二人の盗賊 -侵入-
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今いる世界は夢だった。相棒だと思っていた相手はただの他人だった。それに気づいた阿闍世アヤはしばらく僕のことを見つめていたが、やがて口を動かす。
「夢だと気づいていたなら、なんですぐに言ってくれなかったの?」
「君のやる気を削ぎたくなかったんだ。僕らは真面目に泥棒しないといけないからね」
「どうする?」
「どうするって?」
「ここが夢の世界と気づいてしまったなら、もう盗みなんてする必要なくない?」
「そうだね」
僕は城の窓に腰掛ける。遠くで一際大きい打ち上げ花火が轟いた。アヤは悩ましそうな顔をしながら腕を組んだ。
「さっさと帰り支度をして……城下町の祭りでも楽しんでいこうかしら」
「そのあとは?」
「家に帰って……草の根スープを作って……」
「夢だと気づいたら、そんな生活にも我慢できるようになるのかな」
「我慢も何も、どうせいつかは目が覚めるんだし」
「でもそれがいつかはわからない。今かもしれないし明日かもしれないし、もしかしたらそんな日は永遠にこないのかも」
「やめてよ……。永遠に目覚めないなんて、人肉を食べる話よりもよっぽどホラーだわ」
アヤはぶるぶると体を震わせる。
「僕はこのまま盗みの計画を実行するべきだと思うんだ」
「どうしてそう思うの?」
「夢の世界って舞台みたいなもんだと、僕は思うんだ。役者である僕たちは設定されたストーリーをなぞるために存在している」
「ストーリー……」
「それに、せっかく与えられた役目を放棄するのももったいないことだと思うんだよね。城に盗みに行く機会なんて、たぶんもう二度と無いだろうから」
「なるほど、イドの言うとおりだわ。せっかく盗賊になったんだから泥棒を楽しんでいきましょうかね」
「うん……」
石窓に座っていた僕が手を伸ばす。手を掴んだアヤを引っ張りあげて石窓に乗せた。
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物置部屋の窓から城の中へ侵入した僕らは慎重に廊下を進む。しかし曲がり角に兵士が立っていたので、そこでいったん進むのをやめた。物陰から様子を窺ってみると、その兵士は扉の前に立っており、暇そうに自分の剣を眺めていた。
「祭りがあるから見張りの数が減ってるけど、それでも多いわね」
「どうやって宝物庫まで進む?」
アヤはポケットから城内の地図を取り出した。
「えっとね、実はこのへんに隠し通路があるのよ。ここを使えば宝物庫まで誰にも見つからずに進めるわ。だからこの隠し通路まで見張りに見つからずにたどり着ければOK」
「都合のいい話だね。なんでそんなところに隠し通路があるんだ」
「私に聞かれても知らないわよ。あるものはあるんだから。文句があるならこの城を作った大工さんに言って」
「まあいいや。そこまで見張りに見つからなければいいんだな。せいっ!」
僕はポケットから取り出したコインを遠くに投げた。コインはチャリンチャリンと音を立てて転がっていく。それにつられた兵士はコインが転がる方向へ歩いて行った。
「今のうちだ」
兵士がこちらを見ていない隙に僕らは丁字路を駆け抜ける。
「古典的なトラップねえ。まさか隠し通路にたどり着くまでそれを繰り返すつもり?」
「いいや、もうコインがないからね」
「じゃあ私のを貸すわ」
アヤが腰に身に着けていたコイン袋を引き抜いて僕に手渡した。
「借りるのはいいけど、コインを兵士から取り返すのは困難だよ」
「下らない冗談なんて言ってないで、さっさといくわよ」
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何枚かコインを投げたあと、ようやく隠し通路に辿り着いた。隠し通路は狭く、長く、そして暗かった。
「これが隠し通路か。暗いな、何も見えないや」
「大丈夫。私の袋の中に時代背景を無視した懐中電灯が入っていたわ」
そう言ってアヤは現代的な懐中電灯のスイッチを入れる。足元が見えるようになったので少しだけ良くなった。
「いきなり懐中電灯が出てくるとか、都合のいい話だね」
「所詮は夢だからねえ」
二人で隠し通路を進む。一人が通れる程度の幅しかなかったので、必然的に僕はアヤの後ろをついていく形になった。
「時々、思うんだ。これはなんのための夢なんだろうって」
「夢に理由を求めるのは滑稽ねえ。だって夢なんだもの」
