表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリムラ・ストーリー  作者: 榊原啓悠
異界から来た“お姉ちゃん”
5/16

消失

「まるで意味が分からん……」

 刑事歴二十二年のベテランデカ、吾亦紅雅史(われもこうまさし)。そんな彼が鑑識官の報告を受けつつ現場をざっと見ても、出てきたコメントはそれだった。

「モコさん。どうですか、この惨状」

「どうもこうもないだろう。破片もなし、化学物質の痕跡なし、目撃者もなし。一晩で一瞬のうちに橋一つ消えちまうなんて………言いたかないが、どう考えたって超常現象だろ」

 若手の同僚の縋るような問いかけに、なまじ冗談でもないトーンで答えながら、雅史は眼前の事件現場を睨む。

「…………」

 鷹の如き、鋭い雅史の視線。その先には、その大部分をぽっかりと消失し、その機能を喪失した橋の残骸が、寒々しく横たわっていた。




 近隣住民の「橋が消えた」という通報があったのが、今朝の午前六時。駆けつけた雅史たちが見たのは、愛知県高浜市碧海町から同県半田市州の崎町に至る海上に架かる国道247号にして、愛知県道46号西尾知多線重複である道路橋、衣浦大橋――――その残骸であった。

 断面をいくら調べても火薬の痕跡も切断痕も無く、化学物質のそれも見つからない。まるで『最初から無かった』かのように、衣浦大橋のだったそれは、その存在を示唆する僅かばかりの支柱だけを残して消えてしまったのだ。

 テロを疑うにはあまりにも物証が少なく、かといって事故にしては不自然すぎる。近隣住民にいくら事件当時のことを聞いても、橋が消えた時間が深夜だったこともあって、誰もが口を揃えて「気がついたら橋が消えていた」と言う。終いには、「橋マニアの宇宙人がやって来て、コレクションしちまった」などと言い出す輩も出てくる始末であった。


「モコさん」

「なんだ」

「俺なりに考えてみたんすけど」

「話してみろ」

 手帳をパラパラとめくりながら、雅史に促されて若手刑事が深刻な面持ちのまま口を開く。

「仮に、爆弾も刃物も使わず、なおかつ特殊な薬品の類も一切使わないで、こうやって橋を切り取る何かがあるとしてですよ」

「ああ」

「その切り取った橋を、船も飛行機も使わず、近隣住民に気付かれないようにどこかへ運び出すなんてこと、ホントにできるんすかね?」

「………無理だろうな。第一、それらを全て可能にする手段を持ち得たとしても、そんなことをする理由が見えん」

「衣浦大橋を潰して喜ぶ奴―――ってことっすよね」

「そうなるな」

「こんな大それたことをやった連中が、一本橋を潰すだけで満足するとも思えないんすけど」

「その通りだ。仮にお前が言ったことが全て正しかったとしても、そこから推測される犯人はどう考えたって複数。しかも統率のとれた、ある種のプロ集団だ。橋泥棒のプロってな、俺ァ聞いたことねえがな。そしてこれだけのことを起こすためには、どうしたって金は要る。人も金も技術もあり、そしてその上でこんな馬鹿げたことをする連中……心当たりはあるか?」

「…………悪の秘密結社、っすかね?」

「バァカ………と、言いたいところだが。そのバカな妄想もあながち間違っちゃいねぇかもしれん。いずれにせよ、確かなことは、こいつぁ俺の経験にもねえバカげたヤマだってことだけだ」


 言い切り、煙草を取り出して加えると、雅史はふと何かに気がついたような表情を浮かべた。

「………っといけねえ。一日一本って娘と約束したんだった」

「へえ、モコさん娘さんがいるんすか?」

「今年で十七だ。………手ェ出そうなんて思うんじゃねえぞ」

「ヒェッ」

 ただでさえ強面な顔に、尋常ではない殺意を漲らせて睨む雅史。この世のものとは思えぬその凶相に震え上がりながら、若手刑事は凍えた笑顔を浮かべて後ずさりした。

「い、嫌だなモコさん! 俺、妻子持ちですよ! ……でも、年頃の娘さんって大変だったりしませんか? 俺んとこにも今年三つになる男の子がいるんですけど、もう今から心配で心配で……。タダでさえ、そちらは女の子じゃないですか。思春期の子どもを持つって、どんな感じなんです?」

 橋の件で頭を抱えていた先程より何倍も深刻そうな表情を浮かべる若手刑事の言葉に、雅史は煙草を箱に戻しながらふっと穏やかな笑みを浮かべた。

「いや実際、あいつは大人しい娘だからな。親の方は特に難儀してるってことはないさ。だが、あいつの顔は俺譲りでな。美人なんだが、こう………迫力が、な」

 言いよどみながら、すっかり後退した生え際を慰めるように頭に手を置いてため息をつく。若手刑事に勝るとも劣らず雅史の方も、橋の件よりこちらの方がずっと深刻といった面持ちであった。

「あれで中身も強気だったらまだ良かったんだが、逆も逆。花も恥じらう乙女ときた。顔と中身が一致しねえってか? それが不憫でな……。ちっとくらい不細工でも、もっと愛嬌のある顔に生んでやりたかったって思っとる」

「モコさん……」


 太陽の下きらめく衣浦湾を眺めながらたそがれる父親二人。とはいえ今は仕事中だ。我が子のためを思えばこそ、不安の芽は摘まねばならない。それが刑事である彼らができる最善なのだから。


「…………ま、それもあるが、今はこっちだ。今日中に何か見つけとかねえと、いい加減格好がつかねえからな」




 ―――――捜査の結果、橋ばかりではなく、衣浦湾から魚類という魚類が全て消えてしまったことが判明したのは、それから数時間後のことであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