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プリムラ・ストーリー  作者: 榊原啓悠
異界から来た“お姉ちゃん”
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「……………」

「……………」


 学校が終わり、展開的に一緒に帰ることになった将太と唯は、しかし会話もないまま既に十分以上の時を過ごしていた。


 …………気まずい。非常に気まずい。誰か助けてくれ。


 こっそり体操服の匂いを嗅いでいたのがバレてるのではなかろうかという不安感と、何も喋らずただ半歩斜め後ろをついてくるだけの唯に対する恐怖感にキリキリと胃を締め付けられながら、将太は声にならない悲鳴をあげた。


「………ご、ごめん」

 そして胃の耐久力に限界を感じだしていた矢先、唯が唐突に沈黙の帳を破った。

「うおわっ、なんかしゃべりだしたッ!」

 ……とはもちろん声に出さず、肩だけびくっと震わせて振り返る。すると、顔を真っ赤に紅潮させた唯がもじもじしながらこちらを見つめていた。正直、威圧感が半端無いが、将太は空気を読んでなんとか震える膝を抑えることにした。


「………ど、どうして?」

「だってボク、将太くんみたいにおしゃべりが得意じゃないから、その、ずっと黙りっぱなしで、その……」

 たどたどしい口調ながらも、とつとつと話し出す唯。どうやら彼女は彼女なりにいろいろと悩んでいることがあるようだ、と将太は適当に解釈して相槌を打った。

「うんうん。そういうことって俺にもあるよ。大丈夫。おしゃべりが苦手なのは俺も知ってるから。無理しなくてもいいんだよ」

「あ、ありがとう、ございます……」


 ―――転校生特有の友達作りの難易度の高さに加えて、引っ込み思案な性格と「ボク」という特殊な一人称、そしてこの美人ながらも威圧感たっぷりな顔立ち。こういった要素ゆえに吾亦紅唯がクラスで浮いた存在になってしまったことはある意味必定であったし、将太も彼女がクラスでそういう立ち位置にあることはよく知っていた。

 ……そしてだからこそ、そんな浮いた彼女に、将太はずっと目をつけていた。

 誰もが憧れる高嶺の花を勝ち取るナンバーワンより、誰にもその美しさに気づいてもらえず誰からも無視される路傍の花にたった一人だけ足を止めるオンリーワンに憧れるのが、この振村将太という少年なのである。ぶっちゃけてしまえば、彼にとって唯とは“可愛がってあげる”だけの存在なのだ。しょせんは、彼の理想とする“特別”な自分を実現するための一要素でしかない。


「いいよいいよ。吾亦紅さんとは一度こうして話してみたかったしね。今日は楽しかったよ」

 理想の自己実現のためならば、他人の好意を利用することも厭わない。優しい言葉と笑顔の裏で密かに少女の心を踏みにじるのが、この振村将太という少年の本質なのだ。

 その優越感を、将太は“特別”な人間である自分に許された当然の権利だと、はばかることなく傲慢にも思い込んでいた。


「………じゃあ、俺はこっちだから。またね、吾亦紅さん」

「はい。……また明日」


 目的地である亀崎駅の前で別れを告げる。地元民である唯とは、ここで別れなければならない。

 電車通学の将太は、ここから武豊線で石浜駅まで行かなくてはならないのだ。


 名残惜しそうにちらちらとこちらを振り向きながら去っていく唯を背中に感じながら、改札を定期でパスしながらホームに入る。ここは田舎の駅なので、上り車線と下り車線が一本ずつしか通っていない。……石浜駅も似たようなものだが。




 電車を待つこと数分。将太は、家で待っているリナリアのことを考えていた。

「宇宙人、か……」

 子どもの頃、というより赤ちゃんだった頃か。ともかくその頃に放送されていた特撮番組でお馴染みの概念。将太にとっては埃をかぶっていた発想だったが、しかしなるほど、いざ目の前にしてみるとなかなかに心躍る題材である。

 圧倒的な軍事力を持った侵略者、宇宙船のトラブルで不時着しただけの旅行者、地球人との交友が目的のメッセンジャー……と、一口に宇宙人と言ってもそのジャンルは多岐にわたる。もちろんこれらは全て人間の作り出した架空のものであるが、昨夜表れた彼女は少なくとも本物だ。


 宇宙人と関わった地球人の辿る運命は、大きく分けて三つのパターンがある。

 まず、種族の壁を越えて友達に、或いは恋人同士になるパターン。次に、利用された挙句に使い捨てにされてしまうパターン。そして………

「………宇宙人の力を手に入れて、常識を超えた“特別”な存在になるパターン………」


 期待と興奮で、思わず口角がつり上がる。


 ―――もしそうなったとしたら、これまでの“普通”に隷属する生活にもおさらばできる。きっと俺は大注目を浴びるようになるだろう。そしてそんな“特別”な存在となった俺が、他の美女にも目もくれずに吾亦紅唯を愛したら……きっと、彼女も喜ぶに違いない。そうに決まってる。だってハリウッドスターが一般人と結婚するようなものなんだから。そしてその時俺は、特別な力を持ちながらにして路傍の花の美しさにも気付くことができる、そんな漫画の主人公のような存在になることができるんだ―――!


 まだそうと決まったわけではないというのに、振村将太の思考はあまりにも楽観的だった。


「俺の未来はバラ色だぁー! ふはははっ!」

 周囲の目も気にせず、将太は無邪気にはしゃいで笑った。


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