「そうかな」
「そうでないなら、これは何のための夢だっていうの?」
「僕と君が仲良くなるため……かな」
アヤがこちらを振り向く。
「……ロマンチックな話ね」
「きっと君と僕は、現実世界では全く関係のない二人なんだろうな。そう思うと、そう思わずにはいられないんだよ」
「そうかしら?全く関係がないのに、仲良くなってどうするんでしょうねえ」
「どうもしないな」
「どうもしないの?」
「しなくていいでしょ。どうせ接点なんて元からないんだから……」
突然アヤが懐中電灯を僕の顔に向けてきた。眩しいので僕はその光を片手で遮る。
「なんかイドの言いたいことって支離滅裂って感じ。仲良くなるための夢だと思ってるくせに、それ以上を求めてないんだから」
「それ以上?」
「友達とか……恋人とか……?」
「夢で出会った人間にそこまで望んだらいけないよ」
「ええ。私もそう思うわね。だから私も、イドには何も望んでいないわ。この夢が楽しければそれでいい」
「そうだね」
隠し通路は思った以上に長かった。五分ぐらいは歩いたかもしれない。
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隠し通路を抜けると、大きな扉が鎮座していた。
「ここが宝物庫っぽいわね。さっそく爆弾で扉を破壊しましょう」
アヤは袋からごそごそと爆弾を取り出した。こちらは懐中電灯と違っていかにも原始的な丸型の爆弾だ。
「爆発の衝撃で目が覚めるかもね」
「……じゃあ、やめとく?」
「……夢が覚めるのが怖い?」
「別にー……。私は覚めない夢のほうが怖いから、どっちでもいいけどね」
アヤは手のひらの上で爆弾をくるくると回した。夢とはいえ爆弾をそんなふうに扱うのは危ない気がする。
「なら壊そう。でもたぶん、この爆発では目が覚めたりしないと思うよ」
「どうして?」
「まだ財宝を盗んでいないからね。こんなところで終わらせたら観客が黙っていないよ」
「観客なんてどこにもいないけど」
「そうだね」
僕はアヤから爆弾を受け取って、導火線に火をつけると、二人で急いで物陰に隠れた。爆弾は大きな爆発音や衝撃とともに爆発し、あたりには煙がモクモクと煙が舞った。僕らは扉が壊れたか確認するために煙が晴れるのを待った。
「やったか?」
「ケホッ……。そのセリフを言っちゃうと無傷の扉が出てきちゃうわよ」
「でもちゃんと壊れてるようだよ」
煙が少し晴れただけでわかる程度に、扉は粉々に吹き飛んでいた。
「やっぱり都合のいい夢ねえ。さて……と、城の宝物庫にはどれだけの金貨が貯まっているのかしら?」
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壊れた扉を足蹴にして宝物庫の中に入る。宝物庫は広々とした部屋だった。そこには何一つ物が置いてなかったのだ。
「おかしいな……宝物庫だってのに、空っぽの部屋だ」
「ふうー……。どうやら私たちはまんまと騙されたようねえ」
そう言ってアヤは腰に手を当てて大きな溜息をつく。
「騙された?誰に?」
僕は壁をじっくりと眺めながらゆっくりと歩きまわった。もしかしたらまだ何か仕掛けがあるのではないかと思ったからだ。
「さあ。この夢の筋書きを考えた人にじゃない?この夢がどこから始まったか覚えてる?私は覚えていないわ」
アヤは言葉を続ける。
「なんか気がついたら盗賊になってて、気がついたらイドと一緒にいて、気がついたら城の財宝を盗む計画を立てていた。貧乏だから盗むしかない……と思ってたはずなんだけど、それもどうかしらねえ。本当に、ただ操り人形のように頭と体が動いていただけのような気がするわ」
「夢でのあるある話だね」
アヤはその場にぺたりと座り込んだ。どうやらもうすっかり諦めきっているようだ。
「途中で夢だと気づいていて本当に良かったわ。命がけの侵入の結果が空っぽの宝物庫だなんて、絶望しか感じないから」
「待った。よく見ると部屋の隅に何かある。あれはなんだろう?」
その隅に僕は急いで近寄ってみる。よく見ると、小さな木箱がぽつんと置いてあった。ほこりかぶっているが、鍵穴がついている。宝箱に見えなくもない。僕は手にとってホコリを落とした。
「小箱だ。鍵がかかってる」
「それがお宝ってこと?」
「ここが本当に宝物庫なら、そうなるね」
「部屋の割に随分と小さな宝箱ね」
アヤは立ち上がってキョロキョロとあたりを見渡した。
