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絶望って、結局何なんだよ!


※派遣社員とは

非正規雇用社員。

正規雇用にしてもらうため、とにかくよく働く。就業先が大手企業の場合が多いため、伴侶探しのための腰掛けも少なくない。

高時給と思われがちだが、交通費は時給に含まれるため交通費さえも課税対象にされている。住民税は自分で収めなければならないので4月からの偶数月は24000円を捻出しなければいけない。

また高時給と思われているがため、正社員から『時給分働けよな』ときつい言葉を投げかけられると同時に仕事を押し付けられる。

派遣法改正により3年働いた派遣社員を正規雇用、または直接雇用にしなければならなくなった。だが言い換えれば、就業先の企業では最長3年しか働けず、3年経つと職場を変えざるを得ない。これが現実。

派遣法改正は非正規雇用を正規雇用にさせようと狙ったものだが、実際正規雇用になれるものなど一握りのラッキーな人だけ。どんなに仕事の出来る人間であっても、会社経営の苦しい会社は正規雇用に踏み切らない。契約終了とあっさりと告げられるXデーに、派遣社員の心労は計り知れない。


■日常と非日常は紙一重■

『おはようございます』

私は笑顔を作り、元気に挨拶してオフィスに入った。

『ういーっす』

席に座りすでに仕事に取り組む社員数名が返事をしてくれるが、誰も視線を動かさない。

広島支店にただ一人の派遣社員である私は、オフィスに入ると笑顔で挨拶することから一日が始まる。誰も私の顔を見ていなくても、わたしは笑顔で挨拶をする。社会人として当たり前の事?そんなことはない。

昨日の酒が残っているとすぐわかるほどのむくんだ顔、瞼は腫れぼったい状態で、気だるそうに消え入るような声量で『おはよーっす』と出社する人が多いし、無言でオフィスに入ってくる人だっている。


派遣社員として入社したこの会社は、大手製薬会社。本社はアメリカにある。

入社して8年がすぎていた。

この8年の間に派遣法改正が何度か行われた。

国としては派遣社員を正規雇用に切り替えさせる狙いだったが、何度派遣法をかえてみても結局正規雇用に結びついたのはほんの一握りの人だけで、多くの人たちが3年縛りという法律のせいで契約を打ち切られていた。

私は5号業務にあたり、3年縛りから外れていた。

5号業務とは、資料作成などのパソコン業務がそれにあたる。また、電話対応、お茶出しなどは派遣にさせてはいけない。電話対応、お茶出しをさせたいなら正規雇用にしなさいというものでもある。

けれど、私の入社した会社ではそんな法律は無視しされていた。無視しているのに指導が入らない。なぜか。簡単だ。この5号業務の内容には『社員が対応できないときに限って派遣が手伝うことは可とする』という一文があるからだ。そこが抜け道とされた。

正社員たちの手が空いていようとも、誰も電話には出ない。来客があれば、お茶出しの指示をしてくるのだから、派遣法なんて意味のないものでしかない。

何にしても、2年半前に行われた新たな派遣法改正で、業務種別に関係なく全ての派遣社員に対して正規雇用、または直接雇用に切り替えなければならないと改正された。

これは、明らかに3年のたったら契約終了を意味している。


私のいる部署は、2人で仕事をしていて、1人は正社員の亀田さんという女性だ。亀田さんはPC作業がとにかく苦手で、社内の親睦会の出欠表さえ作れないのだ。

『吉川さーん、仕事お願いしてもいーい?』

亀田さんが猫なで声で仕事を振ってきた。

私は笑顔で

『いいですよ。何したらいいですか?』

と答える。毎日仕事を私に押し付けてくるのが日課だ。

『明日ね、このビル全体の防災訓練があるのよ。役回りが今回うちの会社に回ってきてね〜』

亀田さんは顔の筋肉全て余すところなく使ったいびつな笑顔を向けてきた。もちろん、嫌な予感がしたが私は変わらずにこやかに対応する。

『でね、うちの役回りがね、『火事だー!』と叫んでこのフロアと上のフロアを走らなくちゃいけないの』

近くにいた営業が噴き出した。

『すみません。そういうのは業務外にあたるので』

『あら、大丈夫よ。電話対応もお茶出しも業務外なんでしょ?でも社員対応できないときはお手伝いOKって聞いてるもの。防災訓練対応だってOKに決まってるわよ。私、明日急ぎの仕事を頼まれててどうしても時間を作れないの』

