遠隔睾丸破壊装置 -内藤警察-
───────(2)───────
たこ焼きは地面に墜落して、代わりに餃子が空を支配しようとしていた。
アヤさんの家の中に入れてもらう。家の中はこれといって特筆すること無い普通の内装だが、なんとなく落ち着いた気分になった。さっきまで奴隷という普段体験しない身分で酷使されたせいだろう。
「アヤさんが僕の主人だったんだ」
「今回はそういう話みたいねえ」
そう言ってアヤさんは椅子に腰掛ける。
「今回……?はっ!まさかこれは夢!?」
僕はようやく自分が夢の中にいることに気づいた。今更に驚く僕を見てアヤさんは呆れた顔をした。
「そこはすぐに気づきなさいよ。こんな世界が現実にあるわけないじゃない」
「そうか、夢か……。冷静に考えてみれば確かに夢なんだけど、夢の中にいると、なんかこう常識がすっぽりと抜け落ちて……現実ってこんな感じだったかなあって何故か納得してしまうな」
「明らかにおかしい世界なのに、夢だと気づけない。この前の私もそうだったわねえ」
「ふむ……」
改めてアヤさんを見た。アヤさんも僕を見ていた。
「また……夢の中で会ってしまったね」
「この前もびっくりしたけど、今回も同じくらいびっくりねえ。同じ人と、違う夢でまた出会うなんて」
「気づいていないだけで、よくある話なのかもしれない」
「流石にそれはないでしょ」
「どうかな……」
「それより話は変わるんだけど……イド……いえ、イドさん……ぷくく……」
「ん?」
アヤさんは口元に手を当てて必死に笑いをこらえていた。
「その格好おかしすぎ……ぷぷぷ……」
アヤさんに指摘されるまでもなく僕の格好は酷いものであった。ボロボロの布の服と股間に取り付けられた歯車がむき出しの変な機械。こんなへんちくりんな格好が出来るのはこの夢だけだろう。僕はため息をついた。
「知り合いの前でこんな格好見せないといけないなんて、ひどい夢だよ」
「しかもプラス奴隷ですもんねえ……踏んだり蹴ったりって感じねえ」
アヤさんがくすくすと笑う。確かにアヤさんを見ていると、なんで僕だけが奴隷なんだと思わずにはいられない。
「僕の格好のことは放っておいてだ……。そうそう、僕を呼ぶときはイドでいいよ」
「でも、年上だし……」
「夢の中じゃ年齢差なんて些細な事でしょ。しかも今は主人と奴隷だからね。主人が奴隷にさん付けするなんて変じゃないか」
「それは……そうかもしれないけど……」
「まあ、アヤさんが僕をどう呼ぼうと自由だけどね。ただ、僕からすると、さん付けで呼ばれるのは奇妙な感じなんだな」
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、これからはイドって呼ぶことにするわ」
そう言ってアヤさんはニコリと微笑んだ。
「うん、どうも」
「それと、代わりに私のこともアヤって呼んでね。年上に『アヤさん』って呼ばれるとなんだかくすぐったいから」
「え……。うん、わかった。努力するよ」
アヤさんが不思議そうな顔をする。
「努力しないと言えないものなの?」
「うん。僕の中では『アヤさん』って呼び方のほうがしっくりくるから」
「変なの」
「そりゃ夢の中だからね」
この夢の設定上では僕とアヤさんは奴隷と主人だが、互いの呼び方について話し合ったりする僕らを見て、僕らの間に上下関係があるとは誰も思わないだろう。互いが夢に気づいてしまった今となっては、夢の設定など何の意味もなかったのである。
───────(3)───────
突然、ドンドンとドアを蹴りあげる音が聞こえる。僕達がドアに視線を移動すると、ドアがバーンと開く。ドアを蹴りあげていたのは内藤マレだった。彼女は両手を広げながら部屋に駆け入った。
「ぶーん!内藤警察だ。ちゃんと奴隷をしているか?」
「えっ、君は女王様でしょ。なんで警察なんてやっているの」
思わず突っ込んだ僕の突っ込みを聞いて、内藤マレは両手を下げて立ち止まり、僕を睨んだ。
「奴隷は口答えするな。いやーなに、睾丸破壊装置のリモコンを持っているのは私だけだからな!奴隷がいうこと聞かなくて困っている人がいたら助けてあげようかと」
そう言って彼女はリモコンを取り出して僕にちらつかせる。僕に彼女の相手をさせるのは良くないと思ったのか、アヤさんはあわてて立ち上がって、内藤マレに恭しく頭を下げた。
