勝手
「久しぶりね、将太。………大きくなったわ」
少々柔らかくなった声で言いながら、女―――真藍玲子は僅かばかり振り返った。
渋い顔つきで見つめる息子と、それを肩ごしに振り返る厳格な母。将太が特別女顔というわけではない。だがリナリアは、こうして見るとやはりよく似ていると感じずにはいられなかった。
「………色々と、説明が欲しいんだけど」
「今回あなたが負った怪我は、幸いにして軽傷だった。だから私たちで手当をした。これでいいかしら」
「いいわけないだろ。………母さんが家を出て行く前から妙な仕事をしてたのはなんとなく察してた。いや、まさか怪獣退治のウルトラ特捜チームだとは思ってなかったけど。まぁそういうわけだから、母さんたちが人には言えないような特殊な組織なりなんなりで、だから多くを明かせないのは理解できる。……でも、なんで俺を巻き込んだんだ」
とんとんと額を人差し指で叩きながら、思考を巡らせ、状況を推察し、そこから質問できること、質問すべきことを割り出す。こうやって頭で考えることは、振村将太の得意分野だった。
「……相変わらず聡いわね」
「………」
厳しい雰囲気のまま、まるで氷のような微笑を浮かべる。玲子の厳かな態度に車内の雰囲気はどんどん重苦しくなっていくが、それでも将太は、無言ながらも食い下がった。
「ええ、確かに私たちの存在は極秘のもの。本来であれば、肉親であるからといってあなたを招き入れることはまず有り得ない。……けれど、その方針を曲げざるを得ない特例が、今のあなたの置かれた立場なのよ」
「特例………」
つぶやきながら、考えるまでもなく思い当たった史上最大級の“特例”を一瞥する。
「てへ」
“特例”が無邪気なテヘペロ顔で誤魔化そうとするが、車内の雰囲気は余計にギスギスする一方だ。仮にも姉を自称するのだから、少しは大人の対応をして欲しい。
「リナリア……」
「な、なによぅ。なんだか場が重苦しいから、せめて私くらいはと思って配慮してあげたのにぃ」
「余計な気遣いよリナリア。第一、こうなったのはあなたのせいだと理解していて?」
「ええ。私があなたたちの監視から逃れて将太くんと接触し、巻き込んでしまったことは、ちゃんと理解しているし、反省もしてる」
玲子に口を挟まれた途端に冷たい表情になったリナリアが、白々しい謝罪を述べる。将太は、いらいらとした感情を持て余しながら再度母に問うた。
「で、結局母さんたちは何者なのさ。自衛隊か公安警察か。それとも国連組織? まさかCIAやらなんやら言うつもりはないよね」
後ろに座った黒服たちも止める気配がないので、思いつく限りの黒幕っぽい組織を続けて並べてみる。冷や汗でパンツまでぐっしょりだが、将太はノリと勢いに任せて衝動的にしゃべり続けた。
「どれも不正解よ。けど、あなたに本当のことを教えてあげるつもりも義理も無いから、勝手に想像しなさい」
「んだよそれ……」
「状況説明ははこれで十分ね?」
「今までのを『説明』と呼ぶその厚顔っぷりは大したもんだな」
嫌味を吐く息子を意に介することなく、玲子は淡々と感情のこもらない視線をミラー越しに送る。ギスギスとした冷戦が続く車内の空気は最悪を通り越して、もはや悪夢そのものだった。
「それじゃあ、後のことはリナリアから聞いて頂戴。それじゃあね、愛してるわよ」
一気にまくし立てるようにして、玲子はついに一度も息子と向き合うことなく会話を打ち切った。背後の男たちの無言の圧力に脅されるようにして、将太たちも車外に放り出される。
「お、おい、ちょっと」
言葉にならない未練を感じ、突き放す母の背中に思わず手が伸びる。だが、車外に二人が出た途端に運転手はアクセルを踏み、やがて砂煙を立てて玲子たちの黒塗りのバンは走り去っていった。
「………………!」
足元の白い砂利を踏みしめながら、悔しさと怒りの篭った目で遠ざかる玲子の車を睨めつける。傍らに無言で佇むリナリアもまた、どこか途方に暮れたような将太の横顔を見つめながら嘆息していた。