エピローグ
夏だ。薄着が目立つ。僕は久しぶりに舞姫市駅で人間観察をしていた。最近は知り合いと夢がリンクするばかりで赤の他人と同じ夢を見ることはめったになくなってしまった。これといって出会いたい人がいないのでここで人間観察をする必要など全く無いのだが、それはそれ、これはこれである。
ボロボロの服を着た通りすがりの人間が、僕を見て立ち止まる。
「おや、久しぶりにピエロを見たのう」
「久しぶりですね、シンさん」
「少年、そこで誰を待っておるのかな?」
「別に……誰も待っていませんけど」
「いかん、いかんな。人間はあっという間に年を取っていくぞ。さらに青春は一瞬じゃ。そんな所で突っ立っとる場合か?少年はもっと有意義なことに時間を使うべきだと思うぞ」
「有意義なこと……友達と遊んだりですか?」
「それは無駄の極みじゃな。どう足掻いても最後は一人で死ぬというのに、どいつもこいつも群れたがるのは何でなんだろうな?人生設計がなっとらんぞ」
「誰に向けて言ってるのか知りませんが、ホームレスのシンさんには言われたくないでしょうね」
「ハハ……。それでも群れてる輩を見ると説教がしたくなるタチなんじゃな、わしは」
ポケットに入っている携帯電話がぶるぶると震える。電話だ。
「あっ、すみません。ちょっと電話に出ますね」
シンさんに断って僕は携帯電話を耳に当てる。
「僕だけど、何か用?……えっ、たこ焼きパーティー?たこ焼きは嫌いじゃないけど、別に僕が行く必要性なんてないよね?……わかったよ、行けばいいんでしょ。だから、そんなに怒らないでよ……。うん、僕は舞姫市駅のいつもの場所にいるから、行くならさっさとしてね。それじゃ」
僕が電話を切ると、シンさんがクックッと笑い出した。
「なんじゃ?彼女とたこ焼きパーティーか?最近の若者のデートはよくわからんのう」
「デートじゃないですし、彼女でもないですよ、阿闍世さんです。ここの近くにあるたこ焼き屋が五周年だか十周年やらでたこ焼きを半額で出してくれるらしいですよ。だから、夢友の皆で食べに行こうって」
「そうかい、そうかい。よかったのう、少年!一緒に飯を食べれる友人がいて!わしはそんなの無駄の極みだと思うが、少年みたいな寂しがり屋にはきっと有意義じゃろうな。たっぷりと青春を謳歌すると良いぞ」
そう言ってシンさんは嬉しそうに僕の肩を何度も叩いた。強めに叩かれたので少し咽てしまった。
「ケホッ……。何言ってるんですか。シンさんも夢友でしょ?携帯を持っていたらシンさんも呼ばれてましたよ。せっかく久しぶりに出会ったんですから、一緒に食べに行きませんか」
「いや、結構。少し前にあの女子高生たちと道端でばったり会ってしまってな。これは大人の貫禄を見せてやらんといかんと思って気前良くチョコパフェを奢ってやったんじゃが、あいつらのよう喋ること喋ること!小一時間ほど一緒に居ただけなんじゃが、一年分の会話をしたような気分になったよ。やはりあの年頃の女は怖いのう」
「ハハ……」
「というわけで、当分あいつらとは顔を合わせたくないんじゃ。ほとぼりが冷めた頃にまた誘ってくれ、じゃあな」
シンさんは僕に別れを告げると、雑踏の中へと消えていった。
───────(1)───────
アヤさんを名倉メイの監禁から救いだしたあとの出来事について、少し話そうと思う。
監禁、と聞くといかにも大きな事件が起こったような気がするが、監禁のことを知っているのは僕とアヤさんと内藤さんぐらいだろう。アヤさんの両親は名倉メイの人懐っこさにすっかり騙されていたので、自分たちの娘が監禁されていることに気づいていなかったし、それどころか娘が学校をサボって友達の家に遊びに行ったと思い込んでいた。実際、アヤさんが真夜中に帰宅したとき、こんな時間に起こすなとぶつぶつと両親に文句を言われたらしい。アヤさんもそんな間抜けな両親についてぶつぶつと愚痴をこぼしていた。
