女保安官と不死身のカウガール2
───────(2)───────
バキューンバキューン!外でピストルの撃ちあう音が聞こえる。しばらくすると音が止んだ。
「長い銃撃戦だったな……。やっと終わったか」
「俺、ちょっと様子を見てきますね」
そう言ってマスターは酒場の外へ出て行った。僕が酒をぐいっと飲んでいると、マスターの悲鳴が聞こえてきた。
「うわああああ!」
「今のはマスターの声……。まさか、まだ犯人は生きているのか?」
気になって外に様子を見に行きたくなったが、今更外に出るのはなんだか負けるような気分になるのでぐっと我慢する。すると、誰かが酒場の中に入ってきた。
「僕はカウガール。AAとして成り上がるために、夢を巡る旅をしているんだ」
「わっ!」
振り向くと、牛の首を持った血まみれの女が入り口に立っていた。女は牛の首を壁に投げつける。首は跳ねてカウンターの奥にゴロゴロと転がっていった。そして僕に近づく。
「ひどい夢だね、お兄ちゃん。世界中が僕の敵になってる」
「この流れどこかで見たような……。はっ、これは夢か!」
「ぴんぽーん」
女が指を立てて僕に微笑む。よく見ると彼女は名倉メイだった。僕は頭を抱えた。
「君はカウガールなのに、なんで町で銃撃戦をしているんだ。しかも撃たれまくっているのに生きてるじゃないか」
名倉メイのカウガール服は撃たれた跡でいっぱいだったが、怪我をしている素振りを一つも見せていなかった。彼女がにやりと笑う。
「どーしてでしょー?なんで皆を殺したかって?うーんそうだなー。つまらない役を与えられたからかな」
「そんな理由で気軽に皆殺しにしないで欲しいよ……。僕は穏やかな夢が好きなんだ」
「僕も好きだよ」
「じゃあ悪夢にしないでくれよ……」
バキューン!発砲音と共に名倉メイがその場に崩れ落ちる。そして入り口に人影が。名倉メイを撃ったのはアヤさんだった。彼女の左腕の一部は赤く染まっていて、とても辛そうな顔をしていた。
「アヤさん!生きてたのか」
「私のせいで……皆が全滅してしまった……。偉そうなことを言ってごめんなさい、イドさん」
「え?ああ、まだ夢だと気づいていないのか……」
酒場に名倉メイの笑い声が響き渡る。彼女は倒れこんだまま僕の顔を見ていた。
「くすくす。誰よりも役になりきっているのに、滑稽に見えてなんだかおかしいね、お兄ちゃん」
名倉メイがスッと立ち上がる。どうやら体に撃たれた穴が一つ増えた所で何とも無いようだ。アヤさんが銃を構える。
「イドさん!せめてあなただけでも逃げてください!ここは私が食い止めます」
「それは無理だと思……」
バキューン!次に撃ったのは名倉メイだった。アヤさんは右腿を撃ちぬかれてその場に倒れこむ。床に彼女のテンガロンハットが転がった。
「ぐっ……」
痛みで呻くアヤさんの声を聞いて僕は思わず立ち上がってしまう。そして名倉メイを冷ややかな目で睨んだ。
「……穏やかな夢が好きだなんてやっぱり嘘だろ。好き好んで撃ってるじゃないか」
「イド保安官、休憩はもう終わりだよ?劇は最後まで続けないとね。私は殺人鬼、あなたはヒーロー」
名倉メイは僕に向かって微笑み、そして倒れこんでいるアヤさんに近づいて、彼女の顔をつかみ、そのまま壁に打ち付けた。
「ヒロインの女保安官さん、あなたは誰も救えなかった。保安官失格だね!」
「くっ……」
「おい、やめてくれ!」
僕がそう叫ぶと、名倉メイはきょとんとした顔で僕を見つめる。
「……どうして?これはそういう話なのに」
「見てて痛々しい。アヤさんは本気で保安官をやっていたのに、なんでこんな悲惨な展開にするんだ。これじゃ……アヤさんが報われないよ」
