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プリムラ・ストーリー  作者: 榊原啓悠
異界から来た“お姉ちゃん”
10/16

連携

 防波堤の影で縮こまること数分。否、あるいは数秒かもしれない。普通の感覚などとうに失われたその頭で捉えられる経過時間の長短など、もはや思考するに能わぬ。余計なことを考えようとする頭を左右にブンブンと振りたくり、つとめて自身の気配を押し殺す。将太にできることといえば、そうやって崩れそうになる自我を辛うじてつなぎ止めておくことだけであった。


 ―――――だが、状況は刻一刻と変化していく。

 恐怖のあまり過呼吸気味になって咳き込みだしたその瞬間――――将太の世界は唐突に爆発した。



 ※※※※



 巨人が怪物の触手に打ち払われて防波堤に倒れ込んだのとほぼ同時に、雅史たち現場の警官に避難誘導の指示が下った。すぐさま全警官がパトカーに乗り込み、現場へと急行する。


 海浜から上陸した巨大生物は、巨人を倒して防波堤を突破した後、国道247号線を南下している。鈍重な移動速度はパトカーなら容易く追いつけるが、そのあとが問題なのは言うまでも無い。無造作に伸びてくるあの触手のことを考えれば、近隣住民の避難誘導すらもとんでもない難易度だ。

「なんとかするっきゃねえだろ、なんとか………!」

 この街に暮らす多くの市民、そして愛娘の顔が脳裏によぎり、萎えかけた思考が再び奮い立たされる。怪物が国道の南下をやめて町に向かっていけば、とんでもない数の死人が出ることは間違いない。そうなる前に、いち早く市民を避難させなくてはならないのだ。

 唸るエンジンの爆音と回転するサイレンの光が、雅史の闘志を反映するかの如く昂ぶっていく。一方、増援の警官隊もまた、国道を北上してきつつあった。



 ※※※※



 南下してくる橋の警官たちと、北上してくる武装した警官隊。

 国道上で南北からの挟み撃ちをかけられるカタチとなった怪物だが、まだ東西に逃げ道はある。東には上陸してきた亀崎港。そして西には、工場群と住宅街の広がる亀崎の町並みが広がっている。

 崩れた防波堤の瓦礫の中から這い出しながら、振村将太は朦朧とした頭で思考を組み立てていた。


 ―――あの怪物を警官の武装で食い止められるとも思えない。それどころか、南北から追い立てて西側に向かってしまうことこそが最悪だ。理想は再び東側、すなわち湾内に押し戻すこと。恐らくあの南北のパトカーたちは、西側に回り込んで町を背にして怪物を食い止める腹積もりなのだろう。だが―――

「リナリアじゃなきゃ、駄目だ―――!」

 防波堤に叩きつけられて以降、未だうつ伏せに横たわったままの紫紺の巨人を振り返る。よほど深刻なダメージを食らったのか、その体表は所々が痛々しく傷付けられ、体のいたるところから半透明なジェル状の液体が漏れ出ている。

 

「リナリア! 起きろ! 目を覚ませ! お前じゃなきゃアイツは止められない! 俺にだって分かる! あの怪物は、物質という物質を全てその身に取り込んでしまうという存在だ! たとえ戦闘機を持ってきたってアイツは倒せない! 奴を倒すには、お前じゃなきゃ駄目なんだよ、リナリアッ!!」


 ―――その言葉が、きっかけになったのか。


 紫紺の巨人は慈愛に満ちた眼差しで将太に微笑みかけて、そのままゆっくりと立ち上がった。


「リナリア―――」

 おぞましい化け物と化してはいるが、リナリアはリナリアのままだ。安心と高揚感で目尻に涙を浮かべながら、将太はその場から後ずさる。

 そして将太が十分な距離をとったと同時に、体長十メートルの紫紺の巨人は数十メートル南下している怪物めがけて走り出した。




『―――――――ッ!!』

 雄叫びとともに、巨人が背後から怪物に掴みかかる。圧倒的な体格差こそあれど、不定形な怪物には、それゆえヒト型の巨人ほどの踏ん張る力は持ち得ない。やがて力比べは巨人の勝利という形で決着し、怪物はそのまま引きずり倒された。


「なんだッ!?」

「巨人です!」

 驚いたのは武装警官たちだ。北方の警官たちに避難誘導を任せ、南下する敵を相手に決死戦を演じるつもりでここまでやって来たというのに、突然現れたもう一体の化け物による思わぬ援護を受けたのである。

「あの巨人は、味方なのか!?」

「つまり―――そういうことなんじゃないでしょうか!?」

 警官隊の当惑も最もであるが、しかし怪物もそれに付き合ってくれるわけではない。巨人が何とか上から押さえつけようとするが、怪物は巨人を縛り上げようと触手を次から次へと伸ばしていく。

「まずいぞ………このままじゃ、あの巨人が殺られちまう!」

 腕を、足を、胴を、首を。紫紺の肢体が次々に触手に絡め取られ、徐々に巨人の体から自由が奪われていく。………不定形な怪物を相手取るには、巨人のそれは実直すぎたのだ。

 そんな、あまりにも冒涜的でおぞましい怪物の生態に、警官隊の誰もが吐き気を催す。だが、そんなモノとあの巨人は真っ向から組合っている。化け物退治は人間の領分だ。なけなしの勇気を振り絞り、警官隊は巨人の援護のため、触手に狙いを定めて引き金を引いた。


『ッ!』

 殺到する弾丸によって触手が絶たれ、自由を得た巨人が機敏な挙動で後方に跳躍する。着地点は、警官隊のパトカーの真後ろ。もちろん接地時の衝撃で警官隊は尻餅を突き、パトカーたちは軽く跳ねる。

『……………』

 穏やかな眼差しに厳しさを滲ませながら、無言で構えを取る巨人。全体的に“女”らしさが伺える、ある種芸術的な均整のとれた肉体美。数十メートル北方から見ている将太だけでなく、足元で尻をさする警官たちもまた、そんな巨人の美しさに見とれていた。


「………っ!? まずい、何か来る!」

 ―――だが。

「怪物が変身、いや、変態しています!!」


 ―――――――状況は、更に動き続けていた。


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