「女王様、ようこそいらっしゃいました。ですが、私の家はご覧のように平和そのものです。奴隷もちゃんということを聞いております」
「本当かー?奴隷に脅迫されて言ってるだけだったりしないかー?」
「なんでそんな疑り深いんだ。さっさと隣の家にでも行きなよ」
「見ろー、奴隷なのにこの言い分だ。増長している奴隷のいる家庭が一番怪しいんだよなー。なあ主人、本当に大丈夫か?調教用にここのツマミをぐいっと回してあげてもいいんだぞ」
そう言って今度はアヤさんにリモコンをちらつかせる彼女。
「それをすると死んでしまうのでは……」
「あの股間の万力はほどほどに締め付けることも出来るんだ。個人差はあるけどこの赤のラインまでなら回しても大丈夫」
「へー」
「試しに回してみるか?」
「そうねえ……」
何故かアヤさんが少し興味ありそうな顔で僕を見てきた。僕はあわててツッコミを入れる。
「待って待って。なんで許可を取りたげな目をこっちに向けるんだ」
「そうそう。奴隷の許可なんていらないぞ」
「そういう意味で言ったんじゃないです、女王様」
「その機械がどんな風に動くのかちょっと気になるのよねえ……。ねえイド、ちょっとだけならいい?」
「駄目!」
僕は思わず叫んでしまった。男が僕しかいないせいか放っておくと危ない雰囲気に流れてしまう。
「そっかー……うん、そうよね。ごめんねえ、物騒なこと聞いちゃって」
アヤさんが正直に謝るのを聞いて、内藤マレは小さく舌打ちをした。
「はぁー、なんだー?ここの奴隷と主人仲良すぎー、つまんない!」
そして椅子を引いてドスッと座る。
「あのなー、主人。奴隷はもっと手荒に扱っていいんだぞ。いや、手荒に扱わないと駄目なんだ。なんたって奴隷だからな」
「はあ……」
「例えばだ、ほら、今私という客人が家に来ている。となれば、何をすべきだ?」
「あっ、失礼しました。今お茶を作りますね」
アヤさんは急いでキッチンに向かおうとしたが、内藤マレがそれを止めた。
「そうじゃない、そうじゃない。お茶は奴隷に作らせる、そうだろ?」
「え……」
戸惑うアヤさんだったが、僕は内藤マレの意図を理解した。彼女はとにかく僕を働かせたいのだ。そうさせたがる理由は知らないが。
「なるほど、うっかりしていました」
僕はそう言って、アヤさんの代わりにお茶を作ろうと、ヤカンを火にかけた。その様をみて内藤マレがにっこりする。
「うんうん、主人はこっちに来て私と楽しくおしゃべりでもしよう」
「はあ……」
アヤさんはとりあえず椅子に座ったが、内藤マレが何を考えているのかわからないようであった。僕は気を利かせて目についたお茶菓子を皿に盛ってテーブルに出す。内藤マレがせんべいを手にとってパリンとかじる。
「主人、名前は?」
「阿闍世アヤと申します」
「アヤか。私の名前は内藤マレだ。まあ知っていると思うが」
「女王様ですもんねえ」
「そう!私は内藤キングダムの女王様。私以外の女は平民で、男は皆奴隷。ここはそういう国なんだ」
嫌な世界観だ……。僕は適当に戸棚を開け閉めしながら働いているふりをしつつ、二人の話を聞く。
「アヤ、この国に住んでて楽しいか?」
「はっ、はい。やらなきゃいけないことは全部奴隷がやってくれますからね」
「そうだな。今は私が国中の奴隷を内藤ハウスの建設に使っているせいで、昼は奴隷不足になっているが、まあそこは我慢してくれ」
「はい、我慢します」
「うむ。聞き分けの良い国民に女王も満足である」
(さっさと帰ってくれないかな……。お茶っ葉どこにあるかわからないし……。うん、さっさと帰れ……)
手持ち無沙汰なので僕はコンロの前に立つ。夢の中だからなのか、やけに火の通りが早い気がする。ヤカンの口からもう白い蒸気がうっすらと見えてきた。
「ところで話は変わるが、アヤ」
「はい」
「いつからここが夢の中だと気づいた?」
「えっ!?」
アヤさんが驚いた声を上げる。僕も驚いて思わず振り向いてしまった。内藤マレはアヤさんをじっくり眺めていた。
「図星か……。道理でモブっぽくないわけだ」
「ということは、女王様もここが夢だと?」
「ああ、私はかなり前から気づいているぞ。なんたって女王だからな」
珍しいこともあるもんだなと僕はそのとき思った。以前会った人と夢の中で再開するだけでなく、さらに新たな他人と出会ってしまうとは。