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出合い系総合夢世界  作者: 吉良利休
阿闍世(あじゃせ)アヤ
2/41

二人の盗賊 -不作の国-

------------(1)--------------


 どんよりと曇った空に、穴だらけの家の行列で構成された町並み。ボロ布をまとった子どもたちが楽しそうに駆けまわっているすぐその近くで、ボロ布のような人間が横たわっている。汚い部屋だと思っていたが、外の景色よりマシだなとその時思った。


「ひどいな。死体みたいな人間が転がってる」

「ここ数年の小麦の不作で、どこもこんなありさまよ。食べ物はどれも値上って大変なのに、いじわるな王様が税金という名目で皆の財布からお金を巻き上げてる。まともな生き方をしていたら死ぬ時代なのよ」

「なるほど……。わかったよ、僕も真面目に盗みをしよう。やる気のない発言ばかりしてすまなかった」


 僕は自分の過ちを認めて粛々と頭を下げた。


「わっかればいいわー。じゃあ、計画はあれで決まりってことで、そろそろ昼だから昼ごはんを作りましょう」


 阿闍世アヤは僕の態度に満足したのかルンルン気分で家の中へと戻っていった。


------------(2)--------------


 昼食の用意は全部阿闍世アヤがしてくれるので、僕は部屋の中で待っているだけだった。周りを見渡してみる。見れば見るほど汚い家だった。足元で何か動いていたのでよく見てみると、ネズミだった。ネズミも僕に気づいたのか一目散に逃げていった。


「ネズミだ」

「あっ、捕まえといて。スープに入れるから」

「はいはい……えっ」


 今度は僕が阿闍世アヤに向かって怪訝な顔をした。アヤはおたまで鍋をぐるぐるとかき混ぜていた。


「……何?」

「ネズミって美味しいの?」

「美味しいわよ。お腹にもたまるしね」

「へえ……」


 ネズミが美味しいとはとても信じられない話だが、記憶喪失でない阿闍世アヤが言うのならきっとそうなのだろう。僕は部屋を追いかけまわってネズミを捕まえようとしたが、どうやらネズミのほうが一枚上手のようだった。捕まえられないどころか、勢い余ってアヤの足に頭をぶつけてしまった。おたまでコツンと軽く頭を叩かれる。その隙にネズミは壁に空いた小さな穴から逃げていった。


------------(3)--------------


 スープが出来上がったので、アヤによそってもらう。ごぼうのような根っこが入っただけのシンプルな茶色の濁ったスープだ。他にも料理があるかと期待したが、アヤが今日の昼ごはんはこれだけだと言う。そういえば不作が続いているとアヤが説明していた。食材を用意するのも大変なのだろう。


「いただきます」


 スプーンでスープをすくって口に運ぶ。想像以上に不味くて思わず顔をしかめてしまった。


「うわあ、なんだこれ。ひどい味だ。泥水みたい」


 阿闍世アヤはそれを聞いてニヤニヤしはじめた。


「どこの家庭の食事もこんな感じよ。記憶喪失になってこのスープの味も忘れちゃった?ならがんばってすぐに慣れることねえ。明日も明後日もずーっとこのスープを作るんだからねえ」

「それは辛いな。財宝盗めたらもっとまともな食事が出来るの?だったら今日にでも盗みに行きたいな」

「焦らない焦らない。じっと耐え忍んで来月を待ちなさい」

「そう……。じゃあ今日はどこにも盗みにいかないんだね?」

「そうよ。今はあまり目立ちたくないからねー。出来る限り一般人のフリをしなきゃ」

「その通りだ。なのになんで君は黒装束なんて着ているんだ。おかしいよ、もっと普通の格好をしなよ」

「むっ。こういうのは気持ちも大事なんですー」


------------(4)-------------- 


 なんとか泥水のようなスープを飲みきった。胃がぐるぐる動いているのを感じる。スープを拒絶しているのかもしれない。阿闍世アヤはとっくにスープを飲みきっていて、その後は僕が苦々しくスープを飲む姿をニヤニヤしながら眺めているだけであった。


「ごちそうさま……。うぷっ……。全然食べた気がしないな。根っ子しか入ってなかったし」

「ええ?もっと食べたかったの?仕方ないわねえ、でももう食べ物はないのよねえ、残念ねえ」

「残念なのかな。確かに量は少なかったけど」

「まあ、何にせよ食料の備蓄が無くなって調達してこないと行けないのよねえ。ねえ、食後の運動に山にでも行かない?」

「山……?」


 阿闍世アヤが食器を片付けて出かける準備をする。僕はまたその後をついていくしかなかった。記憶喪失とは不便なものだ。


------------(5)--------------


 連れて行かれた山は禿山だった。枯れ木がいくつかぽつぽつと生えている。地面には誰かが掘り返したような跡が散乱していた。僕はその跡を見て納得する。


「そうか。スープに入ってた根っ子はここで取るんだな」

「そーゆーこと。はいスコップ」


 阿闍世アヤにスコップを手渡される。僕はキョロキョロと見渡した。


「どの辺を掘ればいいんだろう」

「どこでもいいわよ。運が良ければ根っこに当たるから」


 そう言ってアヤはザクザクとその場を掘り始める。


「運試し過ぎでしょ……。目印となる植物ぐらいはあってもいいはずだよ」

「ふっ。よーく地面を見てご覧なさい。雑草の一本も見つからないと思うけど」


 アヤに説明されるまでもなく、どこにも緑らしきものはなかった。茶色と薄い茶色の土で山自体が染まっている。


「……確かに。じゃあ根っこも無いんじゃないかな」

「いえ、たぶんあると思うわ。元々ここにはペントロ草って草がたくさん生えていてね。草も根っこも食べれる優良雑草だったんだけど、飢饉で皆掘りつくしちゃったの。でもずぼらな人が根を取りそこねているから、掘ればたまに見つかったりするのよね」

