1.季節は過ぎて、春の朝
――春になった。
俺は大学二年生になって、所属している文芸サークルへの新入生勧誘で忙しくなっている。今日も今日とて、美崎大学の中央を縦断する桜並木の中、下級生に対して一生懸命にビラを配っていた。
瞬間の風に、あの日とは違う温もりを感じる。
同時に舞うのは白い結晶ではなく、桃色をした愛らしい欠片だ。
「おい、どうしたんだ宮越? そんなにボーっとして」
「ん、いや……。なんでもない」
そんなことを考えていると、サークルの同期に声をかけられた。
どうやら相当に呆けていたらしい。口から出た返事も、自分で分かるほどに気のないそれ。友人は首を傾げつつも、しかし作業を再開する。
俺はそれを見てから、気付けばまた『あの日』のことを考えていた。
「………………」
あれから数か月が経過した。
降り積もっていた雪は嘘のように消えて、桜の絨毯が出来ている。
年度も替わって俺は二年生に。後輩が出来て、いよいよ新人面が出来なくなってきた。そんな中でも、俺の心はあの時の女の子に、釘付けにされたまま。
あの不思議な時間は、いまだに鮮明に記憶に残っている。
思い返すとなぜか分からないけど、ため息が出てしまうのだ。
「どうしちまったんだろうな、俺……」
ぼんやりと、ビラを片手に空を見上げながらそう呟く。
木々の隙間から垣間見えるのは晴天。雲一つもなく、日差しは穏やかに俺たちを照らしていた。あの日とはまるで真逆な印象を受けるそれに、また気持ちが揺らいでいる。
あの子とはあの日以来、出会えていない。
同じ時間にあの坂に向かっても、彼女の姿はなかった。
「なに、してんだろ……ホントに」
改めてそう思う。
自分で自分の行動の意味が見いだせていなかった。
それでも、どうしてだろうか。あの子ともう一度でいいから会いたいと、そう思ってしまうのだ。そんなことを考えながら、ふと目の前を行く新入生にビラを手渡した。
――その瞬間。
「――――――!?」
俺は全身に電流が走るのを感じた。
そして、しばしの間どうすべきか考えてから……。
「お、おい!? 宮越!!」
同期の声を背に受けながら、ビラを投げ捨てて駆け出した。
目指すのは新入生オリエンテーションの集合場所。その道中でも、何度も足を止めてはその人がいないかを探し続けた。間違いない。見間違えるはずがない。
自分の目を信じて、俺は――。
「あ、キミ……!」
「あん……?」
ついに、見つけ出した。
思わずその子の細い肩に手をかける。
すると何やら苛立ったような、そんな声が返ってきた。
「あの、キミ……! 俺のこと、憶えてる?」
「………………」
しかし、そんなことなど気にせずに俺は息も絶え絶えに訊ねる。
目の前にはあの日の女の子がいた。髪は短くなったけど、左右で異なる瞳の色に、顔立ちは変わっていない。少々不機嫌な表情はどうしたのか、怒らせてしまったのか。だが、そんなことなど気にならない。俺は彼女の名前を口にした。
「えっと、佐城ミコトさん、だよね?」
「…………あ?」
それに、彼女はようやく反応を示す。
訝しげにこちらを見つめ、そして――。
「ちっ……」
一つ、忌々しげに舌を打った。
明らかに苛立っている。それでも俺はめげない。
「憶えてない、かな? 俺――宮越ミキヤだけど……」
改めて自己紹介をした。
すると、彼女はおもむろに口を開いてこう言う。
「憶えてねぇよ、そんな名前」
面倒くさそうに。
忌々しげにため息をつきながら、俺を睨むのだった。
次回更新は23時頃?
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