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プリムラ・ストーリー  作者: 榊原啓悠
愛を裏切った“お母さん”
12/16

再会

霞む視界が、徐々に灰色の世界を捉えていく。それが車の天井に気がついたと同時に、将太はむせるように息を吹き出した。

「ウッ………グォッ、ブフゥッ」

 上体を跳ねるように持ち上げて、口元に手を当てて呼吸を整えようと試みる。むせたせいだろうか、目尻には涙が溜まっており、それが余計に視界を霞ませた。

「んぅっく………」

 ゴシゴシと目尻を拭いながら、未だ微睡みから抜け出しきっていない脳内の霧を振り払おうと、散らばったピースをかき集めるかの如く思考を集中させる。

「…………確か俺はリナリアと……それで、体操着袋………じゃなくて、えっと、浜まで行って………ッ!!」

 宇宙人を名乗り、さらに自分の姉を自称する女、リナリア。そして彼女との邂逅に始まった非日常。ところどころの記憶は恐怖と興奮で飛んでしまっているようだが、間違いない。

 ―――俺は確かに、リナリアが巨人に変身して、海から現れた怪獣と格闘するのを間近で見ていた。


「おはよう、将太くん」

「ッ!」

 背中にかけられたその声に、思わずオーバーな挙動で振り返る。

「っ、あ………」

「ごめんなさい、私のせいで、大変な目に遭わせてしまって」

 憂いげな面持ちで陳謝する美しい顔立ち。特に高音というでもなく、かといって汚いわけでもない穏やかで知性的な声。滑らかな曲線を描く、女性らしさの強調された輪郭………。

 昨夜、自分は彼女のおぞましい本性を目の当たりにしたはずだ。自らの周囲にある万物を液状化させた、おそらく彼女が“ヒュレー”と呼称したそれを取り込み、自在にその姿かたちを変える化け物。

「………リナリア」

 だが、リナリアだ。ほかならぬ自分を「必要だ」と言ってくれた、自称宇宙人の義姉の……仲間だ。

「リナリア、無事だったのか」

「まあね。ちょっと危なかったけど、でも取りあえずは大丈夫。………この人たち次第、だけど」

「この人たち? ……ッ!」


 リナリアに目配せされて、初めて気がついた。

 自分とリナリアは見知らぬ誰かの車の中で寄り添うようにして座っており、後ろのシートにはスーツ姿の男二人がこちらをサングラス越しにジッと見ている。如何にもといった風体だが、それだけに本物感が肌で感じ取れる。恐らく、尋常な人間ではあるまい。幸い車のエンジンはかかっていないようなので、最悪飛び出して逃げることも可能だろうが、それでも結局、数秒とかからず取り押さえられてしまうだろう。

「安心なさい。あなたたちが大人しく座ってくれていれば何もしないわ」

 厳しい命令口調で、助手席に座った女がミラーを介した鋭い視線をこちらに向けてくる。ミラーに映った目と鼻筋から女が四〇代ほどの中年女性であることは読み取れるが、それと同時に言葉では言い表せない、何かプレッシャーのようなモノを感じる。

 平凡な学生生活の中では決して体験することのできない、例えば、有無を言わさず理不尽を強いてくるような、そんな威圧感。思わず生唾を飲み下し、ズボンの裾を握りつぶしたくなる問答無用の冷徹さをギロリと向けられて、将太は逡巡するだけの余裕すら忘れて萎縮した。


「………?」

 だがふと、将太は違和感を感じた。

 どこの誰かも分からない大人たちに、見知らぬ車に詰め込まれ、何処とも知れぬ場所に連れられていくかもしれない恐怖感。確かにそれはあるが、だがあまりそれを強く感じない。それよりも、懐かしい人に会った時のような、郷愁の念とも呼ぶべき何かを胸のどこかで感じている。それも、次第に強く、ハッキリと。

 やがて将太の中で膨れ上がるその違和感は明確なカタチを成し、確信という姿にその身を変えた。

「…………」

「将太くん……?」

 傍らのリナリアがはて、といった表情でこちらを伺うが、それに応えられるほどの心的余裕が今はない。その代わりにリナリアの手を握って、将太は深く息を吸い込む。

 ――――湧き上がる確信が、将太の口をついて出たのは、その直後であった。


「…………母さん、だよね。久しぶり」


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