パジャマと乾いた血のついたトンカチ2
───────(2)───────
僕と名倉メイは近くのボーリング場で遊ぶことにした。休日だからかそれなりに人が多い。僕達のレーンを横切る人も、僕達の隣でボーリングをしている人も、僕達をちらちらと何度も眺めるので視線が気になって仕方がない。
「ねえねえ、お兄ちゃん。周りの人が皆僕達のことを見ているよ。もしかしてカップルだと思われてるのかな……。なんだか恥ずかしいね、へへっ」
「そりゃあ、パジャマ姿でボーリングしている人がいたら誰だって気になるだろうね」
「そっかー。みんな僕のパジャマが羨ましいのかー。そんなに羨ましいなら皆もパジャマを着てボーリングをすればいいのにね」
「うーん、この微妙に会話が咬み合わないところがぞくぞくするよ」
名倉メイがボーリングのボールを持って座っている僕に近寄る。
「招木イド!」
「名倉メイ!」
彼女は僕を見てにっこりする。
「やっぱりこのやり取り好きー。心と心が通じあってるのがビンビンに伝わるね」
「……」
「どうしたの?」
「僕は認めないぞ。君と心が通じあってるなんて、まるで僕まで頭がおかしいみたいじゃないか」
「頭がおかしくてもいいじゃない にんげんだもの なくら」
名倉メイはそのまま一気に駈け出してレーンに向かってアクロバティックにボールを転がした。ボールがゆるやかに曲がってピンを全てなぎ倒した。ストライクだ。
「君、ボーリングうまいね。なんかコツとか知ってるの?」
「ボーリングなんて簡単だよー?ボールさんにピンにぶつかってくださいってお願いするだけだもん」
「なるほど。どうせ無駄だろうけど、僕もお願いしてみようかな」
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僕が勢い良くガターをぶっ放していると、少し離れた自動販売機の近くから怒声が聞こえる。パンチパーマの男が気弱そうな眼鏡の男を壁際に追い込んでいた。
「おいコラてめえ!今俺の足踏んだだろが!ちゃんと謝れや!」
「ひっ……。すみません!すみません!」
「あーあ。シューズが汚れちまったよ。これは弁償してもらわんとなあ」
パンチパーマの男がさも残念そうにシューズを撫でる。遠目でわからないが、本当に汚れているのだろうか。
「でもそれ店から借りたやつでは……」
「あ?なんか文句あんのか?」
「うう……」
喧騒を聞いて名倉メイがすっと立ち上がる。
「お兄ちゃん!怖い人が弱そうな人をいじめてる!助けなきゃ!」
「……いいよ、放っときなよ。店員が何とかしてくれるよ」
そう言って僕は椅子に座り込む。
「でも店員さん、思いっきり見てないふりしてる!周りの人も!」
僕が受付に目をやると、確かに二人の店員は明らかに知らないふりをしていた。パンチパーマの隣を横切っているのに目を合わせようとしない人もいた。
「そうだね。じゃあ成り行きに任せるしかないな」
「お兄ちゃんは助けに行かないの?」
僕は少し黙りこむ。
「……行かない。下手に近づいたら僕まで被害に合うかもしれないから」
「ふーん」
「助けたいと思ってるなら君がいけば?サイコ女に絡まれたとわかったら、あの男もすぐに逃げるだろうね」
「そうだね。やっぱり僕の出番だよね!任せて!よいしょっと」
彼女はボールリターンの穴から丁度出てきたボールを持ち上げる。そのまま自動販売機のところへ向かおうとする彼女を僕は慌てて止める。
「おいおいおいおいおいおい。なんでボーリングのボールを持っていくんだ」
「あっ、そうか。ボールを汚したら店員さんに怒られるもんね」
彼女はボールリターンにボールを戻すと、胸をごそごそして黒い物体を取り出す。よく見るとハンマーだった。僕はまた彼女を制止する。
「おいおいおいおいおいおい。なんでナチュラルにハンマーを取り出せるんだ。突っ込みどころが多すぎだよ」
「だって僕はかよわい女の子だもん。武器がないと男の人とは戦えないよ」
「……あっ、思い出したぞ。君は確か傷害事件を起こしてたな。こんなところで事件を起こされてたまるか。頼むから行かないでくれ」
「じゃあ代わりにお兄ちゃんがあの人を助けてあげてよ」
僕は一瞬体が固まる。
「ええー……。それはちょっと……」