「くすくす。それがいいんじゃないですか」
「なんだって?」
「知らないの?報われない人生のほうが燃えるんだよ?」
「それはない。現にこの展開はもの凄く萎えるよ」
「もうっ、仕方ないにゃあ……。じゃあ見せてあげる。お兄ちゃんはそこで動かないでね、何も言わないでね。絶対にだよ?」
「女保安官さんも動いちゃだめだよー?」
そう言って名倉メイは外へと走って出て行った。
───────(3)───────
アヤさんが今のうちに立ち上がろうとするが、右腿を撃ちぬかれているせいですぐその場に倒れこんだ。そして痛みに耐えている顔で、息を切らしながら、僕を見る。
「イドさん……何をしているんですか……はやく逃げるんです……あの殺人鬼がいないうちに……」
「……」
僕は立ち尽くしたままその場を動けなかった。どう動くのが正解なのかわからなかったからだ。僕が逃げたらアヤさんが酷い目に見えてるし、名倉メイの言いつけをやぶってアヤさんを介抱するのも悪手に見えた。そうこうしているうちに名倉メイが戻ってきた。何故か右手で死体を引きずっている。
「ただいまー」
「せっかくの逃げるチャンスだったのに……殺人鬼!」
「はーい」
アヤさんが名倉メイを強く睨みつける。
「笑っているのも今のうちなんだからね!この騒ぎはいずれ首都に届くんだから、あなたはいつか絶対に捕まるんだから!」
「まじかー。それよりこれなーんだ?」
名倉メイが右手に持っていた死体を酒場の中央に投げ込んだ。女の子の死体が無残な姿でゴロゴロと転がる。よく見るまでもなくそれは内藤さんだった。アヤさんは思わず顔を背ける。
「マレちゃん……」
「もう死んじゃってるね。この子は君のこと信じていたのにね、従う人を間違えたね」
名倉メイは血まみれの姿で両手を上げてくるくると回り出す。
「この町もそう!君を保安官に選んだばっかりにこのザマだよ!ぜーんぶ、ぜーんぶ、君が悪い!」
「……」
名倉メイがアヤさんを指差す。アヤさんは無言で名倉メイを睨んでいた。それを見て名倉メイは首を傾げる。
「あれー?あんまり効いてない?意外と心が強いんだね」
名倉メイは歩いて床に落ちていたピストルを踏んづける。
「さっきから、床に落ちた銃のほうをチラチラ見ていたね。イド保安官を逃がすため?」
「……」
「馬鹿だよねー。これ全部僕とお兄ちゃんが仕組んだ仕業なのにさ」
それを聞いてアヤさんの表情が固まった。
「えっ……?」
「まだ気づかないの?僕とイドは兄妹なの。お兄ちゃんが僕をこの町に連れて来てくれたんだよ」
「嘘よ!」
「ホントだよー?だからお兄ちゃんは保安官として働かないし、僕もお兄ちゃんを殺したりしないんだよ。これで理解できた?」
「そ、そんな……」
「おいっ、何を企んでる!?」
僕が諌めようとすると、名倉メイが僕に銃を突きつけた。
「お兄ちゃんは喋ったらだめー」
僕が身動きできずに名倉メイと睨み合っていると、突然、すすり泣く声が聞こえてきた。アヤさんだ。アヤさんはその場にへたり込んだまま、右手で顔を抑えて人目もはばからずに泣いていた。床に流れている血に彼女の涙がポタポタと落ちて徐々に交じり合う。
「ぐすっ、ひどい……イドさん……信じてたのに……信じてたのに……」
「アヤさん……」
「ひどい……ひどいよ……」
僕がアヤさんに駆け寄ろうとしたとき、三度目の銃声が酒場に鳴り響いた。もちろん撃ったのは名倉メイだ。アヤさんは心臓を撃ちぬかれてその場で絶命した。名倉メイが銃口に息を吹きかけながら、笑顔で僕に話しかける。
