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灰かぶりの毒薬  作者: 青月クロエ
Foxy Blue
96/110

Foxy Blue(2)

(1)


「釣りは結構!全部チップだ!!」


 あの少女が出て行ってから5分と経っていない。

 紙幣を叩きつけ、呆気に取られるハル達を置いて急ぎラカンターを飛び出した。


 深夜未明となれば歓楽街も閑散としている。まばらに残る人影は大抵はろくな連中じゃない。

 石畳の歩道に転がる酩酊した酔っ払い、客引きが上手くいかず、文句垂れつつたむろする街娼、各店の裏口で残飯を漁る浮浪者、といったところか。

 酔っ払いの絡みや娼婦のしつこい誘い、お恵みを乞う浮浪者を振りきり、シャロンは真夜中の歓楽街を駆けた。

 表の大通り、数えきれないほど存在する狭い路地。特に子供は狭い路地を利用して逃げ回るだろう。街の浮浪児達がよく使う常套手段だ。よく見かける浮浪児より身なりがマシだったとはいえ、実はあの少女も――、だったら、一刻も早く捕まえなければ。朝一番に質屋に売り飛ばすか、蚤の市に並べられては手遅れになる。


 深い闇、立ち込める霧が視界を阻むが諦める訳にいかない。

 夜が明けるの覚悟で路地へ駆け込もうとして、大きな手に強く肩を掴まれた。


「やめとけ。昼間でさえ路地は危険だってこと、お前もよくよく知ってんだろうが」

「ハル」

「とりあえず戻れ。闇雲に駆けずり回ったって何の意味もねぇ。お前だって本当はわかってるくせに。ったく、グレッチェンが絡むとすぐ頭に血が昇る」

「だが、戻ったところで……」

「ちったぁ冷静になれ。な??俺もあのクソガキ探すの手伝うし。客の持ち物が盗まれたとあっちゃあ、店の信用にも関わってくる。それに」


 ハルは自分の背後を見るよう、シャロンに目配せする。

 二人の脇にはたまたま街燈があり(だからハルもわかった)、闇と霧の中でもその人物--、《《彼女》》が誰なのか、すぐに気づけた。


 一瞬、アドリアナの亡霊か、とギョッとした。

 非科学的な事象、存在を完全否定するシャロンですら瞬間的に疑う程、彼女はハルの亡き恋人によく似ている。背丈や髪、虹彩の色も違うし性格も全然違うが、太陽のように明るい笑顔が特に生き写しといっていい。