そうそう。名倉メイといえば先日僕の家に来た。なんとなくアヤさんを解放した時点で全てが終わったような気がしていたが、特にそんなことはなかった。あれはアヤさんを助けた次の日のことである。僕が居間で人形を彫っていると、遠くからガタガタと何かが揺れる音が聞こえた。
「なんか外から怪しい物音がするな……。真っ昼間から泥棒だろうか……」
僕が独り言を呟いていると、廊下の奥からドアが開く音が聞こえて、スキップ音を立てながら誰かが居間にやってきた。ゴスロリ姿の名倉メイだ。
「らんらんるー。らんらんららん」
「えっ……。勘弁してくれ、今度はどこの窓を割ったんだ」
僕がじろりと名倉メイを睨むと、彼女は真顔で僕を見つめ返した。
「窓は割ってないよ。トイレの窓が開いてたからお邪魔しただけさ」
「ああそう。それで……何か用かな」
僕が尋ねると、彼女は遠慮なくちゃぶ台に座りだした。
「ねえ、聞いてよお兄ちゃん。僕の家の窓が割られていたんだ。しかも窓ガラスにガムテープが貼ってあってね。あれはきっとプロの仕業だと思う。そしてそのプロは僕の一番大事なものを盗んでいったんだ。酷い話だよね」
「その大事なものって盗品でしょ?ならまた盗まれても当然だと思うね」
「知らないよ、そんなこと。これは立派な泥棒だよ、警察に訴えてやる」
彼女が僕を脅してきたが、僕はそれを鼻で笑ってやった。
「それは無理だね。だって君は誘拐犯なんだから。警察にいろいろと調べられて困るのは君も一緒だろう」
「ふんだ!」
名倉メイが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「……で、話はそれだけかな。ないならもう帰ってほしいな」
「招木イド……」
「どうしたの。今日はやけにテンションが低いね。結構なことだけど」
「低くもなるさ。恋人に嫌われて、盗まれて。これから僕は何を望みにして生きていけばいいんだろう」
名倉メイがちゃぶ台の上で仰向けになって天井を見つめだす。
「そんなことは知らないけど、僕に尋ねるようなことではないのは確かだ」
「招木イド」
「名倉メイ」
「君はアヤおかーさんと遊ばないらしいね。どうしてだい」
「……」
ヤスリで人形を磨く僕の手が止まる。
「別に遊ばないってほどでもないけどね。君のせいで外出自体を控えていた時期もあったし、そもそもアヤさんと友達になってまだ日が浅い。遊びに誘われたことなんて、まだ数えるほどしか無いよ」
「でもアヤおかーさんが言ってたよ、お兄ちゃんはよそよそ過ぎるってね」
「……それなら僕もアヤさんから君の愚痴を聞いたよ。名倉メイは遊ぼう遊ぼううるさいってさ」
「そんなことは知ってるよ。でもお兄ちゃんのその態度が僕にはどうしても理解できないんだ。お兄ちゃんはアヤおかーさんのことが好きなんだから遊びに誘われて嬉しいはずなのに、どうして断るの?」
「……別に好きってほどでもないけど」
僕がそう言うと、名倉メイが突然上半身を起こした。
「招木イド」
「名倉メイ」
彼女が僕をじろりと睨んだので僕はぎょっとした。今日の彼女は全く笑っていなかった。
「僕は嘘が嫌いだし、答えをはぐらかされるのも嫌いなんだ。さっさと本音を言わないと、今度は君を監禁しちゃうぞ?」
「……嫌われるのが怖い」
僕の本音に対して、彼女は首を傾げる。
「嫌われる?僕とは違って、アヤおかーさんはお兄ちゃんを嫌うことは無いと思うけどなあ」
