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出合い系総合夢世界  作者: 吉良利休
阿闍世(あじゃせ)アヤ
4/41

二人の盗賊 -人間観察-

------------(15)--------------


 カーテンを開ける。日差しが暖かい。春が近いのかもしれない。


 テレビのスイッチを入れる。特に見たい番組があるわけではない。だがつけたまま放置しているとたまに面白い番組に出会ったりするので好んで放置している。


 顔を洗って、朝食を作る。夢の中ではアヤさんが作ってくれたが、あいにく僕は一人暮らしなのでちゃぶ台の前で待ったところで誰かが料理を運んできてくれたりはしない。目玉焼きとウインナーをフライパンで焼いて、食パンをトーストで焼く。平均的な朝食と言ったところだろう。他人の朝食を見たことはあまりないが、きっとそうだ。


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 朝食のあと、ちゃぶ台の上にノートパソコンを開き、検索サイトを開く。入力ボックスに『あじゃせ』と打ち込んで変換キーを押すと『阿闍世』に変換される。


「へー。珍しい苗字だな。これは期待できるかもしれない」


 『阿闍世アヤ』と入力して検索ボタンを押す。検索結果はゼロ件だった。僕は思わず唸ってしまう。アヤを彩、綾、亜矢などに変換しなおして検索しても結果は一緒だった。


「阿闍世アヤ……。検索サイトから見つけられたら簡単に出会えるんだけどな。名前で調べても何も引っかからないか。もっと詳しく聞いておけば良かった」


 せめて写真でもあればな、と思う。名前からその人の居場所を突き止めようとしたときに取れる方法なんてそう多くない。僕が公務員なら戸籍なんかを勝手に調べて探し当てることも出来るのだろうが、きっとそれは公務員でも違法だし、そもそも僕は公務員でもない一介の大学生である。インターネットで調べて見つからなかったら基本的にそこで終わりなのだ。知り合いにひたすら彼女の名前を尋ねることだって出来るが、そんな方法で見つかるとは到底思えない。


「だが、顔は覚えている……」


 僕は出かける用意をした。


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 僕は最寄りの高瀬駅から電車に乗って舞姫市駅で降りた。と言っても、ここから何処かへ移動するわけではない。舞姫市はM県の県庁所在地なので、人がとても多い。駅は人の出入りが激しい場所だ。だから舞姫市駅はM県で最も人の出入りが激しい場所である。僕は改札口近くの柱を背にして、ぼーっと人混みをしばらく眺めた。


 大きな駅の前でひたすら道行く人の顔を眺める。そんな方法で彼女を見つけられるだろうか?これは宝くじで一等賞を当てるぐらいの確率の低い方法だろう。それでも僕は僅かな期待に賭けて駅の前でたむろしたりする。この方法は知り合いに声を掛ける必要が無いし、何より電車賃以外はタダである。僅かな期待を口実に駅で突っ立ってるのもそれほど悪いことではないと僕は思っていた。道行く人を眺めるのはそれだけで結構楽しいものだったから。本来の目的を忘れて、新しい発見に夢中になったりもしていた。


 しかし、本来の目的……そう、彼女と現実世界で再開するという目的は今回も果たせそうになさそうだった。数日ほど駅でたむろしてみたが、彼女に出会うことは一度としてなかったからだ。何度も言うが、こんな方法で見つかることなどまずないのだ。逆説的に考察すれば、この方法で彼女を見つけるには、①彼女はこの駅を利用している。②彼女が電車を利用する時間帯に僕がここで観察している。③僕の視界内に彼女の顔が入って、なおかつ僕が人混みの中から彼女の存在に気づく。という三つの条件を満たさなければならない。言うまでもなく①の時点で非常に厳しい。彼女が駅を利用していなければ、僕の行いはただの徒労になるのだ。


 もしも彼女が有名人だったらなと妄想したりする。彼女が有名人ならば、ふと見上げた街角のスクリーンで彼女を見つけることも出来るだろうから。だが、きっと彼女はそんな有名人ではないだろう。妄想だ。そんな都合のいい話は現実ではありえないのだ。


 現実とはそういうものだ。夢は夢、現実は現実と割り切っていると言った彼女の言い分もよく分かる。夢に夢中になって現実で上の空になるのは滑稽以外の何者でもない。そもそも、彼女が実在するのかどうかも怪しい話なのである。冷静に考えれば、他人と夢と共有するなんてまずありえない話。彼女は僕が作り出した虚構の存在……そう考えるのが当然の思考であり、夢で出会った彼女を探そうとする僕はピエロなんだろう。


------------(18)--------------


「おや。人混みの中にピエロがおったわい」


 僕がいつものように改札口の前で佇んでいると、後ろから聞き慣れた声が聞こえたので振り向く。見た目は四十代ぐらいで、顎下まで伸びた無精髭、痩せこけた顔、擦り切れたボロボロのスーツ。ホームレスのシンさんだ。シンさんはゲラゲラ笑いながら両手をバッと広げた。


「少年よ。ありもしない希望に縋るのはいい加減に諦めたらどうかね?」

「久し振りですね、シンさん。まだホームレスを続けているんですか」

「続けているとも。辞める理由がないからな」


 そう言ってシンさんは僕が背にしている柱をぐるぐると歩き始めた。


「そういえばシンさんと初めて出会ったのは確かここでしたね。懐かしいですね」

「あの頃と比べると、わしもお前もやっとることは相変わらず変わらんな。変わったのは皆の持ち物ぐらいか。見ろ、どいつもこいつもスマホとやらに釘付けじゃ。お前とは別の方向で滑稽じゃのう」


 シンさんが指で指すまでもなく、駅でスマホを弄っている人は多かった。スマホの画面を指で触って操作しているのが、わざわざ観察しなくても視界に入ってくる。僕とシンさんが出会った頃はスマホはまだ一般的ではなく、ガラケーを持っている人がほとんどだった。僕にはガラケーとスマホの違いもよくわからないが、これも科学の発展の一つなのだろうか。


「僕はそんなに滑稽ですかね?」

「そこに立っていれば待ち人に出会えるのかね?」


 シンさんがピタリと僕の前で止まってニヤリと振り向いた。僕は軽く首を振る。


「いいや、今回も無理だと思います」

「ほらみろ。無理だとわかっているのに待つなんて滑稽じゃろう。夢の人となんぞ出会えるわけがないのだ」

「しかし、シンさん。あなたとの本当の最初の出会いは、夢の中でしたよね?」


 シンさんがまたゲラゲラと笑い始める。


「そうだったかな。昔の夢なんぞすっかり忘れてしもうた」

「あなたとさえ出会わなければ、こんな馬鹿な趣味も持たなかったと思いますよ」

「わしのせいにするか。せいぜい気が済むまでそこで立ち尽くすんじゃな」


 そう言ってシンさんはまた歩き始めた。


「どこへ行くんです?」

「どこへも行かんよ。いつもどおり、ぐるぐるとこの町を回っているだけだからな」


 その後も僕は定期的に舞姫市駅でたむろしていたが、シンさんと出会うことはなかった。僕はシンさんが何者なのか、何をして生きているのかもよく知らない。シンさんにとっても、僕のことを大学生と知っているぐらいだろう。彼はたぶんそれ以上のことは知らないし、僕もそれ以上のことを話した記憶が無い。あの人とは話していてなんとなく気が合うと思っているが、そのせいで互いに深入りしなくなっているし、互いにそれで十分と思っている節がある。少なくとも僕は、そう思っていた。

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