「そんな雑草の根を食べないと生きていけない生活なんて悲惨だね」

「そうね。でも全ては計画のためよ。さあ、好きなだけ掘りなさい。計画の日までに飢え死にしちゃったら最悪だからねえ」


 ため息をついてスコップで適当に足元を掘ってみた。固そうな地面だったが、既に掘り返された後のようでサクサクと掘ることが出来た。そして掘りどころが良かったのかスルメの足のような根っこが見つかる。彼女に報告するとそれは猛毒だと言われたのでその辺に投げ捨てた。


------------(6)--------------


 日が暮れるまで掘っただろうか。二人で時間をかけて掘れば意外と見つかるもので、小さなバケツがペントロ草の根っ子でいっぱいになった。結構な量に見えるが、この木の根っ子から摂取できるエネルギー量を考えてみると、労働量に見合ってない気がした。

 禿山を下りながら二人で会話をする。


「大変な一日だった」

「明日も明後日もずっとこんな感じよ」

「大変だな……。農民はこれに加えて農作業もしているんだろう?栄養ほとんど取れないのに体が持つのかな……」


 阿闍世アヤが急に立ち止まったので僕もつられて立ち止まる。


「ふふ……。ねえ、寝る前に怖い話聞きたい?」

「いきなりだね」

「イドの質問に対する回答だけど、体が持たずに死んでしまう人は当然たくさん出ます。さてここで問題。死んだ人はちゃんと弔われると思う?皆葬式をするほどの余裕はありませんし、あったとしても無駄な体力を使いたくありません。毎日毎日草の根ばっかり食べさせられてうんざり……。あっ、こんなところに新鮮な肉が……」

「……」


 アヤは両手を顔の前に出して怖い顔をする。わざわざ僕をおどかす仕草を取るまでもなく怖い話だった。僕が生唾を飲み込むと、彼女は怖い顔をやめてまた歩き出した。


「まっ、私はそんな光景見たこと無いけどね。葬式は簡素だけどまだちゃんと行われてるっぽい。といっても、こんな日々が続くとそれもどうなるかわからないけど」

「はやく不作が終わるといいね」

「期待するだけ無駄よ。この国はもう終わりだと思うわ」

「だから盗む?」

「そう」


 確かに、ここまでひどい状況だとこの国はもう長くないだろう。


「城の財宝を盗めたら、私たちは大金持ちになるけど、イドはその後はどうする?」

「えっ?」

「私は国を出るわ。東の果てにお菓子でできた国があるらしいの。その国に行くのが私の夢だったの」

「あるといいね。僕は……」


 何かを言おうと思ったが、何も思いつかなかった。大金持ちになっても特にやりたいことはなかったからだ。立ち止まり悩む僕に、阿闍世アヤがそっと近づく。


「……特に目的がないなら私と一緒にお菓子の国に行く?男の子が行っても楽しいと思うわよ。どの道、城の財宝を盗んだらこの国にはいられないし」

「そうだね。そうしようかな」

「記憶喪失になる前のイドには夢があったのかしら?」

「そんなの僕が知りたいよ」


 その日の夕食も木の根っ子が入ったスープだった。相変わらず泥水のように酷い味だったが、昼間よりかは幾分美味しく感じられた。それでもなかなかスープが飲み込めず、完食するまで彼女を待たせることになってしまったが、よく見ると彼女もスープを飲むときはものすごく不味そうな顔をしていた。


------------(7)--------------


 それから十数日が経った。今日は城下町で祭りがあるらしい。待ち望んだ泥棒決行の日だ。食べ物がほとんどない状況でいったいどんな祭りが出来るのか気になるが、僕ら二人は城の裏側へ忍び込む。


「ついに決行する時が来たわねえ……。覚悟はいいかしら?」

「うん。草の根スープはついに慣れることがなかったからね。なんとしてでも成功させたいね」

「そうねえ……」


 当然だが阿闍世アヤは黒装束を着ていた。ほぼ毎日着ていただけあって着こなしている感が出ている。僕も黒装束を着てみたが、盗賊というより変質者と呼ばれたほうがしっくりきそうだった。

 さっそく僕は窓から入ろうと彼女を促したが、彼女は顎に手を当ててしばらくそのまま考え込んでいた。そしてようやく顔を上げる。


「ねえ、もしかしてこれって、夢だったりする?」

「もしかしなくてもこれは夢だろうね」

「あーやっぱり……」


 その時、遠くで大きな爆発音が聞こえた。恐らく打ち上げ花火だ。城が邪魔で僕らは花火を鑑賞することが出来なかったが、それはそれとしてこれは夢である。

 アヤは花火を全く気にすることなく、僕の顔をまじまじと見ていた。当然といえば当然だ。彼女は長年の付き合いのように僕と接していたが、実際は全くの無関係の他人だったのだから。


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