「メリッサ?!どうして君がここに??」

「えー……っと、ひゃあっ?!」


 言い淀むメリッサの額を、ハルが軽く指先で弾く。

 いたーい!と額を抑えて抗議するメリッサを無視し、続ける。


「お前の後を追っかけてたら偶然こいつと出くわした。性懲りもなく一人で街頭に立ってやがったから、ここまで引きずってきた」

「だって」

「だってじゃねぇ、馬鹿。俺が紹介する安全な客以外、客は取るなっつっただろ!」

「だって今日ラカンター覗いてみたら、お客さん少なかったし」

「ほぉ、言ったな??」

「きゃあ、ごめんなさいごめんなさいっ!ハルさんとシャロンさんに協力するから怒らないで!!」

「……ってことだ」

「すまない。二人の間では成立してても私には何が何やらさっぱりなんだが……」

「シャロン。メリッサの昼間の仕事が何か知ってるだろ??」

「ん??確か、コーヒーハウスの女給じゃ……、あ!」


 大衆酒場同様、コーヒーハウスも情報交換の場。

 大衆酒場はどちらかというと憂さ晴らしの傾向が強いが、守秘義務を要する密談から真偽疑わしいゴシップまで様々な話題が飛び交う。


「ってことだ。まぁ、詳しい話は店に戻ってからにしよう」

「そうだな」


 ハルに促され、シャロンはメリッサとも一緒に再びラカンターへ足を向ける。

 少女を探すのに必死だったため、今頃になってどっと疲れが押し寄せてくる。身体が熱いし重い。呼吸は乱れ、肺の奥が痛む。歩調が二人より一、二歩分遅れている。

 少し先を行くハルに何度か無言で振り返られながら、約二〇分後、ラカンターに到着した。


「そっかぁ、大事な贈り物なら絶対取り返したいですよねぇ」


 閉店時間がとっくに過ぎた今、店内は片付き、照明の四分の三は落とされていた。鍵がかかっていたことからランスロットが帰宅したことも窺える。

 共にカウンター席に座ったメリッサは、ハルからビールのグラスを受け取ると、こくん、と一口だけ飲み込む。


「そこでだ、君が働くリバティーン(コーヒーハウスの店名)で、『酒場に飛び込んだ未成年の少女による窃盗』らしき噂を少しでも耳にしてないだろうか??」

「噂、ですか??うーん……、あ!」

「何か思い出したのかね?!」

「シャロンさんてば近い近い!」

「いたっ!!」


 勢い余ってメリッサに迫ったところ、頭頂部をハルに叩かれた。


「他意がないのはわかる。が、なんか腹立った」

「だからといって殴るんじゃない!」

「グレッチェンに密告チクるぞ」

「はいはーい、ケンカはやめてくださーい。私なら全然気にしてないし!それより話続けますよ??」

「うん、頼むよ」


 シャロンに乞われ、メリッサは少し声を潜めて、言った。


「えっと、ここのところ、うちのお客さんも何人か相次いでスリの被害に遭ってるみたいなの。それだけなら、まぁよく聞く話なんだけど……、被害の内容がね、シャロンさんと似てて」

「私と似てる??」

「うん。スリって言ってもね、お財布は誰一人盗られてないの。ネクタイピンとか万年筆とかハンカチーフとか、中にはちょっと高い素材の釦だったり」

「要は警察に訴えるには微妙な品ばっかり狙ってる、ってことか……。犯行場所が路上ではなく毎回酒場で、犯人があの少女だと仮定しよう。ラカンターと違って儲け一辺倒な酒場なら未成年だろうと構わず酒を提供する。そこでスリが行われたら……、店側が体裁気にして客に口止めするかもしれない。金を盗られた訳じゃないのだから、と」

「巧妙かつ嫌な手口だな。もしも、あのガキひとりの犯行ならとんでもねぇ女狐だが、おそらく裏で糸引く奴がいる」


 ハルは苛々した様子で煙草に火を点ける。が、煙を吸うことなくすぐさま灰皿に押しつけた。


「ハル。私は明日から街中の質屋をくまなく当たろうと思う」

「質屋だけじゃ駄目だ。市場も当たった方がいい」

「わかった」


 タイピンを盗られたと知れば、グレッチェンは心配と同時に淡々と厳しく説教するだろう。説教だけで終わるのなら全然構わない。

 後でこっそりと悲しそうな顔されるのは――、何が何でも避けたい。ただそれだけだ。








(2)


 扉を開くと、薬草、漢方薬、化学薬品の臭いが鼻腔を突き抜けていく。

 大抵の者は薬屋の入り口扉を開けるなり顔を顰める。しかし、五年以上ここで働くグレッチェンの表情はまったく変わらない。嗅覚が鈍いとかではなく、店内の空間ごと臭いに慣れきっているから。


 そのグレッチェンが開店準備の手を止め、眉を寄せたのは臭いのせいじゃない。黒檀製のカウンターに、ぽつんと置いてあったメモ紙のせいだった。


『私はしばらく店頭に立つことができない。二、三日で片がつく筈だが、その間店を頼む』


 シャロンが店頭に立たないなんて日常茶飯事。研究に没頭してるならまだしも、一日中寝こけてる時もままある。私室へ何十回(百回超えているかも)叩き起こしにいったやら。

 今日に限ってわざわざご丁寧にメモを置いておくなんて、却って怪しいことこの上ない。絶対に後ろ暗い理由に決まっている。


「今度はどこのご令嬢と揉めてるのかしらね……」


 真っ先に痴情の縺れを疑う自分も大概だが、シャロンが起こす揉め事の八割……、九割以上は女性関係だ。借金もあるにはあるが、毒販売での報酬使って返済しているので揉め事はほとんど起きない。元を正せば、借金の理由は研究資金にあてるため、ひいてはグレッチェンのためなので口出しなどできない。


 なんにせよ、大事おおごとにならなければいいけど。

 困った人だと息を小さく吐き、開店準備を再開した。

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