亀田さんは、顔の筋肉全て活用した笑顔で私の肩をポンポンと叩いた。

『ということで、吉川さん明日よろしくね』

急ぎの仕事なんてないくせに、心中で呟いた。


次の日の早朝、いつもより30分も早く目を覚ました。未来のない絶望は一晩寝ただけじゃ少しも薄れることはないともう知っているけれど、毎朝期待してしまう。ロトクジを買ってハズレを確認し落ち込んでもまた新たなロトクジを買って『次の当たりは私に巡ってくるのよ』と根拠のない自信を持つように。

毎朝目を覚ますと、絶望も一緒に目を覚まし私にまとわりつくのだけれど、今日1日を耐え生き抜いて、明日の朝目覚めた時は絶望は眠ったままで世界が変わっているはずよ、と根拠のない期待を抱き身支度を整える。不遇の生活の最後の日は今日になるはず、今日を生き抜けば明日はきっと!と重い気持ちと重い体を、鼓舞する。

けれど今朝はいつもより数倍も辛かった。

『火事だー』と叫んでフロアを駆け巡らなきゃいけないという憂鬱は、私の涙腺を破壊した。

『火事だー』と叫びながらフロアを駆け巡る私の姿を見て、亀田さんはお腹を抱えて笑うだろう。社員たちの飲み会で話のネタにされるかもしれない。

ただでさえ、毎朝眼を覚ますと未来が見えない自分の人生を憂いてるのに。余計な憂鬱が上乗せされたのだ。涙が止まらない。

『火事だー』と叫んでフロアを駆け巡るのは1階の防災センターの職員の仕事ではないのか?

ビルに入居している企業にやらせるなんて、と、防災センターのおじさんの顔を思い浮かべて恨めしく思った。

会社に行きたくない、そう思いながら流れる鼻水をかかもうとティッシュに手を伸ばしたその時、スマホがけたたましい悲鳴を上げた。

スマホを手に取り見ると、画面には『北朝鮮がミサイルを発射した模様。島根県、鳥取県、広島県、岡山県、愛媛県、香川県、徳島県、高知県の上空を通過する模様』と出ていた。

私は恐怖を感じなかった。むしろ私の暮らすこの広島県に落ちればいいのよ、そう願ったのだ。

派遣法改正の為、この会社で働けるのはもう残り半年もなかったし、年齢が40歳というリスクを抱え、独身で親はなく、彼氏もいない。その上、消防訓練で嫌な役回りを押し付けられたのだから。

嫌な仕事を引き受けても、半年後には契約終了の扱いで、退職金もなければ、社員からの感謝もされない。ただ都合よく使える派遣社員が私から他の誰かにすり替わるだけ。

今日の私は絶望的な一日を過ごす事になるのだし、半年後の就活だってもう絶望でしかない。私の毎日は絶望で出来ているような気がする。

スマホのアラートは鳴り続けている。

例えばミサイルが落ちて、意地悪な亀田さんと私がミサイルによって死ぬことは私にとって悪い話じゃないと思えた。

高待遇の正社員の亀田さんと、不遇の派遣社員の私、死が平等であればそれでもういい。亀田さんのように私も高待遇な環境で働き数ヶ月先の仕事を失う不安に悩まない生活を手に入れられないままでももういい、もう十分だ、死んで楽になるなら、その死が亀田さんにも私と同じように訪れるなら、などと思えた。


