遠隔睾丸破壊装置
夢の中は思考を鈍らせる。どれだけちぐはぐな世界でも夢だと気づけなかったりする。
「起きろ!カス!」
「ん……?」
気づけば何者かに胸ぐらを捕まれ、往復ビンタを食らっていた。目を開けると、目の前に少女が立っていた。紫黒色のポニーテールが特徴的な、活発そうな少女だった。
「やっと起きたな!このお寝坊さんめ」
少女は僕の胸ぐらから手を放す。
「ここは……」
「ここは内藤ワールド、私の世界だ!」
内藤ワールド、聞いたことのない世界だ。空では太陽の代わりにたこ焼きが轟々と光を降り注いでおり、少女の背後には円錐型の建物が、そして僕の背後にはサイコロ型の白い石が無造作にたくさん置かれていた。そして僕はたくさんの男たちと共にいた。男たちは皆ボロボロの服を着て座っている。
僕は辺りを観察するのはやめて少女に視線を戻す。
「君は誰……?」
「内藤マレだ!女王様の名前も忘れたのか、カスめ!」
「女王ねえ……」
少女はスカートの丈が短い赤いドレスと宝石が散りばめられた金色の冠をかぶっていた。確かに女王と呼んでもおかしくない格好だが、その少女にはそこまでの気品が感じられなかった。
少女は舌打ちをしてガンガンとハイヒールを地面に打ち付けた。
「あーもう、お前理解が悪すぎ!仕方なしに一から説明してあげるから感謝しろよな。まず私は女王、お前たちは奴隷!オーケー?」
そう言って少女はまず自分を指差し、次に僕……いや僕達を指差した。僕はまた振り向いて男たちを眺める。
「奴隷は男ばっかりか……」
「当然だ。男は致命的な弱点を抱えてるからな。自分の股間を見たまえ」
いきなり何を言い出すんだこの子は……と思いながら視線を下ろすと、腰に何やら歯車をむき出しにした謎の機械が装着されていた。いや、正確には腰よりもう少し下だった。謎の機械が股の下まで伸びているので装着感にかなりの違和感がある。
もしやと思い、もう一度後ろを振り返ってみると、男たちも僕と全く同じ機械を腰の下にぶら下げていた。彼らが座っていて見えないだけだった。百人ほどの男たちが全く同じ服、同じ謎の機械を身につけているのがとても異様な光景だった。
「うわっ……何これ……致命的に格好悪いな……」
「遠隔睾丸破壊装置だ。見た目の悪さなんてすぐ気にならなくなるほどに致命的だぞ、それ」
「ただでさえ格好悪いのに、お揃いでいっそう格好悪いよ」
後ろで座っていた男が一人立ち上がって、こちらに近づいて僕達の会話に入ってきた。
「ああ。俺達も気がついたらこんな格好になっていたんだ。一体、何が何やら」
「まあまあ。深く考えなくていいぞ。気にしないといけないことは一つだけ。『お前たちの命は私が握っている』ということだ」
そう言って内藤マレと名乗る少女は袖からリモコンのようなものを取り出した。そのリモコンはアンテナとツマミが一つしかついていないシンプルな構成だった。あのツマミを回すと機械が作動して恐ろしいことになるのだろうか。
「なるほど。状況はなんとなく理解できてきた」
「よしよし、じゃあ最初の命令を下そうか。あれを見ろ。あそこにいっぱい石があるだろ?これから私の家、名づけて内藤ハウスを作ろうと思う。設計図はここにあるから、奴隷の皆でがんばって作れ」
今度は胸から折りたたんだ紙を取り出して僕に差し出す。その紙を受け取って開いてみると、確かに設計図といったような感じの図形が書き込まれていた。だが僕はその手の専門知識を持っていないので、設計図を眺めた所でちんぷんかんぷんである。
「設計図なんて貰ってもなあ。奴隷の中に大工やってた人はいるのかな?」
「そんな細かいことは知らん。なんでもいいから何とかして作れ。ちなみに石の配置を間違えると、ロボットが鞭で叩いて教えてくれるから、それをヒントにするといいだろう」
彼女がパチンと指を鳴らすと、円錐の建物から十数体のロボットがキュルキュルと音を立てて次々と出てきた。そのロボットはどれも足が無く、代わりに一輪車のようなタイヤがついている。そして片方の手が鞭になっていた。僕達を威嚇するように鞭をぶんぶんと回している。そしてそれを地面に打ち付けると、パァンと空気を切り裂く音があたりに響いた。
「随分と痛そうなヒントだ……」
「命令は以上だ。何か質問はあるか?私は寛大だからなんでも聞いてやろう」
少女は得意気に腰に手を当てて僕達の反応を待っていた。この状況は従うより他はないだろう。だが、僕の背後で何人かの男が荒々しく次々と立ち上がる。どうやら全員が納得しているわけではないようだ。
「ふざけるな!奴隷なんて認めるか!俺は絶対に石なんか運ばないぞ!」
「そうだそうだ!こんな頭の悪そうなガキが女王だなんて悪い冗談だ!」
「いいぞー!もっと言ってやれー!」
「ヒューヒュー!」
立ち上がって意見しているのは全体に比べて少数だったが、座ったまま野次を飛ばしている奴隷が結構いるのを見る限り、大多数が今の状況に納得していないようだった。それを理解した少女は深い深い溜息をついた。
「はぁー。自分が置かれた立場がまだ理解できていないんだなあ……」
