自宅押しかけ女子高生
僕は今日も舞姫市駅の改札口近くで佇んでいた。何度も言っているがこれは僕の習慣のようなものである。少し前は阿闍世アヤを探すためにここで人間を観察していたが、その目的を果たした今となってもやはり僕はここで人混みを眺めるのが好きだった。ここにいると自分が人混みに溶け込んでいるような気がして妙に気持ちいい。それと、今度は今日の夢で出会った少女……内藤マレと現実で出会ってみたいと思っていた。例によって彼女の名前を検索サイトで調べても、彼女に関する情報は何一つヒットしなかった。だから僕は今日もここで佇む。彼女と偶然出会うというわずかな可能性を信じて。
「少年よ。今日も虚しく待ち人を探しているのかね?」
「シンさん。最近良く会いますね」
シンさんが現れた。いつもボロボロのスーツが更に擦り切れて地肌が見え始めていた。
「君がよくここで待っているからだろう。君が虚しい行為に熱中すればするほど、私と会う確率が高まるのだ」
「そうですか」
「いつから待っているのか知らんが、そこで待っていれば会えるのかね?」
「さあ。でもこの前一人会えましたよ。」
「ほう!それは凄いな!」
シンさんは嬉しそうに顔を輝かせる。それを見てなんだか僕まで嬉しくなってしまった。
「根気強く待っていれば、いつかは会えるもんなんですね」
「そうだな……。ああ、そうであってほしいものだ」
シンさんは腕を組んでしみじみと頷いた。
「そうだ。シンさん、あなたは内藤ワールドをご存知ですか?」
「知らんな。新しい芸能人か何かかね?」
「この前見た夢の世界の名前ですよ。今まで見た夢の中で一番ひどい悪夢でした」
「ほう。わざわざわしに話したくなるほどのひどい夢だったのか」
「ええ、本当にひどいですよ。シンさんも気をつけたほうがいいです」
「ガハハハハ!夢に気をつけろと言われるのは生まれて初めてだよ少年!」
シンさんは腹を抱えて大声で笑った。近くを歩いていた人が迷惑そうな視線をこちらに向ける。
「まあ普通は言わないでしょうね。しかし最近よく奇妙な夢を見るんです。僕らの知らない遠い世界の何処かで、何か異変が起こっているのかもしれませんね」
「そんな遠くの異変でわしの見る夢が変わったりするものかね」
「どうなんでしょうね。しかし、他人と一度でも夢を共有したことがある人は気をつけたほうがいいと思いますよ。その時点で普通の人とは違うんですから」
「ふむ……そうかもしれないな。それで、その夢に気をつけるには具体的にどうすればいいのかね?」
どうすればいいのだろう?僕は沈黙してしばらく考えた。
「……寝ないとか」
「寝不足で死ぬぞ」
「……夢だから注意したところでどうにもならない……か」
「当然だ。悪夢なんてのは定期的に見るものだ。そう怖がる必要もあるまい。昨日はビルから落ちる夢を見たよ。あれは痛かった」
「僕が注意している夢はもっと痛いことされますよ」
「クク……。君と同じ夢が見れることを楽しみにしているよ。内藤ワールドといったかな?」
「ええ。変な女の子が女王様きどりでぴーぴー騒いでいたらそれです」
「わかった。気をつけようもないが、一応気をつけておこう。じゃあな」
───────(1)───────
三日後、僕が駅のいつもの場所に向かうと、シンさんが柱を背にして腕を組んで立っていた。その姿はまるで誰かを待っているようだった。
「やあ、シンさん。虚しいことしてますね」
「少年よ。わしは別にいいんだよ。どうせ虚しい人生だからな」
「まあそんな虚しい人生でも、ときどき本気で人を憎んだりもする」
「?」
僕は思わず首を傾げる。
「内藤ワールド、わしも見たぞ。あれはこの世の地獄だな」
「おお。珍しいこともあるもんですね。僕の注意が役だったりするなんて」
「別に少年の注意は役に立っとらん。気づいたら下半身に物騒な機械がついてたからな。どうしようもなかった」
「本当に嫌な夢ですよねえ」
僕はしみじみと頷き、シンさんは眉をひそめた。
「夢の感想なんてどうでもいいんじゃ。わしはあの内藤マレとかいうガキをぶん殴りたい。ここで待ってればいつか会えるのか?」
「いやあ、まず無理じゃないですかね」
「じゃあなんでここで待ってたんじゃ」
「ああ、それは僕の習慣ですから。夢の人と会うことなんて元々期待なんてしてないですよ」
「……」
シンさんは苦々しげに右手で自分の顔を覆った。
「あれ、もしかして怒ってます?」
「いーや。少年を見てるとまるで鏡で自分を眺めているようでな、本当にうんざりするよ」
「はあ……」
「少年、あのガキに恨みはないのか?おっと、少年はそんなにひどいことはされなかったか」
「されましたよ。あと一歩で死ぬとこでした」
「そりゃついとるな。わしゃ死んだよ」
「え?」
思わず聞き返してしまった。シンさんは軽く咳払いをする。
「おっと、わしのことはどうでもよかったな。あと一歩で死ぬところだったのなら、少年もあのガキを殴りたくて仕方がないじゃろ」
「いや、別に……」
「あん?」
今度はシンさんが僕に聞き返す。
「夢の中の出来事なんてすぐに忘れてしまいますからね。起きたときは怒ってたような気もするけど、もうどうでもいいです」
「わしは忘れられんよ。どうしてもあのガキに現実で会いたいのう」
「そうですね。恨みはないですが、現実でちょっと話してみたいです」
「なんかいい方法はないかね」
「ないでしょうね。名前と顔は知っていますが、そこから居場所を突き止めるのは相当難しいと思いますよ。顔を知っているといっても、写真を持ってるわけでもないし」
「ふむ……」
シンさんが立派なあごひげを撫でながら空を見つめる。
「でも、案外この近くに住んでいるんじゃないかな」
「どうしてそう思う?」
「シンさんと、あともう一人……、夢で出会った子がいるんですけど、その子もこの近くに住んでいました。案外、夢の空間は現実での距離に縛られているのかもしれませんね」
「そうか……そうかもしれないな」
シンさんは軽く頷いた。
「まあ、近いから会えただけかもしれませんが。遠くに住んでたらまず出会えませんからね」
「いや、わしは近いと踏んでちょっと探してみようと思う」
「あてはあるんですか?」
「無いが、奴はガキだった。ガキならまず学校に通っておるじゃろう。この辺の中学校と高校を虱潰しに探してみたら面白いことになるかもしれん。『内藤マレ』という名前も珍しいからな。学校の名簿でも手に入ればもしや……」
それを聞いて僕は少し首を傾げた。
「ホームレスがどうやって学校の名簿を手に入れるんです?」
「さあな。だがここに突っ立っているよりはるかに有意義じゃろう」
シンさんは柱から背を離して僕に顔を向けた。
「じゃあな、少年。そっちでガキを見つけたら連絡をよこしてくれ」
「シンさんの連絡先なんて、僕、知りませんよ」
「夕方にここに立っていればいいぞ」
そう言ってシンさんは行ってしまった。
「やれやれ……。あそこまで熱心なシンさんは初めて見たな……」
奇妙な流れが形成しつつあると、シンさんの後ろ姿を眺めながら僕は思った。