スマホの画面をタップするとアラート音が止まった。

テレビをつけると、全ての局が北朝鮮のミサイル発射を報道している。

『あと数秒で山陰上空をミサイルが通過する模様です』

女性アナウンサーが神妙な面持ちで伝える。

『頑丈な建物に避難してください。あ、新たな情報が入りました。北朝鮮がさらにミサイルを発射した模様です。新たなミサイルは関東方面上空を通過する模様です。繰り返します』

私の心臓の鼓動は激しくなった。派遣法改正を強引に可決に持ち込んだ政治家たちが死ねばいいのに!そんなことを思ったのだ。

派遣法改正さえなければ、私は変わらずあの会社で働けてたのだから。そう思うと、派遣法改正を強行議決した政治家たちを心底恨めしく思うのだ。


ドーン。轟音ともにアパートが揺れた。

ミサイルが落ちたのか?広島にミサイルが?平和都市の広島に?まさか!

『えー、最新情報です。広島市内にミサイルが着弾した模様です。被害状況は分かり次第お伝えします。繰り返します、広島市内にミサイルが着弾した模様・・』

私はカーテンを開けた。古いアパートだけれど、オフィス街に近く、広島城が望めるいい立地のアパートだ。カーテンを開けると広島城がドンっとそびえ立っているのを見えるのがお気に入りだった。

だか、今私の目に映るのは煙が上がっている広島城だった。広島城にミサイルが落ちたのだ。

呼吸することさえ忘れてしまう衝撃を受けた。

戦争が始まるのだろうか。失業の恐怖に怯える日々から、戦争の恐怖に怯える日々に取って代わるのだろうか。

ミサイルは実験段階であり、爆薬が搭載されていないとはいえ、広島城はあっけなく崩壊し、崩れ落ちた。

息ができない。心臓の鼓動が更に激しくなる。


ピピピっと目覚まし時計がなった。こんな時に呑気に時間を知らせる目覚まし時計にイラつく。

音を止めようとするが、体が震えて動けない。全身が震えている。

声も出せない。眼を閉じ、落ち着こうと試みた。目覚まし時計の音が徐々に大きくなる。

深呼吸を繰り返し、意を決して眼を開けた。

視界に入ってきたのは天井だった。憂鬱な朝を余計な憂鬱にさせる酷い夢を見ていたことを実感するのに数秒かかった。

目覚まし時計を止めてテレビをつけた。スポーツコーナーで昨日のプロ野球の結果を伝えているところだった。

汗で首回りに髪の毛がはりつき、不快だ。

私は起き上がり、カーテンを開ける。いつもと変わらない広島城は美しかった。ホッとするが、会社に行かなければならない憂鬱が私を襲う。

いつものように、今日を乗り切れば明日は世界が変わっていると自分に言い聞かせる余裕もない。

『次はサッカーの話題です』

テレビに眼を向けた。今日会社を休んでやろうかと思いながら、テレビに耳を傾けた。

『J1残留の瀬戸際にたたされたチームが、新たな選手を獲得しました。では彼の入団会見をお伝えします』

アナウンサーの映像から、入団会見に画面が切り替わった。35歳のドイツから来た選手とテロップが出た。記者の質問に彼は笑顔で答える。

『下位チームの救世主になる自信はありますか』

『勿論です。その為に僕が呼ばれたと思ってます。僕はどんな状況でも、どんな環境でも、諦めないのです。諦めないでいつづけたから、僕はここに呼んでもらえたのです。諦めなければ必ず全ては変わる。すぐには無理でも必ず変わるし、変えてみせます』

アナウンサーに画面が切り替わった。

『救世主に期待しましょう』

アナウンサーは笑顔でそう言いわるのを待たずに私はお風呂に向かった。

あの救世主の言葉を信じる!そう心に決めた。『火事だー』と叫んでやろうしゃないの!と。

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