7話『修行、と言う名のいじめ(無自覚)』
目がさめると、知ってる天井だった。木の骨組みに屋根が直接付いている。俺が育った家とは違うが、ここ一ヶ月間お世話になっていた家の天井だ。
俺は体を起こそうとするが、起こせない。
なんとか起き上がろうと足掻いていると、ドアからタツが入って来た。
「おおおお!ナツ。目が覚めたか」
タツは外から持って来た皿の中身を一匙掬って、俺に向かって差し出して来た。
「ほら。薬草をすりつぶした奴だ。適当にぶち込んだから味は知らんが、効果はばつぐんだぞ」
その表現だとかなりダメージを受けてしまいそうな気がする。
タツは俺が受け答えする前に俺の口にそれをねじ込み
「ンッ~!!!」
熱かった。結構。とりあえず飲み込んだが、味も苦かった。結構。苦いは熱いはでかなり食べにくかったが、一口飲み込んだだけで疲れが取れた。二口目で痛みが和らぎ、三口目で今まで食べた分を全て吐き出した。
「ぉオォォォゥェェぇ!!」
「汚ね!!」
不味い訳ではない。ただただ苦い。苦すぎて胃が拒絶したのだ。胃が急激に縮こまった体験を初めてした。
「おいおい、そこまで不味いか?これ。って不味!!てか苦!!!」
喋りながら一口飲み込んだタツだが、次の一口に手が伸びることはなく、そのままその薬草のリゾットもどきを床に置いた。
俺はタツに感謝を言うべく、笑顔で
「ありがとな。タツ。もう立ち上がれそうだ」
「じゃあ修行するか」
・・・・・・・・・・ん?今なんて言った?俺の耳には怪我人にさらに無茶させる鬼畜発言が聞こえた気がしたんだが、気のせいだよな。
笑顔で固まっていると、タツは聞こえていないと思ったのか、もう一度
「修行。しよっか」
どうやら間違いじゃなかったみたいだ。
アホなのかな?さっき大怪我をしたばっかりだというのに、なんで修行をさせようと思いつく。普通は安静にさせるだろ。
「あのさ。俺、さっき大怪我したんだけど」
「正確には昨日だけどな」
昨日!今は日が落ちて来てるように見えるけど、じゃあ俺はほぼ一日中寝てたのか。いや、昨日にしろ大怪我の翌日だぞ。
「いや、だから俺大怪我したんだけど」
「うん。それがどうした?治ったろ」
そう言われてようやく気がつく。さっき痛みが引いたのと同時に怪我が消えていたのだ。
「うわっ本当だ。治ってる」
「ふっふーん。そーだろそーだろ。やっぱり私が直接配合したからな。私が!直接!」
味は酷かったが、効果は凄くあったようだ。
驚きながら腕をぐるぐる回していると、タツが再び
「修行するぞ!いいから外に出ろ!!」
ベッドごと外に連れてこられた。凄いバカ力だ。
しょうがないので、立ち上がる。俺が立ち上がったのを確認するとタツは
「お前、昨日魔法使ってたろ」
「ああ、まあ。そうだな」
俺一人じゃ魔法を出すことも出来なかったので、少しはっきりしない答え方になってしまったが、タツはそんなこと気にしていないようだ。
「その感覚思い出せるか?」
感覚なら、何となくわかる。それを伝えると、タツはにこりと笑いながら
「じゃあ、今使ってみて」
あの時の感覚を思い出す。体の、血管とは別の部分に何かを通していく感覚。
あの時の感覚を何とか思い出し、そして、魔源をつなげる。
あの時と同じ魔法を、『風魔法・エア』を発動した。
「風魔法・エア」
魔法の名前は、勝手に口をついて出てきた。きっと、魔法という物はそういう物なのだろう。だからタツが笑った訳だ。魔法の名前を自分で考えて、作り出して言ったから、面白かった訳だ。
ともかく、俺は魔源を使って周りの空気を集める。まだ慣れていないので、うまく集めることができず、全て集めるのに少し時間がかかってしまった。
だいたい1分くらいだろうか。その間、タツは何も言わずにじっと見ているだけだった。
風の爆弾が完成する。俺は、それを剣先に置いたままタツに話しかけた。
「出来たぞ。タツ」
「よし。じゃあ撃ってみろ」
その爆弾を、撃ってみた。もちろん、昨日のように剣先で爆発させたら俺も吹き飛んでしまうので少し遠くに飛ばしたが。
