BacK To Black (11)
(1)
その夜も終演後、客がはけ、舞台の片付けもほとんど終わったところでジョゼは団長の呼び出しを受けた。呼ばれるがまま、彼の後をついて屋外へ出ていく。
劇場代わりの巨大な天幕の裏側にはその三分の一の大きさにも満たない、小さな天幕――、もう一つの仕事のために用意された天幕があり、入り口の分厚い幕を捲り上げれば、中にはダブルサイズのベッドが用意されている。赤や紫の硝子製カンテラが作り出す光に染まった幕内は、いかにもな猥雑さを醸し出していた。
今夜の客はあれ、か。
ベッドに堂々と腰掛ける長身痩躯の男をちらりと見やる。
『ダンナ、あんたは随分お目が高い。こいつはまだ未成年だし東方の血が濃いけど、なかなかいいってよ。年??十四だよ』
揉み手で耳打ちする団長に、男はへらへら笑いながら、へぇ、とか、ほーおとか、適当に相槌を打っている。昔、サーカス団にいた金色の毛の猿みたいな顔だし、頭弱そうだなと思った。
だが、男のだらしない笑顔は、『どうぞごゆっくり』と言って、団長がこの場から離れようとした時、急に消えた。次いで、団長の姿も消えた。半瞬後、ドスン!と鈍い音。
『なぁなぁ、知ってるー??この国じゃ十五歳未満の未成年とヤるのは法律違反だってこと。あと、無認可での売春斡旋もー。移民だから知らなかった、とは言わせねぇぞ??お宅さん、一〇年以上この国ドサ回ってんだろぉ??』
男は団長を投げ飛ばした後、再びへらへら笑いながら床に組み敷いていた。
この一件が元で団長は逮捕され、サーカス団は解体(それが男の目的だった)、救貧院くらいしか行く当てのないジョゼを『あんなクソの掃きだめみたいな場所よりもうちのがよっぽどマシだと思うぜぇ??少なくとも、食う寝る着る住むの保障はしてやるしよぉ。お前さん、ガキんちょの面倒見るの得意みたいだしー、娼館に売られてきた見習いのガキんちょ達の世話してくんない??』と、男は拾い上げてくれた。
だから、ほんの礼のつもりで、ある夜男の私室に上がり込み、事に及ぼうとしたところ――
『悪ぃけど、俺さー、女にしか反応しねぇんだわぁー。いくらお前さんが下手な大人の女より美人で色気があろうと無理なもんは無理!!』
などと言いながら、結局自分を抱いた男は相当数いる。この男だって――、懲りずにベルトに手をかけたところで軽く捻り上げられ、あえなく阻止されてしまった。
『あのなぁー、俺、礼をさぁ、やらしー意味で身体で返すとかキライなんだわー。なんつーか、重いじゃん!』
『……重い??』
『一方的に搾取するようで楽しくも何ともないしー??ただでさえ男色の趣味ないのにさぁ、礼を受け取る代わりで男抱くなんて、苦行かよって感じぃ??』
余りの辛辣極まる物言いにジョゼはすっかり閉口してしまった。一周回って傷つきもしなければ腹も立たない。
しかし、言い方はともかく、今までジョゼと面と向かってまともに対話を試みる大人は誰一人いなかった。身近な大人と言えば、高圧的に命令する団長か、厭らしい目で見てくる客か、苛めや嫌がらせばかり繰り返す団員か。そもそも、見た目で蔑視されがちだったし、この国の人間、特に大人なんてそんなものだと悟りきっていたのに。
『大人から人間扱いされたの、初めてかも、ね』
『んんー??ナニそれ、どゆことぉ?!』
にやりと微苦笑するジョゼに男は目を白黒させている。ジョゼが激怒して部屋を出て行くとかを想定していたのだろうか。生憎、短気な質ではないし、差別的な態度やモノ扱いしない男がジョゼの目にはひどく新鮮に映った。
それからというもの、この男の仕事に役立てられるかもしれないから、と、十五歳を過ぎるとジョゼ自身の意思で男娼として働き出した。(男は決して良い顔しなかったが、結局押し切った)
