二人の盗賊
それが夢と気づくまでには、そう時間はかからなかった。
「イド!イド!」
黒装束に身を包んだ茶髪の女の子が何度も僕の名前を呼ぶ。机の前でうたた寝をしていた僕はハッと目を覚ました。
「ここは……?」
「もうっ!『ここは?』って、何を寝ぼけたことを言っているのやら。そもそも真面目な話をしているのに、なんで寝ちゃっているの?馬鹿なの?死ぬの?」
「……?」
茶髪の女の子はぷんぷんと怒っていたが、僕はただただ戸惑うばかりだった。薄暗く、ホコリがうっすらと漂う部屋。木製の壁、木製の机。机の上には羊皮紙とインクとペンが置いてあり、羊皮紙には間取り図のような図形が書き込まれていた。そして何より、僕と机を向かいにして腕を組んで座っている茶髪の女の子。彼女は一体誰だろう?
「……ごめん。寝ている間に記憶が全てぶっ飛んでしまったようだ。一から話してくれないか」
「ふーん。何一つ真面目に聞いていなかったことを認めるってわけね。それで、一からってどこから話せばいいの?」
「そうだな、まずは君の名前を知りたいな」
「はー?」
「本当に、何も覚えていないんだよ。記憶喪失なのかもしれない」
女の子は黙ったまま怪訝な目で僕の顔をにらみつける。当然のことだ。記憶喪失なんて単語は日常の会話ではまず出てこない。随分と長い沈黙が続いたが、ようやく彼女の表情が和らいだ。
「ふーん。記憶喪失なら仕方ないわね。イドが思い出すまで丁寧に説明でもしてあげるわ。私の名前は阿闍世アヤ」
「阿闍世……。その衣装はコスプレか何かかな」
「何言ってるの?私たちは盗賊なんだから黒装束を着るのはあたりまえじゃない」
「そうかあ……。僕たちは盗賊だったのかあ……」
盗賊。自分が盗賊だったなんてびっくりだが、そこまでありえない話でもない。僕は飲み込むように一人で何度もゆっくりと頷く。
「変な反応。驚いているのやら、驚いていないのやら……。本当はもう記憶が戻っているんじゃないの」
「いや、戻ってないよ。自分が盗賊だと知って少し驚いたけど、まあ、どうでもいいや」
「全然どうでもよくないわねえ。イドは私の相棒なんだから、盗賊の自覚を持ってしっかりして欲しいんだけど」
「善処するよ。となると、この羊皮紙に描かれた図は盗みの計画書だな。僕たちはその計画について話し合っていたんだね」
「そうよ。『理解が早くて流石!』って言いたくなったけど、計画の途中でうたた寝してる時点で論外だったわ」
「そうだね。それで、どんな計画を立てているんだい」
「城の財宝を盗む計画」
城の財宝。これもなかなかびっくりだが、せっかく盗賊をやるのなら価値をあるものを盗んだほうがいいのだろう。
「へえ。それはまた大それているね。それを実行するのは僕と君の二人だけかな」
「当然じゃない」
「たった二人で大それた盗みをやるのか。しくじって捕まって処刑されそうだな」
「そうならないために今計画立てているんですー。だからうたた寝はしないでくださいー。話は真面目に聞いてくださいー。記憶喪失とかふざけないでくださいー」
「はいはい……」
阿闍世アヤが不満そうに頬を膨らませる。その仕草が大変可愛らしいので彼女の言った不満を真剣に受け止めたいが、あいにくうたた寝も記憶喪失も現在の僕には与り知らぬことだ。
アヤは一通り不満を述べると、気を取り直して何事もなかったかのように話を続けた。
「というわけでもう一度計画の話をするけど、来月に城下町で大きな祭りがあってね、その日は城の人たちもほとんどが祭りに行っちゃうらしいの。だからその日に盗むことにしましょう」
「うん」
「それと、宝物庫の扉は分厚い鉄の扉らしいから、これは爆弾で壊しましょう」
「うん」
「扉が壊れたら財宝を盗んでスタコラサッサで終わりね」
「うん」
「どう思う?」
「さあ……。城の規模も扉も厚さも知らないから何とも……」
「何言ってるの。この前二人で城の中をスパイしたじゃない」
「へえ。でも僕は記憶喪失だから覚えてないな」
「はぁー。イドが記憶喪失になったせいで急に失敗しそうな気がしてきたわ。完璧な計画なのにねー」
そういって阿闍世アヤは栗色の髪を指でいじり始める。やはり僕が記憶喪失であることにご立腹なようだが、過ぎたことなのでさっさと気を取り直して欲しい。
「完璧なら僕に相談する必要なんてないじゃないか」
「完璧ってのは私とイドの協力プレイが完璧だった時の話」
「そうなんだ。それはすまなかったね」
「まあいいわー。イドが記憶喪失になった分、私ががんばって何とかするから。だから分け前は6対4でいい?私が6」
「いいよ。記憶喪失なせいで城の財宝に興味が出ないし」
阿闍世アヤがじろりと僕の顔を見つめる。
「……あのさー、さっきからやる気のなくす発言をするのはやめてくれない?イドは真面目に盗む気はあるの?」
「ないよ」
僕がそう答えた瞬間、張り手が飛んできた。そして胸ぐらを掴まれて引き寄せられる。
「言うまでもないけど、盗みは命がけ。ううん、見つかってただ殺されるだけならマシなほうかもね。私たちのような犯罪者は、人間が思いつく限りの残酷な方法で殺されることだってあるんだから、そっちのほうも覚悟して盗みをしないとねえ。どう?記憶喪失でスカスカになった頭に緊張感は戻ってきた?」
「……君の真摯な気持ちはよくわかったよ。謝る前にもう一つだけふざけた質問をしていいかな」
「いいわよ」
胸ぐらをつかむ手がぱっと離れたので僕は服を整える。よく見ると僕の服装はボロ雑巾みたいに擦り切れていた。
「盗賊をやめるという選択肢はないの?他の仕事でも生きていけると思うけど」
「……本当に、記憶喪失なのね。ちょっと外に出ましょう」
阿闍世アヤが立ち上がって部屋の外に出たので、僕はその後をついていった。