密室大量殺人事件 -血で汚れたウエディングドレス-
───────(5)───────
目が覚める。赤い満月は沈んで朝になっていた。
「ふああ。よく寝た。犯人はもう捕まったかな?」
そういえばアヤ夫人が鎖に繋がれたままだったなと思い、隣の部屋を確認してみると、アヤ夫人はいなくなっていた。僕が寝ている間に誰かが鎖を外してくれたのだろうか。一応容疑者なので勝手に拘束を解くのはまずい気がするが、捕まえた理由が妹の言いがかりだけだったのでそう気にする必要もないか。それより確たる証拠もなく鎖に繋いだことを謝罪したほうがいいかもしれない。
大広間で朝食でも食べようと部屋から出てみると、館の中がいつも以上に静かになっているのが気になった。朝とはいえとっくに皆が起きている時間帯なのに、この静けさはいったいなんだろう。
大広間の二階に出ると皆がテーブルに着席していたので驚いた。これだけの人がいるのに無言で座ったままというのはどういうことだろう。しかもよく見てみるとテーブルにはまだ食事が配膳されていない。もしかして皆が集まってから朝食を取る手はずなのだろうか。となると皆は僕を待っているのではないだろうか。あわてた僕は急いで二階から階段を駆け下りる。
階段を降りきった所で僕はやっと異変に気づいた。静か過ぎる。これだけ集まって物音一つ立てていないのは流石におかしい。そう思ったおりに僕の近くのテーブルに座っていた男性がドサリと床に崩れ落ちる。体調が悪いのかなと思い駆け寄って声をかけてみるが返事がない。気絶?いや、それよりも人が倒れたというのに誰も駆け寄らないとはどういうことだ。
そして僕はついに異変の正体に気づいて一人悲鳴をあげる。皆死んでいたのだ。大広間でテーブルに座っている人たちは皆死んでいた。パーティーの参加者も事件を聞いて駆けつけた警察官もみんなこちらを向いたまま笑顔で死んでいた。そしてその笑顔も、よく見ると死に化粧で無理やり笑顔にされているだけだった。僕の眼から見えるその光景のあまりの恐ろしさに、僕は床に崩れた死体を放り出してその場から逃げ出そうとした。しかしショックで腰が抜けてしまったので体が思うように動かせなくなかった。
「こ、これは一体……」
「あっ、お兄ちゃん。おはよう。ちぇっ、起こしに行こうと思っていたのにな」
妹が広間の奥から出てきてこちらに駆け寄ってきた。白いドレスとベールを着ていたが、ところどころ赤く汚れている。僕は震えた手でテーブルを指差した。
「妹……大変だぞ。大量虐殺だ……犯人の仕業だ……」
「ん?違うよ。これは僕がやったんだよ。よっこいしょっと」
妹はそう言って顔色一つ変えることなく、床に倒れた男性を持ち上げて椅子に座らせた。
「え、お前が……?じゃあ、そのドレスの血痕は……」
僕が恐る恐る聞いてみると、妹は柔らかい笑顔をこちらに向けた。
「あのね、聞いてお兄ちゃん。皆を結婚式に招待しようと声をかけたらね、決まってみんな、『兄妹は結婚できない』って僕に言うんだよ。何なんだろうね。おかしいよね。どうして皆して僕達にいじわるしようとするんだろうね?」
「……」
「皆うるさくて頭が痛くなったからさあ、がんばって静かにさせたんだ。静かになったのはよかったんだけどね、その後は大変だったよ。みんなちゃんと椅子に座ってくれないし、めでたい結婚式なのに酷い顔をしちゃってさ。みんなの顔を整えるのに時間がかかりすぎて、ほら、朝になっちゃった……」
僕は驚きと恐怖が入り混じって声が出せなかった。妹は腰が抜けている僕をまじまじと見つめていたが、やがて手をパンと叩く。
「さーてと、これでやっと結婚式が出来るね!」
「あわわ……」
とにかく僕はこの場から逃げ出したかった。足に力が入らないので這いずって妹から離れようとするが、妹はすぐにスタスタと歩いて僕の行く道を塞いでしまう。