同じ娼館で働く他の男娼達もサーカス団の団員達と違い、嫌がらせなどのくだらない足の引っ張り合いは一切せず、自分自身の魅力を磨き続ける努力しか興味ない個人主義者ばかりなのも気楽に思えたものだ。
何となくだが、この男――、ディヴィッドの後に、勝手についていきたくなった。
すぐ真後ろじゃない、姿を見失わない程度に距離を空けて。
(2)
グレッチェンが墓所でミルドレッドと遭遇したのと、時同じ頃。
机上に並べた自分のカードと、対戦者数名、ディーラー役のカードの数字を見比べる。手元のカードは、ダイヤとハートのエースに、スペードの6。
「ヒット」
片眼鏡を光らせ、静かに告げる。追加したカードを確認すると、ハルは僅かに口元を綻ばせた。
数字はハートのキング。上がりだ。
金に染めた髪をオールバックに流し、三つ揃えのダブルスーツ姿で紳士の風格漂わせた彼の隣では、旗装風にアレンジしたドレスを纏うジョゼが東方風パイプで気怠げに紫煙を燻らせている。
対戦者達は各々天を仰いだり、嘆息したり。ディーラーは苦い顔つきでハルの前に並ぶカードを一瞥した。
「また、私の勝ちですな」
普段の彼からは想像しがたい上品な口調は、話ながらもむずがゆくてたまらない。鳥肌が立ちそうだと思いながら、賭け金を受け取る。これで四連勝だが、正直金はどうでもいい。
カード賭博で遊ぶためだけにわざわざ貴重な安息日を潰し、上流紳士の変装までして此処――、クック・ロビンに潜入した訳ではない。
「ところで、Mr.モーティマーはこの店にまだいらっしゃらないのでしょうか」
これまた、普段の彼からは想像しがたい柔和な笑みでディーラーに尋ねれば、「さぁ、俺に訊かれてもね」と、随分素っ気ない返事が返ってきた。しかし、『モーティマー』という名に、ディーラーだけでなく対戦者全員の視線が泳いだのを、ハルは見逃さなかった。
ディヴィッドの調べによると、Mr.モーティマーとは、クック・ロビンで秘密裏に黒い仕事の仲介役をしていた男の名だ。しかも、客を装いつつ、実のところは店主だという。
キャラコや紅茶を生産する東の植民地に駐屯していた元陸軍士官、という噂があり、その噂が真実なら先日威嚇射撃してきたのは間違いなくその男だろう。全身傷だらけだったというハンプティ・ダンプティの証言も噂の信憑性を高めている。
「それは困りましたね。私は、彼に仲介を引き受けてもらいたい仕事があり、この店に足を運んだのですが」
「モーティマーさんはきまぐれだからね。いつでもこの店にいる訳じゃない。仮に店にいたとしても、引き受けるかどうかは気分次第だから」
「おや、おかしいですね。『安息日には必ずこの店にいる。仕事を依頼したい時は安息日に行くといい』という情報を頼って来たのですが」
本来の計画では、ハルとジョゼは偽の仕事を依頼するために一階の酒場にモーティマーを呼び出す。その間にディヴィッドが三階の客室、事務室、従業員休憩所に侵入、証拠を探す――、手筈だったが。(ちなみに二階はボクシング賭博や鼠狩り、闘鶏賭博専用部屋になっている)
「だから、俺は知らないって。どこのお貴族様か成金か知らないけど……」
「それとも、私に会わせたくない理由がおありなのでしょうか??」
ジョゼが煙を吐くのをぴたりと止める。
まだるっこしい問答を延々繰り広げていても埒があかない。
柔和な笑みを保ちながら、片眼鏡の奥で金色がかった濃緑の双眸に殺気を宿らせる。
静か且つ圧倒的な威圧感。始めは面白がって傍観していた対戦者達は、メデューサに石化されたかのように硬直し、ディーラーは声にならない呻きを喉で鳴らし、かたかたと震えていた。
紳士の振りなんて自分の性に合わない。シャロンはよくやってるな、と、どうでもいい感慨を覚えながら、椅子から腰を浮かせた時だった。
ハル達のテーブルから向かって斜め左奥の扉が開き、銃弾数発と轟音が店内に飛び込んできた。