そのスピードも暴発しないように調節しながらだったので、かなりゆっくりだったが・・・・・・
俺は、エアを発動した。圧縮された空気は一気に解放され、あたり一帯を弾き飛ばす。
それを見たタツは
「遅い!」
ダメ出しをした。
「普通魔法っていうのはな?こういう風にスッとやってバっと撃つもんなんだよ」
と言いながら、腰にかけてあった銃を取り出し横に向かって撃った。
あれがタツの神器なのか。昨日のどでかい魔法を見てそうなのかな?と思っていたが、案の定そうだったようだ。
ちなみに、撃たれた魔法は遠くで木にあたり、雷でも落ちたんじゃないかというほどの轟音と共にその木を瞬時に炭にした。
「でもお前の魔法はぎゅ~っとしてそろ~っと撃ってるんだよ!しかも弱いし」
だから、とタツは続け
「今から魔法オンリーの実践方式修行をやろうと思う。てか、やる」
タツはそういうと、俺に向かって魔法を放ってきた。
俺はとっさに剣で防いだのだが、タツの魔法は俺の防御をすり抜け俺の体に当たった。
俺の剣にタツの魔法は当たったはずなのだが、どういう訳か魔法を防ぐことができなかった。
「おいおい。剣で魔法を防ぐとか。それこそ私レベルの達人じゃないと無理だぞ」
毎度思うが、タツという人間は自分が大好きなようだ。ここまで自分を誇っているのも珍しいよな。
タツは、再び魔法を俺に向かって放ってくる。
次は魔法を使って防ごうとしたが、魔源をつなげている間にタツの魔法がこっちに届いてしまい、魔法を発動できなかった。
体が痺れる。
2回目にしてやっとタツの魔法の属性が分かった。
タツの魔法は、雷だ。おぼろげな記憶を探すと、昨日のタツが放ったとてつもない魔法も、どこか雷のようだった気がする。
痺れが取れ、構えを取り直したと同時に、タツの魔法が当たった。
それからは矢継ぎ早に魔法が来る。
「ちょ、ま」
俺の主張も虚しく、というか届かず、タツの魔法はどんどんどんどん襲いかかって来る。
幸い、タツの魔法が攻撃的なものでは無く相手の行動を阻害するようなものだったから良かったのだが・・・・・・・・・・・いや、阻害されてるから次を防ぐことができないのか。
まだまだ魔法は襲いかかって来る。タツは魔法を放ちながら
「おいおいおいおい、お前、防ごうともしなくなったじゃないか。それじゃあ修行になんないだろー!!!」
防ごうとしないのでは無く防ぐことができないのだが、それを伝えることができない。
タツは一旦魔法を撃つのをやめた。
だが、体の痺れが取れることはなく、魔法が止んでも喋ることはできなかった。
「はぁー私は悲しいよ。剣の修行はあんなにやる気があったのに魔法になると修行をやろうともしないとは・・・」
「や、ろうと、、、し、て、、、もで、、きなか、、っ、た、、ん、、だ、、、よ。、、お、、ま、、、、えの、、、ま、、、ほう、、の、せ、、、い、、で」
働こうとしない喉を無理やり動かして声を出した。
タツは理解したのかしていないのかわからないが、ひとまず頷き
「なるほど。私の魔法が強力すぎて修行にならなかったか。こればっかりはどうしようもないなー」
俺が言いたかったこととは違うが、どうやらタツは修行の方法を見直してくれるようだ。
だが、結局この日にそれが思いつく事はなく、というか五分もしないうちに考えるのをやめ、今日は特にこれといったことをせずに寝た。
次の日、いつも通り俺より早く寝たはずなのに俺が起きた時はまだ寝ているタツを置いといて、朝の自主訓練を始めた。
今日は珍しいことに、タツが朝ご飯の直後に起きてきた。えらく早起きだ。いや、まあ普通の人間からみたら早起きではないのだが・・・・・
タツは起きたかと思うと、朝ご飯も食べずに何処かに行ってしまった。
何も言わずに行ってしまったので、またシムが来たのかな?と思ったが、違った。
シムは来ることがなく、タツもいつもとは違って1時間もしないうちに帰ってきた。手には何かの紙を持ちながら。
「お前、今までどこ行ってたんだ?」
「ん?ああ、これを見てみろ」