「あっ、あっちの隅に鍵が落ちてるわ」
そう言ってアヤは落ちた鍵に近寄り拾い上げる。小さくてよく見えなかったが、確かに鍵のようだった。
「じゃあその鍵で開くのかな。同じ部屋に箱と鍵があるんじゃ、何のために鍵がかかっているのかわからないけど」
「ここまでの苦労に見合う宝物が入っているといいわね」
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「今の爆発音はなんだ!?」
「盗賊だ!盗賊が入りこんだんだ!捕まえないと陛下に殺されるぞ!」
遠くで男たちの野太い声が聞こえる。兵士たちだ。爆弾を爆発させたのだから気づかれて当然といえば当然なのだが。
「見張りの衛兵たちがこっちに来てるっぽいね。隠し通路を使えば逃げ切れそうだけど、どうかな」
「捕まったらやっぱり殺されるのかしらねえ?夢だと知っていても、夢のなかで死ぬのはちょっとイヤねえ」
「そうだね」
「どうする?ここでその箱を開ける?それとも後にしてさっさと逃げる?」
アヤは鍵を持ってこちらに近づく。その顔は今すぐ開けたそうな表情をしていた。
「……」
「迷っている時間なんてないわよ」
「いや、別に迷ってなんかいないよ。ただちょっとね、その箱の中身を見たら目が覚めそうな気がするんだ」
「どうしてそう思うの?」
「城の財宝を盗むっていう目的を達成してしまったからね。もうこの劇も潮時なんじゃないかと。兵士もこっちに駆けつけてくるし、目を覚ますなら今が一番だろう」
「何言ってるの。家に帰るまでが泥棒よ。それに家に帰ったらこの国を出る用意をしなきゃ。私たちの冒険はまだまだ続くのよ」
「ああ。そこまで続いたらさぞかし楽しいだろうね」
しかし、アヤはもう小箱を開けることよりも、目が覚めてしまうことを気にする表情に変わっていた。
「……やっぱりここで覚める運命なのかしらね」
「名残惜しい気持ちはわかるよ。僕もそうだ」
「訳の分からない夢だったけど、それでも楽しかったわ。またどこかで一緒に泥棒ができたらいいわね」
「そうだね。まあ二度と無いと思うけど」
そうだ。知り合いでもない人間が二度も夢に出ることだってありえない。
「君の名前は阿闍世アヤと言ったっけ」
「何?また記憶喪失になったの?」
「いや、現実世界でも君に一目会えたらなと思っててね。目が覚めたら真っ先に君を探したいな」
「くすっ。やっぱりイドってロマンチストね。知り合いでもない限り、夢で出会った人と現実で出会えるわけなんか無いのに」
「わかってるけど、期待してしまうんだな。君は現実ではどこに住んでるの?僕の家の近くだったら最高なんだけど……」
「教えなーい」
アヤは悪戯好きな目でニヤリとした。
「……アヤさんは夢での一期一会を楽しむタイプ?」
「そうねえ。私の中では夢は夢、現実は現実って切り分けてる感じなの。もし私たちが同じ現実を共有しているのなら、ここで私の情報を聞かなくてもいつかは出会えるわ。だから、その日を楽しみに待ちましょうよ」
「気の長いことだね。まあいいや、名前だけは覚えた。そこから君の居場所を割り出してみせるよ」
「まるでストーカーみたいね」
「そうだね」
部屋の外から聞こえる足音がだんだんと大きくなる。小箱を開けるなら急がないといけない。
「じゃっ、さっさと開けようか。まだ目が覚めると決まったわけじゃないしね」
そういって僕は小箱を前に出した。
「私は覚めないほうに賭けるわ。一緒に逃げ切りましょうよ」
アヤが持っていた鍵を差し出す。
「それは気が進まないな。夢と気づいた人間がいつまでも夢のなかに長居するもんじゃないよ。本当に目が覚めなくなってしまいそうだ」
小箱に鍵が差し込まれる。カチャリと鍵が外れる音がした。僕は急いで小箱を開けた。
僕が覚えていたのはここまでだった。
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そして、気がついた時僕は布団の上にいた。兵士たちの足音はもう聞こえず、代わりに小鳥の鳴き声が聞こえていた。
「ああ、やっぱり宝箱の中身は見れなかったか」
僕は起き上がって軽く背伸びをする。
「あじゃせアヤ……あじゃせアヤ……あじゃせアヤ……」
忘れないように彼女の名前を何度か口にしたあと、万が一忘れてもいいようにと手持ちのメモ帳にその名前を書き込んだ。彼女は夢だけを楽しんでいたが、僕はそうではない。
夢で出会った人を現実で探すのが、僕の密かな楽しみだった。