「あれ?なんでお兄ちゃんも逃げるの?」
「ひええ……。命ばかりはお助け……」
「ひどいなー、お兄ちゃん。僕がお兄ちゃんを殺すわけないじゃないか。冗談でも言って良いことと悪いことがあるよ。でも逃げられたら困るから手錠をはめるね。えいっ!」
妹は手錠を取り出すと、それを僕の左手にはめ、もう一つを階段の手すりにはめて僕を拘束した。ガチャガチャと手を動かしてみるが、もう鍵がかかっているようで外れる気配が全くない。もしかしたらガチャガチャと動かしまくれば外れるんじゃないかと期待してガチャガチャと左手をあちらこちらに動かしてみるが、やはりガチャガチャと音がするだけで無駄なあがきだった。そうこうしているうちにショックも恐怖もだいぶ落ち着いてきたので、僕は顔を上げて妹に目を向けた。
「……本当に殺さない?」
妹はにこりと笑顔を僕に向ける。
「殺さない殺さない」
「じゃあひとまず安心なのかな……」
手錠で拘束されているのに、すぐ目の前には死体がたくさん並んでいるというのに、僕はホッとしてしまった。
「あっ、指輪を持ってくるの忘れてた。ちょっとそこで待っててね!」
そう言って妹は走りだして広間の奥へと消えていったので、僕は広い広い部屋の中で死体と一緒に取り残されてしまった。
「うーん、あんなに頭のおかしい妹だったなんてな。どうやって逃げよう……」
───────(6)───────
あぐらをかいて無い知恵を振り絞っていると、妹が出て行った通路とは別の通路から子供が出てきた。
「あっ、生き残りがいる!そこの君!この手錠を何とかしてはずしてくれませんか!」
子供は僕に気が付くと、暗い顔で近づいて僕に向かってこう言った。
「……まんまとやられたぞ。まさかこんな手段を取られるとは夢にも思わなかった。毒を持って毒を制するというやつだな。ここまで酷いと、吾輩も食欲がなくなる」
「え?」
「なんだ、まだ気がついていないのか。これは夢であるぞ」
「夢……?はっ!お前はバク!」
夢だと気づいて僕ははっとする。改めて子供を見ると確かにあの時の夢で出会ったバクだった。そして今日も紫色の法衣を着ていた。
「うむ。そして今は犯人でもある」
なるほど、そういうことか。感じていた違和感が一気に氷解する。
「……ふふ。見事だよ。悪夢ごちそうさまって言いたくなるね。睾丸を締め付けられたり、鞭で叩かれたりするのも結構な悪夢だったけど、あのサイコ妹に比べたらかわいいものだった。こんな悪夢を毎日見せるつもりなら、いつか気が狂ってしまうだろうな」
「おい、ちょっと待て。あの女はお前たちの刺客ではないのか?」
「まさか。あれは君が用意した悪夢じゃないのか?」
「それこそまさかだ。我輩はもっと面白い悪夢を見せようと思っていた。毎晩一人ずつ殺してじわじわと恐怖を煽っていくようなやつをな。なのに、あの女の行動で全て台無しだ。もうこの館には吾輩とお前とあの女しかいない」
「じゃあ、あの女を殺してくれよ。がんばれ犯人」
僕は半ばヤケクソになってそう言った。
「え……断固断る。近づいたら逆に吾輩が殺されそうだ。……というか、え……マジであの女と無関係なの……?」
そう言ってバクは僕の前で身震いをする。
「怖っ!さっさと退散しよう」
「あっ、待って!せめてこの鎖を外してくれ!」
「お前の名前は確かイドといったな。たぶん結婚式が終わったあたりで目が覚めると思うから、それまで成り行きに身を任せるといいと思うぞ。では、幸運を祈る」
「ちょっと!」
バクはそそくさと通路へと消えていった。結婚式が終わったあたりで目が覚めるってどういうことだ。逆に言えばそれまではどうがんばっても目が覚めないということだろうか?こちらとしては一刻もはやく悪夢から目を覚ましたいというのに、嫌な情報を聞いてしまった。