と言いながら持ってきた紙を見せてきた。そこには
「『宝石ウサギの討伐依頼』?」
「おう。宝石ウサギは知ってるよな?」
知っている。
宝石ウサギとは、瞳が宝石のウサギだ。
戦闘能力は高くなく、むしろ弱い。近年、宝石ウサギの瞳を狙った乱獲騒ぎが起き絶滅の危機に瀕したらしく、保護されているはずだが・・・
頷いた後、一つ尋ねる。
「これって」
「ああ、宝石ウサギの討伐依頼。まあ、言い換えたら宝石ウサギの瞳を獲ってこいってことだな」
これを受けるのか!?仕事をする事はいい事だが、内容が内容だ。
俺は、犯罪を犯してまで仕事をするつもりはない。
それが顔に出ていたのか、タツは
「違う違う。別に宝石ウサギを獲るわけじゃねーよ。私達はな。宝石ウサギを取りに来ようとした奴らを捕まえる。それが今回の仕事だ」
つまり、乱獲者を引っ捕らえるってことか。一体誰に依頼を受けたのか・・・・・・
だが、やる事は分かった。
「お前、魔法以外の攻撃禁止な」
「!?」
俺とタツは、森の中にいた。
なぜって?宝石ウサギを見つけるためだ。二人でそれぞれ別のところを探す。
たとえ乱獲者を捕まえるために探していると言っても、側から見たら宝石ウサギを捕まえるために探しているようにみえるだろうが・・・・・・
とにかく、宝石ウサギを驚かせないように、静かに探す。探し出した後は、そいつの住処までついて行って、その近くで待機するのだ。その方法をとれば乱獲者を捕まえやすい・・・・・・らしい。
探し始めてはや1時間。俺は、一匹のウサギを見つけた。
宝石ウサギは、瞳以外はただの白うさぎだ。ゆっくりと怖がらせずに近づいていき、スッと拾い上げる。
幸い、宝石ウサギが怖がる事はなく、大人しく持たれていた。
さて、瞳は・・・・・・・・宝石。間違いない、コイツは宝石ウサギだ。
俺は、宝石ウサギを地面に降ろした後
「わっ!!!」
驚かせた。
宝石ウサギは、直ぐに走り去っていく。ここからが重要だ。俺は、なんとか見失わないようについて行った。
約1分後、宝石ウサギは穴に、自分の巣に帰って行った。俺は、その場所を見つけた後近くに隠れることができる場所がないか探し
「ちょっといいかな君」
ビクッと体が跳ねた。
なに、悪い事をしているわけではない。だから堂々としておけばいいんだ。
「君はここが宝石ウサギの巣だと知りながら来たね?」
背後からかけられる声と連動しているように冷や汗が垂れる。
おかしいな、なんでこんなにドキドキするんだろう。
「君は、宝石ウサギが保護中の魔獣だと知りながらここに来たのかい?」
「違うんです!俺は乱獲者を捕まえるために!」
振り向きながら言った。そして、思わず押し黙ってしまった。
そこにいたのは、一人の男だった。シムのように派手ではないが、確かに鍛えられてる筋肉。何よりも1番衝撃を受けたのが、歴戦の英雄の様な傷を負っている顔。服があるからわからないが、おそらく体もそうなのだろう。
目測40歳くらいのその男を見上げる様な形で固まっていると、その男は
「君の様な人を私は何人も見て来たよ。さて、とりあえず一緒に来てくれるかな?」
やばい。これはあれだ、警察とかの少年犯罪者に対する対応とおんなじだ。・・・別に、体験したことがあるわけではないが。
「いや、俺一緒に来てる人がいるんで」
「なに?ならばその人も連れて来てくれるかい?」
優しい口調で微笑んでいるが、目が笑っていない。
どうしよう。タツを呼ぼうにもその手段がないし、そもそもココにあいつを呼んだら乱獲者が来た時に対処が出来なくなる。
どうしようか悩んでいると、男が段々と雰囲気を剣呑にして来た。
ますます怖い。さっきまでも怖かったが、今はもっと怖い。やばい、俺今日死ぬかも。
ゴリラゴの時とは違うタイプの恐怖に思考すらも止められる。
やばい。やばいやばいやばいやばい。やばい。
かんがえがまとまらない。たつはなにをしてるんだろう。らんかくしゃをつかまえてたらいいなー。
「おお、なにやってんだ?」
タツがやって来た。え、なんで!?
