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境界の欠片  作者: 佐々瀬川 サラミ
第一章
2/14

1.季節は過ぎて、春の朝






 ――春になった。

 俺は大学二年生になって、所属している文芸サークルへの新入生勧誘で忙しくなっている。今日も今日とて、美崎大学の中央を縦断する桜並木の中、下級生に対して一生懸命にビラを配っていた。

 瞬間の風に、あの日とは違う温もりを感じる。

 同時に舞うのは白い結晶ではなく、桃色をした愛らしい欠片だ。


「おい、どうしたんだ宮越みやこし? そんなにボーっとして」

「ん、いや……。なんでもない」


 そんなことを考えていると、サークルの同期に声をかけられた。

 どうやら相当に呆けていたらしい。口から出た返事も、自分で分かるほどに気のないそれ。友人は首を傾げつつも、しかし作業を再開する。

 俺はそれを見てから、気付けばまた『あの日』のことを考えていた。


「………………」


 あれから数か月が経過した。

 降り積もっていた雪は嘘のように消えて、桜の絨毯が出来ている。

 年度も替わって俺は二年生に。後輩が出来て、いよいよ新人面が出来なくなってきた。そんな中でも、俺の心はあの時の女の子に、釘付けにされたまま。

 あの不思議な時間は、いまだに鮮明に記憶に残っている。

 思い返すとなぜか分からないけど、ため息が出てしまうのだ。


「どうしちまったんだろうな、俺……」


 ぼんやりと、ビラを片手に空を見上げながらそう呟く。

 木々の隙間から垣間見えるのは晴天。雲一つもなく、日差しは穏やかに俺たちを照らしていた。あの日とはまるで真逆な印象を受けるそれに、また気持ちが揺らいでいる。

 あの子とはあの日以来、出会えていない。

 同じ時間にあの坂に向かっても、彼女の姿はなかった。


「なに、してんだろ……ホントに」


 改めてそう思う。

 自分で自分の行動の意味が見いだせていなかった。

 それでも、どうしてだろうか。あの子ともう一度でいいから会いたいと、そう思ってしまうのだ。そんなことを考えながら、ふと目の前を行く新入生にビラを手渡した。


 ――その瞬間。


「――――――!?」


 俺は全身に電流が走るのを感じた。

 そして、しばしの間どうすべきか考えてから……。


「お、おい!? 宮越!!」


 同期の声を背に受けながら、ビラを投げ捨てて駆け出した。

 目指すのは新入生オリエンテーションの集合場所。その道中でも、何度も足を止めてはその人がいないかを探し続けた。間違いない。見間違えるはずがない。


 自分の目を信じて、俺は――。


「あ、キミ……!」

「あん……?」


 ついに、見つけ出した。

 思わずその子の細い肩に手をかける。

 すると何やら苛立ったような、そんな声が返ってきた。


「あの、キミ……! 俺のこと、憶えてる?」

「………………」


 しかし、そんなことなど気にせずに俺は息も絶え絶えに訊ねる。

 目の前にはあの日の女の子がいた。髪は短くなったけど、左右で異なる瞳の色に、顔立ちは変わっていない。少々不機嫌な表情はどうしたのか、怒らせてしまったのか。だが、そんなことなど気にならない。俺は彼女の名前を口にした。


「えっと、佐城さじょうミコトさん、だよね?」

「…………あ?」


 それに、彼女はようやく反応を示す。

 訝しげにこちらを見つめ、そして――。


「ちっ……」


 一つ、忌々しげに舌を打った。

 明らかに苛立っている。それでも俺はめげない。


「憶えてない、かな? 俺――宮越ミキヤだけど……」


 改めて自己紹介をした。

 すると、彼女はおもむろに口を開いてこう言う。




「憶えてねぇよ、そんな名前」


 面倒くさそうに。

 忌々しげにため息をつきながら、俺を睨むのだった。


 

 


次回更新は23時頃?


面白かった

続きが気になる

更新がんばれ!


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<(_ _)>

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