「一人が怖いなら一緒に行く?」
「……」
怖いとも何とも思っていなさそうな二つの眼が僕を見つめる。僕はそれを見たとき、面倒な人と出会ってしまったなと心底思った。
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「出すのか?出さんのか?出し渋ると拳が飛んだり消費税が上がったりするんやぞ?」
「だ、出します……」
「じゃあはよ金払えや。俺は気が短いんじゃ」
眼鏡の男が渋々と財布を取り出したところに颯爽と僕と名倉メイが駆けつける。僕は覚悟を決めてさらに一歩前に出た。
「あ、あのー。見たところシューズもあんまり汚れていないようですし、許してやってくれないでしょうか……」
「なんじゃワレェ!」
「あわわ……」
パンチパーマの男が今にも殴りかかってきそうな目で恫喝してきたので、思わず僕は名倉メイの後ろに隠れてしまった。そして名倉メイは全く怯むこと無く、正義感に燃えた目で男を睨みつける。
「大丈夫、お兄ちゃんのことは僕が守るから!」
「なんや、女連れか。……うっ」
男は舐めきった態度で名倉メイとの距離を詰めていたが、彼女が胸からハンマーを取り出したので慌てて後ろに下がる。
「さあ、来るならかかってきなよ!僕はこれでも人を殴るのが上手いんだぞ!」
「……ちっ、わかったわ。特別に許したる」
パンチパーマの男はしぶしぶ負けを認める。
「えっ、ほんと?ヤッター!やっぱり正義は勝つんだね、お兄ちゃん!」
名倉メイが僕に向けてハンマーを振り回しながら喜んだので、僕も彼女から距離をとった。
「ピンク髪でパジャマ姿でトンカチ持った僕っ子が出てきたんだ。恐怖の魔王だって逃げるに決まってるよ」
「おう兄ちゃん。俺が引いた途端に饒舌になりよったなぁ。女の影に隠れて最高に格好悪いで」
「……」
安心しきっていたところでパンチパーマに睨みつけられる。何か言い返したかったが僕は何も言えずに目を背けて黙りこむことしか出来なかった。
「情けないのう。言い返すこともできんのか」
「お兄ちゃんの悪口はやめろ!それ以上言うと僕のトンカチが黙っていないぞっ!」
「おーこわっ。イカレ女に臆病男か。あとでブログに投稿して気分晴らしちゃろ。ほな退散」
「二度とくんな!」
パンチパーマが軽快なステップで自分のレーンに戻っていく。それで僕がホッとしていると、眼鏡の男が僕達に向かって頭を下げてきた。
「あ、助けてくれてありがとうございます」
名倉メイは恥ずかしそうにハンマーを胸に戻す。
「えっへへー。当然のことをしたまでだよー。……どうしたの、お兄ちゃん?」
「別に……。弱い狼って本当にダサイなって思っただけだよ」
「何言ってるの、お兄ちゃんは弱い狼なんかじゃないよ!」
「そうかな……」
「狼より羊のほうが似合ってるもん。ねー?」
彼女が眼鏡の男を向いて同意を促すように言った。
「え?ああ……私からはなんとも……」
「……」
嫌な気分を忘れてボーリングを再会する。僕は名倉メイに惨敗した。
───────(5)───────
ボーリングが終わったので、久々の行きつけの喫茶店に行くことにした。当たり前のように名倉メイがついてきているが、彼女はいつになったら帰ってくれるのだろうか。そのことを考えるとうんざりした気分になって仕方がないが、それはそれとしてちゃんとお礼はしないといけないなとも思った。
「助けてくれたお礼にケーキでも奢るよ」
僕はそう言って喫茶店のドアをカランカランと開いた。
「わーい!お兄ちゃん大好き!」
「ハハ……。そういえば名倉メイさんって何歳?」
「二十五歳!」
(その年で僕のことお兄ちゃん呼ばわりしてたのか……。やっぱり怖いよ、この人……)
僕らがテーブルに着席しようとしたとき、後ろから僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「イドさん」
「えっ?」
誰かに急に腕をひっぱられた。アヤさんだ。そして気づいたときには、彼女が名倉メイの前で両手を広げていた。そして僕はそんな彼女の後ろにいた。そう、僕はアヤさんにかばわれたのだ。
本当に、疑いようもなく、僕は情けない羊だったのだ。