「でも僕は怖いんだ。客観的に見て、僕は何一つ取り柄のない人間だからね。僕のことを知れば知るほど、相手が失望するのは目に見えている。だから僕は誰とも会いたくない。会わなければ嫌われることもない」
僕は手に持っていた人形を見つめて呟く。
「……できればそのまま忘れ去られたいぐらいだ」
「ふーん、取り柄かあ……」
名倉メイがちゃぶ台から立ち上がって、木彫り人形が並んだ棚を眺める。
「この木の人形とか凄いと思うけどね。これ全部お兄ちゃんが作ったんでしょ?」
「こんなものは素材とナイフがあれば誰でも作れる……。それに人に見せるような出来じゃないし、そもそも見せるためのものじゃない。ただの絵日記代わりなんだ、これは」
「わかんないなあ。僕なら人形が出来上がる度にみんなに見せちゃうね。日記も絵日記も全部見せちゃうよ。だって僕のこと知ってほしいから」
「それが僕と君の違いなんだ。君は人に見せたがる。僕は見せたがらない。理解なんてどちらも不可能だよ。僕らは別種の人間なんだ」
「招木イド!」
「名倉メイ」
名倉メイが僕の前に立って、自分のスカートを手で持ち上げてヒラヒラさせる。
「僕のスカートの中覗いてみたいかい?」
「……いきなりどうしたの」
「そっかー、そんなに見たいんだー。もうっ、お兄ちゃんは本当にエッチだねっ。でもお兄ちゃんの頼みでも流石にそれは無理なんだなー」
そう言って彼女は顔を真っ赤にして頬に手を当て、体をくねくねとよじらせる。僕はそっぽを向いてそれを無視した。
「急に気が触れるのだけはやめてほしいな。頼むから会話のキャッチボールしてくれよ」
「してるよー?何でも見せたがり屋の僕でも見せるのが恥ずかしい部分があるって話をしたかったのさー」
「へえ」
「それでさ、僕、お兄ちゃんともっと仲良くなりたいんだけど、このスカートの中見せないと駄目かな?もじもじ」
「別に見せる必要なんてないでしょ」
「だよね。見せなくても僕たちは仲良くなれるよね。見せる必要のない部分だからね」
そう言って彼女は狭い部屋の中でくるくると回り出す。
「でもお兄ちゃんの人形は違うと思うな。誰かと仲良くなるためには絶対に見せないといけない部分だと僕は思うよ。人形だけでなく、お兄ちゃんが隠したがっているもの、そのほとんどもね」
「そうかもね。なんとでも言えばいいよ。とにかく僕は自分の何かを見せるのが嫌いだ」
「くすくす。まあ好きにすればいいよ。見せなきゃいけないものは隠していてもいつかは見つかってしまうものさ」
「……そうだね」
彼女が回るのをやめてピタリと止まった。
「さーてと、お兄ちゃんと話して満足したし、もう帰ろうかな」
「もう勝手に入ってくるなよ」
「えへへ、約束はできないな。あっ、そうだ。お兄ちゃんに頼みたいことがあったんだ」
「何?」
手を止めて僕は彼女のほうを振り向く。
「アヤおかーさんに『ごめんなさい』って伝えといて!」
「何で僕が……いや、わかった。伝えておくよ」
「うんうん。お願いね。おかーさんと直接話すと、また僕暴走しちゃいそうだからさ」
「そこまでわかっているなら、最初から監禁なんてしなきゃいいのに」
「恋愛は勢いだよ、おにーちゃん!失敗したらまた別の方法を試すだけさ!」
そして彼女はベランダの窓を割ることもなく、素直に玄関から帰っていった。
その後、名倉メイは傷害事件を起こして現行犯逮捕された。ニュースの報道によると、被害者は背後から突然ハンマーで殴られたらしい。現場には吐き捨てたガムが落ちてあったとかいなかったとか。容疑者は「世界平和のためにやった」と意味不明な供述を繰り返したらしいが、狂人の発言なんて真に受ける必要はないだろう……。