少女はリモコンを取り出して、ある立ち上がっている男に向けてリモコンのツマミを回した。すると、男の腰にぶら下がっている機械がキリキリと動き始め、むき出しになっている歯車も高速で回りだした。メキメキメキという何かが潰れるような音が聞こえたような気がしたが、機械の駆動音と耳をつんざくような男の断末魔にかき消されてしまった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!」
男は股間を抑えてその場に倒れこんだ。しばらくピクピクと悶えていたが、やがて全く動かなくなった。それを見て先程まであれほど騒いていた男たちはすっかり無言になり、立っていた数人の男たちはあわてて座り込んで目立たないように息を殺していた。
少女はその雰囲気に満足したようで、ニヤリと笑ってリモコンを袖の中に戻す。
「……というわけだが、他に不満を述べたい奴はいるか?私は寛大だからなんでも聞いてやるぞ!」
「……」
「よしよし。従順な奴隷ばっかりで私も鼻が高い。じゃっ、さっそく仕事に入ってくれ。……ああそうそう、そこの潰れた奴隷はゴミ箱に捨てといてくれ」
その後の仕事は地獄だった。奴隷の皆で石を運んでひたすらそれを積み上げて内藤ハウスを完成させるのだが、この石が非常に重い。背中に乗せて運ぼうとすると、ちょっとでも力を抜くとそのまま石につぶれてしまいそうだった。それと鞭打ちロボットが意地悪だった。石を置いてしばらくしてから、その石はその場所ではありませんよと言いたげに僕達を容赦なく鞭で叩くのだ。石の置き場所の答えを知っているのなら、彼らに誘導して欲しいのだが、どうやらロボットたちは誘導するよりも鞭で叩くのが好きなようだ。
------------(1)--------------
天高く登ったまばゆいたこ焼きが西に沈むころ、今日の作業を終了する知らせの鐘がどこかから鳴り響いた。ロボットの頭についているランプが一斉に光りだす。
「今日ノ作業ハ終了デス。皆サン主人ノ元へ帰ッテクダサイ。今日ノ作業ハ終了デス。皆サン主人ノ元へ帰ッテクダサイ……」
終了の知らせを聞いたので、男たちは一斉に運んでいた石をその場に放り出した。
「このロボット喋れるのかよ。主人ってのはあのガキのことか」
「あの子はあの建物の中に戻っていくのを見たぜ。皆で入ろう」
奴隷たちが集まって円錐型の建物中に入ってゆく。僕もその後ろについていった。
円錐型の建物の入り口を抜けると、大きな広間があった。中央には闘技場のようなものがあり、周りがフェンスで囲まれている。闘技場では男とライオンが手にボクシングのグローブをはめて戦っていた。いや、男がライオンからひたすら逃げ回っているので戦っているという言い方は全く正しくないか。ライオンが男を捕まえる度に笑いながら男の腹にボディーブローを打ち込む。すると男はふっとばされるのでまた逃げる。男は「降参!降参!」と言いながら泣きわめいていた。よく見ると中央に審判の服装をしたロボットが立っていたが、男がどんな反応をしようと終始無言だった。
内藤マレは特等席でその戦いを眺めていた。彼女はゆったりとした椅子に座って、男に葉っぱで作った団扇で扇がせている。彼女が手に持っているクリームの乗っかったメロンソーダが目を引いた。彼女はそれをストローで飲んでおり、働いた後の僕にはそれがとても美味しそうに見えたのだ。
「ドッ、ワハハ!つまらない追いかけっこだな!反撃しないから審判がすっかり寝ているじゃないか」
僕達の中で、一人の男がおそるおそる内藤マレに近寄る。
「あのー、今日の仕事が終わったようなんですけど、これからどうすれば……」
「ん?仕事が終わったなら主人のところに帰っていいぞ」
「主人って……」
「なんだ、皆主人の顔を忘れてしまったのか?言っておくが私は女王であってお前たちの主人でも何でもないぞ。ちょって待ってろ」
内藤マレがパチンと指を鳴らすと、近くにいたロボットが口から紙が次々と出てきた。どうやら地図を印刷しているようだった。
「その地図にそれぞれの主人の家が書かれてるから、地図を見ながら自分の主人の家に帰りな。家に帰ったらちゃんと主人の命令に従うように。ああそうそう、明日も作業はあるからちゃんと早起きしたまえよ。一分でも遅刻したら睾丸破壊だからな」
睾丸破壊という単語に僕たちは思わず身を震わせてしまったが、とりあえずもう家に帰って良さそうなので、僕たちはそのまま帰ることにした。地図を受け取った奴隷が次々と入り口から出て行く。僕も地図に目を通してみる。地図の中央に円錐型のマークがある。これが現在の場所だろう。南東の家のマークに僕の名前が書き込まれていたので、僕はそこに向かうことにした。
しばらくするとこじんまりとした綺麗な緑の屋根の家があった。僕は主人がせめて人間であることを祈りながらドアをコンコンと叩いた。しばらく待つとドアが開いた。
「はーい!私の奴隷さん初めましてー……っと?」
見覚えのある人が僕の目の前に現れた。今回は黒装束でもブレザーでもなく、質素な白いワンピースだった。どうやら阿闍世アヤが僕のご主人のようだ。