船頭と中年と女神
世界には始まりと終わりがある、終わりはまた別の世界に始まりの時を与える。
そう世界と言う概念を作成した存在達がいた、彼らは永遠と続く命に限りを作った。
自分達へと同じ存在へと昇ってくる為に、輪廻の先に自分達と同じ存在へと誘う為に。
対岸が遠く霞むほど大きな川の前に、船を待つ人の並びがあった。
そこに向こう岸から一艘の丸木船がゆっくりと近づいてくる、櫂と船を擦る音を一定の間隔でさせながら一人の船頭が乗ってやって来る。
やがて船着き場に着いた丸木船より、船頭が並んでいる人々へ声をかける。
「はいじゃあお次に乗る方はどなたですか?」
並んでいる人々を掻き分け、前に進む中年の男性がいた。
「俺だ!俺が乗る、よくは解らないがこんな何も無い所に長くいられるか!」
ずかずかと船着き場の船頭の前へ進み出た。
「おー、結構気合の入っているおじさんが来ましたね、それでは船へお進み下さい、くれぐれも途中川へ落ちぬよう気を付けて。」
「誰が落ちるか!」
啖呵を切って乗り込む男をじっと品定めをするように、船頭も船を漕ぎだす。
「それでは、船を出しますよ。他の方は次の船が来るまでお待ちくださいね。」
次第に一定の軋む音をさせながら、船は進みだす。
岸辺が遠くに見えるようになり、男は話し出す。
「俺は気が付いたらあの岸辺近くにいたんだが、家に帰りたい、ここは何処だ?あと携帯電話かなにか通信出来る物を貸してくれ、代金になるかどうかは解らんが、懐に銅銭が入っていたからやる。部下に指示せにゃならん、これからが稼ぎ時の時に変な所で時間を無駄にするのは我慢ならん!」
投げられた頭陀袋を受け取った船頭は答えた、含み笑いを堪えたかのような顔で。
「ここは黄泉へと渡る道の一つ、そうですねぇ信心が薄い方でも解るようお伝えしましょう、ここは三途の川ですよ、あなたも生前色々な経験がおありでしょう?この言葉で通じるものとこの私は思うのですがね。」
答えられた男は笑い出す。
「何を言っている?誰の企みかは知らないが、誰に雇われてこんな手の込んだ事をやっている!こんなふざけた事はこの牧村忠司には通じんぞ!」
最初は笑っていた牧村だが、段々語気が荒くなって終いには怒鳴り声となって船頭に叩きつけられた。
それでも船頭は笑いを堪えた表情で答える、まるでだだを捏ねた子供をあやすかのように。
「事実を言ったまでですよ、牧村忠司さん。ここは黄泉あなた方の世界日本では仏弟子になられた方々が来る世界、ここで修業をし輪廻の輪へとまた至る為の世界ですよ。」
顔を真っ赤にした牧村が吠える。
「そんな事で納得する訳がないだろうが!現に俺は生きている、生きてこうしてしゃべっているではないか!服はこんなふざけた白装束だが、どうせ気を失っている間に誰かに着せ替えられただけだ、俺は生きている!生きてもっと金を稼いで稼いで稼いで成り上がるんだ。一体全体誰の悪ふざけだ。」
ふむとしたり顔で船頭は答える。
「あなたは死んでいないと言うが、何日先ほどの岸辺に居た?よく考えて、お腹は空いていますか?喉の渇きは?排泄はしましたか?」
赤くしていた顔を今度は青くさせて牧村は肩を震わせる。
畳みかけるように船頭はまた口を開く。
「認めたく無かったのでしょうね、亡くなった時近くには見覚えの無い人影がありませんでしたか?信心の薄い人や無い人は迎えが行かないと、その場に留まってしまう事例が多くありましたからね、今は絶対に迎えの者がいたはずですよ。連れて行き方は少々乱暴だったご様子なので、どうやってここに来たか、自分を看取った者が誰なのか見られずにここに来てしまったんですね、その一点は哀れに思いますよ。」
呆然としながら生来の資質なのか牧村は反芻するかのように。
「死んだ、俺は死んだのか何故?思い出せない。何で思い出せない?いや納得なんて出来ん!いやしかし。」
牧村が呆然と川に目を向けると川底には、
「俺のネックレス、財布、腕時計!おい船頭船を止めろ、俺の大事にしているものが川に落ちているんだ、止めろ!」
船が揺れるのも構わずに川に手を伸ばす、伸ばした手は川の流れに猛烈に引っ張られ体が船から転落しかけて、慌てて牧村は体ごと船へと落ちるように戻る。
「俺の金で手に入れた物だ!船を止めろ!」
船頭は言う
「川に落ちたら危ないですよ、川の行きつく先は地獄かもしれませんし、別の生き物へ転生させる場所かもしれません。ただ前にいた世に未練のある方には川底には未練の元が見えるような仕様になっていますからね。間違っても先ほどの様に川に手を触れないでいてくれると私も楽なんですがね。」
船の揺れを抑えながら船頭は牧村に話をする。
「どうしてもご納得しないのであれば、しょうがないですね送り届ける前に常世をお見せできるよう取り計らいましょう、ずっと常世にいられても困りますから、三ケ所だけ貴方を死神に連れられて行きたい場所へお行きなさい。」
船頭が言い終わると牧村の前には喪服を着た男が現れる。
一言、船頭が告げる。
「連れて行きなさい。」
その言葉により牧村忠司の姿と喪服の男は船頭の前から姿を消す。
「今回も癖の強い魂が来たな、この世界の輪廻に戻すか他の世界の輪廻に入れるかちと相談の必要が出てきたな、また前のように大量にこちら側に来られる要因の者を戻すのもな、魂の性質を見ると別の世界で転生させて落ちかけている部分を補わなければ、我らと同じ存在へと昇華は難しいだろう。」
船の少し先に浮かび上がるよう光が現れる。
「オルサス、牧村忠司の魂この私の世界へと誘ってはくれぬか?」
船頭もといオルサスは自分の考えを伝える。
「女神キュレよ、良いのですか?あの男はこちらの常世で、大勢の人を泣かせて稼いだ金で生きておりました、今更魂の穢れを落とすには、虫界からやり直しをさせねば難しいかと。」
キュレは
「我が世界の者は穢れ多き世界、しかしまた輝きも多くある世界でもあり、100年程前からそちらの世界からも多くの者が我が世界へと転生しています、それが魔物だろうが人だろうが、魂の輝きに善悪などありません。」
オルサスは納得のいかない顔つきで
「畏まりました、ではその様に手はずを整えます、そちらの世界へ送った後私は関与いたしませんので、女神キュレがご対処なさってください。」
その答えに満足したのか、女神キュレはまた光と共に溶け込むように消えていった。
「これはちと船旅が長くなるな、残業手当は出るんだろうか・・・。だがこないだの大戦で多くの魂を貯め込んでいるキュレの世界はそう多くの魂を必要としているのか、疑問は残る。これは保険をかけておく必要があるないくらなんでも貯め込み過ぎだ。木っ端の神としては反論はできぬがあの世界では哀れ過ぎる、もっとも常世での所業を考えれば地獄行だったものを、あの世界でさらなる苦難を与えられるのは・・・。」
処女作なので更新は不定期になるかもしれません。