「ナツ、犯人?つうか犯罪者捕まえたからあっちに縛ってるぞ」
「一組だけじゃないかも知んないだろ?」
それを聞いたタツは、あー、と言って帰ろうとしたが、男に気づき
「おお、ドボルグ。なにやってんだ?」
タツは、この男と知り合いの様だ。男は、ドボルグは、タツが来たのと同時に先程までの雰囲気をだんだんと消し、代わりに申し訳なさそうにし始めた。
「・・・すまなかったな少年。どうやら勘違いだったみたいだ」
と、頭を下げて謝るドボルグ。それに対して俺は
「いいですいいです。そういう風に見えてしまうのは仕方がないですし」
しっかりと謝ってくれる人だ。自分が悪かったらこれを認める。これがどこかの誰かさんだったらこうは行かなかっただろうな。そう思いながらタツを見ると、タツは全く察することなく手を振ってくる。
ドボルグは、ようやく頭を挙げた。本当に関心できる大人だ。この一ヶ月間一緒に過ごして来たのがタツだからなのか、昔では感じれなかったことに感動する様になって来た。これに関してはタツに感謝しなくてはいけないな。主に反面教師的な感じで。
「そうか。すまなかったな」
ドボルグは、まだ申し訳なさそうにしている。
そんなに謝らなくてもいいのに。そう言おうとしたが、確かに誤解であそこまで怖がらせてしまったら、まあこれくらいは謝るよな、と思ったので言わなかった。
俺たちが話している間に縄を抜けたのか、それとも新しく来たのか、男が一人茂みから飛び出して来て宝石ウサギを捕まえたかと思うと魔道具を使ってどこかに行ってしまった。
瞬間移動、という類のものだろう。
「へー、光属性の魔道具か。めっずらしい物持ってんな」
なんて呑気なんだろう。
「ちょ、タツ!なんでそんなに呑気なんだよ!」
だってなぁ、と言いながらドボルグを見るタツ。
まぁ見とけ。そういうと、そのまま帰る準備をし始めた。
タツがこの調子なので、自分がなんとかしなくては。そう思うのだが、方法が思いつかない。
結果として何もできないでいた。
俺がそうしている時に、ドボルグは腰にかけてあったハンマーを取り出し
「土魔法・クウェイク」
地面が、大地が大きく揺れた。地震だ。
激しい揺れに、思わず体勢を崩す。
「なっこれは!!!」
俺は、平然としているタツに向かって聞いた。それを聞いたタツはなんでもない様に
「ん?言ってなかったか。あいつ、土の神器の保持者なんだよ」
初耳だ。そして納得する。先程の雰囲気は、常人では発せないだろう。
「うおわぁぁ!!!」
「あっちか」
と言い、ドボルグは声がした方に走っていった。
その間にタツは
「よし。帰るぞ」
「は?」
マジで帰ろうとしていた。
「なんで?」
タツは、不機嫌そうに口パクで、
め・ん・ど・く・さ・い・か・ら
めんどくさい?ドボルグが?なんとも納得いかない。あの人は誠実そうだし、良い人ではないか。
それをめんどくさいとは、堕ちたな、タツ。
「いいから早く来い!!!」
「どこに行くんだ?」
いつのまにかドボルグが帰って来ていた。その手には、一人のチンピラをつかんで。
「ド、ドボルグ」
「そういえば、お前に貸した魔道具35個、いまだに帰ってきていない様な気がするのだが」
き、気のせいじゃないか?と言いながら、ジリジリと後ろに下がるタツ。
ドボルグは、魔法を使って地面を隆起させ、タツの退路を塞いだ。
「タツ?」
「は、ははは、・・・」
この後めちゃくちゃ説教された。