「ね?燃えるでしょ」
僕は何も言わずに彼女の死体に近寄った。そしてポケットからハンカチを取り出して、彼女の頬に流れた涙をそっと拭き取る。彼女の悲しみに明け暮れる顔を見て思わず僕の顔が歪む。
「……悪趣味だ。君と兄妹だった時の夢が最悪だと思ってたけど、今日また更新された」
「くすくす。確かにお兄ちゃんからしたら間違いなくこれは悪夢だね。でも、それだけ?」
「他に何があるんだ」
僕は名倉メイを睨みつけるが、彼女は気にもしないで微笑んだまま僕を見つめる。
「思い出してよ、その女保安官さんのあの最後の表情を」
「?」
「絶望に満ちた、いい泣き顔だったね。とても可憐だった。そんな表情を向けられたお兄ちゃんはこの世界で一番の幸せものだね」
「どこがだよ……」
「下らない倫理や常識は捨てていいんだよ?だってここにはもう僕たちしかいないんだから。あの子に興奮したって言ってもいいんだよ。思わず犯したくなったって言ったっていいんだよ。それが素直な気持ちなら、神様だってきっと許してくれると思うんだ」
「……」
名倉メイはそう言って内藤さんの死体を蹴り飛ばす。僕は立ち上がって名倉メイに近寄り、もう一度内藤さんを蹴飛ばそうとする彼女の足をぐっと踏み潰した。そして腰に据えてあるピストルを抜き取って彼女の頭につきつける。
「……たとえ僕がそう思ったとしても、君の前では言いたくないな」
「それなら僕を殺すことだね。その銃には銀の弾丸が詰まってるんだ。僕を殺すことが出来る、唯一の弾丸。お兄ちゃんは選ばれしヒーローなんだ」
「中身を見てもないのに、なんでそんなことがわかるの?」
「それが一番燃えるからだよっ。ねえ、僕が死んだ後はどうする?僕の死体を嬲る?それとも、あの子の死体を抱きしめる?」
「酒を飲む」
「ここが舞台なら映えるチョイスだね。でも、観客はそんなもの望んでいないと思うな。そして、お兄ちゃん自身も」
引き金を引くと、聞き慣れた四度目の発砲音がした。頭を撃ちぬかれた名倉メイはその場に倒れこんだ。彼女が死んだのを確認すると、僕はそのまましばらく立ち尽くしていた。
───────(4)───────
目を覚ますと、いつもの白い天井がそこにあった。
「夢……か……」
台所からジュージューと美味しそうな肉の焼く音が聞こえる。僕はその音をうとうとしながら聞いていたせいで、そのおかしさに気づけなかった。そして急に引き戸が開く。
「おはようお兄ちゃん!」
「うわああっ!」
びっくりして大きな声で叫んでしまう。引き戸に立っていたのは名倉メイだった。彼女はパジャマ姿にエプロンを着ていた。その姿を見て僕はドン引きしていたが、彼女は躊躇なく僕の布団にダイブする。
「いい夢見れた?」
「ど、どうしてここに……」
「細かいことはどうでもいいよ。ねえねえ、僕を殺したあと何してたのー?」
「……酒を飲んでいたよ」
「ほんとかなー?」
しばらく僕の顔を眺めたあと、彼女は僕から降りて立ち上がる。
「お兄ちゃんが夢の中で酒を飲んでいる間に、こっちのほうで朝食を作ってあげたよっ。一緒に食べようよ」
「うん……」
「あれー?どうして布団から出てきてくれないの?」
彼女が引き戸に手をかけてニヤニヤしながら僕を見る。僕はそっぽを向いてまた仰向けになった。
「別に……。もう少しだけあの時の気分に浸っていたいんだ」
「ほんとかなー、ほんとかなー。僕はいい子だから深く聞かないでおくね」
そう言って彼女は台所へと戻っていく。カチャカチャというちゃぶ台に食事を並べる音を聞きながら僕は白い天井をずっと眺めていた。




