもない。そんなわけだから、アパートで一人いるよりも、と思ったのだ。

 だがしかし、その結果としてあるのは現状。

 普段から利用者が少ない、そんな研究室にやってくる人がいるはずもなかった。


「これだったら、別にアパートでも変わらなかったな」


 独りごちて、しかし少し前向きに考えよう。

 そう思って今朝のことを思い出した。


「それにしても、どういうことなんだろう……?」


 それというのも、あの子のこと。

 佐城ミコトという名の彼女は、どういうわけか俺のことを憶えていなかった。いいや、正確に言えば興味を持っていない、といえば良いのだろうか。

 俺は居住まいを正しつつ、記憶を手繰り寄せた。





「憶えてない、だって……?」

「あぁ、そうだよ。お前の顔になんて興味持てないからな」


 俺が唖然と口にすると、佐城さんはつっけんどんな口調でそう言う。

 少し長めの前髪を弄りながら、視線をどこか遠くへ投げていた。そんな彼女の様子を見て、もしかしたら人違いなのか、とも思う。

 事実、出で立ちはあの時から大きく変わっていた。


 黒い髪は肩口で切り揃えられており、身に着けている衣服も白無垢などではない。もちろん白無垢でいる方がおかしいのだが、今の服装もなかなかだ。

 黒のタンクトップに赤色の革ジャンを羽織っており、太ももを大きく露出したホットパンツを履いている。耳にはピアスを開けているし、良く観察すれば別人だと、そう思ってしまうほどだった。


「でも、佐城さん……なんだよな?」

「あぁ、それは間違いないけどな。それがどうした?」

「い、いや。別に……」


 それでも名前を確認すると、やはり間違いない。

 眼つきが少しばかり悪くなったものの、顔立ちは変わらないし、何よりもオッドアイなんて滅多にお目にかかれない。

 つまりはあの時、雪降る冬の夜に出会った彼女に間違いない。

 そのはずなのにどうして、こんな違和感があるのか。


「ったく、『アイツ』も面倒なことしやがって……」

「え……?」


 それに首を傾げていると、不意にそう佐城さんが口にした。

 思わず反応してしまうのだが、どうやら俺に向けた言葉ではないらしい。彼女は大きくうな垂れて、また前髪を弄りながらこう言った。


「いいか? オレのことは忘れた方が良い。というか忘れろ」


 鋭い眼差しで、こちらを睨み上げながら。

 ついつい気圧されてしまった。それでも俺は――。


「どう、して……?」


 なんとか、食い下がった。

 すると佐城さんは、また小さくため息をついて言うのだ。


「ハッキリ言っておく。お前が会ったオレは、きっとオレじゃない。だから――」



 鼻を一つ鳴らしてから。



「あの冬の出来事は、忘れるんだ」――と。





 ――冬の出来事は忘れろ。

 佐城ミコトという名の少女は、そう言った。

 自分であり自分でない、そんな彼女と俺は出会ったのだから、と。


「意味が分からねぇよ……」


 うな垂れてしまう。

 しかし、考えても答えは出そうになかった。


「仕方ない。サークルに顔、出すか」


 俺はそう思い直して、おもむろに立ち上がり研究室を出る。

 そして歩くこと数分で、サークル棟に到着。文芸サークル『ペンクラブ』の看板が下げられたドアをノックする。

 そうすると、中から聞き慣れた女生徒の声が聞こえた。


「どうぞ~」


 その招きに従って、俺はドアを開いた。

 すると、そこにいたとある人物に目を疑うのだ。


「あ、ミキヤくん! 新入生がきてくれたんだよ!」


 暢気な声で話しかけてくるのは、同期の赤城あかぎ奈津子なつこだ。しかし、そんな彼女に意識などいかない。俺の目には、奈津子が言った新入生の姿しか映っていなかったのだから。


 そうなのだ。

 そこにあったのは――。


「佐城、さん……?」

「え……?」



 服装に変化はない。

 それでも、どこか雰囲気が柔らかくなった佐城ミコトの姿だった……。


 


面白かった

続きが気になる

更新がんばれ!


もしそう思っていただけましたら『ブックマーク』や、下記のフォームより評価など。

創作の励みになります。


応援よろしくお願い致します!

<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