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プリムラ・ストーリー  作者: 榊原啓悠
異界から来た“お姉ちゃん”
8/16

仲間

 ついに、来た。


 ここが俺の分水嶺。リナリアの真意と正体を受け止めることで、俺はついに“普通”の世界を脱することになる。


 ざわつく胸をぎゅっと握り締めながら、将太はごくりと生唾を飲み込んだ。


「ああ。教えてくれ。あんたの目的を!」


「………とはいっても、私の目的や私の正体を語るには、この星の言葉は語彙不足なの。だから、全てを正確に語ることはできない。それはいい?」

「構わないさ。簡単に説明できるようなことじゃないってんなら、俺も理解できるように努力する」

「………ありがとう」


 小さな微笑みを最後に残し、リナリアは表情をこわばらせた。………真実を語る、その覚悟が決まったのだ。


「じゃあ、まずは私の正体よね。…………私は本来カタチを持たない、《たましい》だけの存在。精神生命体というのも少し語弊があるけれど……ともかく、そういった存在よ。今のこの姿は、この星の《ヒュレー》を元に、そこに内在していた《エイドス》に従って構成した仮の姿。ここまでいいかしら」

 聞き覚えのない言葉に首をかしげる将太。その頭上にクエスチョンマークが浮かんで見えるほど、将太の姿は自身の当惑を素直に示していた。

「ヒュレーに、エイドス…………? なんだ、それ」

「この星の、西洋哲学における概念よ。私たちにとってのそれに最も近い概念だから引用させてもらったわ。………ともかく、私はこの星の物理化学とは根本から異なる概念に基づいた存在であるということよ」

 分かったような、分からないような。なんとも不思議な自己紹介ではあるが、将太はひとまずは納得することにした。

「ふ、ふぅん。それで、その不思議宇宙人のあんたが、どうしてこの星に来たんだ。衣浦湾にいるっていう怪獣と、なんか関係あるのか?」

「ええ。私は―――いえ、私たちは、本来この星とは何の関係もない、別の宇宙で暮らす存在だったの。けれど、この星の物質文明が、いつか次元を超えて私たちの暮らす宇宙に影響を及ぼすかもしれないと考える人々が現れた。………その中でも最も過激なとある一人の同族が、禁忌を犯してこの星にやって来た」

「じゃあ、それが―――――」

「ええ。それがこの衣浦湾に潜む、怪獣の正体。彼は衣浦大橋と衣浦湾に生息する生物群の《たましい》を追い出してその《ヒュレー》を取り込み、海底のどこかに潜んでいる。………更に巨大な獣の姿となって、この星の文明を滅ぼすために」

「そんな――――そうなる前に止められなかったのかよ!」

「もちろん私も、彼がまだ物質的な脅威度が低かった段階のうちになんとかするため、何度も交渉したわ。けれど彼は―――――彼は、この物質宇宙への不干渉という一族最大の禁忌を犯したことで、既にタガが外れてしまっていたのよ」

 消え入るような声で呟き、悲痛な面持ちでうつむくリナリア。


「っ――――」

 その顔はあまりにも痛ましく、そしてなにより美しく――――将太は思わず、言葉を失った。

 ―――彼女にこんな顔をさせた。そのことが、許せなくて。


「………分かった。あんたが同族殺しの任務を背負ってやって来た宇宙人なんだってことはよぉく理解できた。……大丈夫だよリナリア。あんたがその重みに耐えられるように、俺も一緒に担いでやる。なんでかは知らないけれど、俺もあんたの仲間なんだろ?」


 ―――そんな、柄にもないクサい台詞を吐いてしまった。


「………え?」

「だからさ。俺をあの“普通”の檻から連れ出してくれたお礼だよ。認めるのは悔しいけどさ。あのままじゃ、俺は本当にタダの“普通”な奴のまんまだった。まだ理由とか色々分かんねえけど、それでも俺は、あんたみたいな“特別”な奴のことに関われて嬉しいんだ。だから、これはそのお礼」

 差し出された右手。独善的で、自己中心的で、どこまでも身勝手な少年の―――だからこそ、何者よりも素直でまっすぐな想いが、その手には乗せられていた。


「…………うん」

 きっと少年は後悔するだろう。踏み越えた領域の向こう側で、彼は“普通”に帰りたいと泣き叫ぶことになる。


 ――――だが、リナリアは差し出されたその手をとってしまった。


「よろしく、将太くん。さすが、私の弟と見込んだ男の子だ」


 重圧に耐え切れなかったその弱さが、彼を突き放すことを許さなかったのだ。




 そして、将太の手を離した瞬間、衣浦湾沖に変化が生じる。


「――――!!」


 盛り上がる水面と大地を震わす地響き。神話に語り継がれてきたような、恐るべき情景が眼前に広がっていく。どこかで犬が鳴く声がした。海鳥たちも、現れた災いに呼応するかの如く飛び立った。港の外灯も、不具合が生じたのかチカチカと明滅を繰り返している。


「来た―――――のか――――?」


 そして盛り上がった水面からぎらつく黄色い双眼が覗いたその時、将太は理解した。それがリナリアの言っていた、《怪獣》のそれであることを。


「あれが、怪獣――――!」

「将太くん、防波堤まで下がってて。………早く!」

「でも、こんな足場の悪い砂浜でどうやってアイツを―――」

「いいから!」


 怪獣の覚醒が予期していたタイミングよりも早かったのか、リナリアの口調には余裕が感じられない。将太は後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、リナリアを何度も振り返りながら防波堤まで走り抜けた。


 そして防波堤にたどり着いて、改めてリナリアを振り返ったその時、怪獣はその全貌を表していた。


「―――――!!」


 それは、巨大な魚の化け物だった。

 ヒレから中途半端に発達したような四肢で全身を支え、全身を黒光りする鱗に覆われた半魚獣。

 

「あ―――――――」


 足がすくむ。喉が一瞬で乾ききる。根源的な恐怖に震え上がった膀胱が決壊し、無様に小便を撒き散らす。

 ――――この世のものとは思えぬ、冒涜的な身体。あれは、見ているだけでも正気が失われるような、正真正銘の化け物だ。


「ダメだリナリア。あんな奴に勝てるわけがない、逃げろ、逃げてくれ、たのっ……ゥッ」

 思った通りの声が出ない。叫ぼうとして出てきた情けない震え声をあげると、将太はそのまま恐怖のあまりこみ上げてきた吐瀉物を小便の水たまりにべちゃべちゃとぶちまけた。


 だが、リナリアはその声を聞き届けたかのように、僅かに振り向いてニッと笑う。


「大丈夫! お姉ちゃんにまかせときなさい!」


 ―――――そして、優しさと強さに溢れたその言葉を将太にかけた次の瞬間、リナリアとリナリアの周囲の砂浜がジェル状の何かに変身した。


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