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灰かぶりの毒薬  作者: 青月クロエ
閑話②
69/110

酒の効能

大遅刻ですが、5/22のキスの日SSです。

(と言いつつ、昨年活動報告で上げたSSの再編集です。)

(1) 

 その晩、シャロンとグレッチェンはラカンターにて、店の売れ筋商品である男性用避妊具の実演販売を行っていた。


「――で、この先端の小袋を軽く撮んで……、って、皆さん、ちゃんと聞いていますか??」

   

  店の中央に置かれたテーブルで、グレッチェンは使用方法を淡々と事務的に説明している。

 対して、説明を受ける客達は気まずそうに顔を俯かせていくばかり。

  従業員のランスロットもあんぐりと口を開けているし、店主のハルですらカウンターの中で明後日の方向に顔を背け、煙草の煙を吹かしている。

 シャロンに至ってはカウンター席に座りながら両手で顔を覆い、頭を抱え込んでいた。


「おい、シャロン。仕事とはいえ、うら若い娘に何てことさせてやがるんだ」

「私も反対したんだ……。年頃の女性がするべき仕事じゃないと……」

「大方あいつのことだから、自分にもこの仕事をやらせろと言って聞かなかったんだろうが……。色んな意味で聞くに耐えねぇ。今すぐお前と交代させろ」

「……私も丁度そう考えていたところだ」


 言うやいなや、シャロンは即座に席を立った。


「グレッチェン、ここからは私が説明を引き継ぐから、君はカウンター席に戻りたまえ」

 この場に集う男達の、非常に微妙な心境に全く気付かないグレッチェンは、眉を潜めてシャロンを見返した。

「何故ですか??私の説明の仕方が下手だとでも??」

「いや、そういう訳ではないが……。やはり、君のような若い娘が仕事とはいえ、性に関する具体的な話を男性の前ではするべきでないかと……」

「仕事と割り切ってますから私は平気です」

「いや、君が良くてもだね……。説明を受ける側が何とも気まずい思いに駆られてしまうのだよ……」

「シャロン、まだるっこいしいぞ。あのな、グレッチェン。男ってのは大概助平な生き物だから、お前が説明することで余計な想像力――、それもお前のそういう場面の妄想を掻き立てられちまうんだよ」

「ハル!!」


 ハルが発した露骨すぎる言葉にシャロンはすぐに抗議の声を上げた。

 隣に佇むグレッチェンは顔をサーッと青ざめさせ、見る見るうちに顔全体のみならず耳や首筋まで真っ赤に染まっていく。


「まぁ……、その……。そういう訳だから……、交代してくれないかね」

「…………はい…………」


 ようやく納得してくれたグレッチェンに、シャロンは勿論のこと男達全員がホッと胸を撫で下ろした。

 しかし、グレッチェンは羞恥の余りに呆然自失となっている。


「グレッチェン、さっきは悪かったな。だが、いくら男装姿でいるからとはいえ、お前は女だという自覚をしっかり持っておけ」

「……はい……」

「まっ、こういう時は酒でも飲んで気を紛らわせるのが一番だ」


 よろよろとカウンター席に力無く腰掛けたグレッチェンに、ハルは苦笑しながらライトエールの瓶を手渡した。

 それは彼なりの気遣い、のつもりであった――、が――





 ――約十五分後――




「……ハル。お前……、グレッチェンに何を飲ませたんだ……」

「ライトエール一本だけだが」


 実演販売終了後、カウンター席に戻ってくるなり、シャロンは眉間に深い皺を寄せてハルに尋ねた。

 予想外の出来事にハルもやや困惑気味である。

   

 それもその筈。

 シャロンが席に座ると同時に、すっかり酔っ払って出来上がったグレッチェンが甘えるように寄り掛かってきたからだ。

   

 何とも幸せそうに目尻や頬、口元を緩め、シャロンの肩に頭を乗せてくるグレッチェンを見て、「へぇ、グレッチェンさんも可愛いとこあるんすねー」と揶揄うランスロットや、「シャロンさん、役得だねぇー」と一斉に囃し立てる客達を横目で軽く睨み付ける。


「ハル、彼らを何とかしろ」

「あ??知るか」

「元はと言えば、お前が……」

「いつも冷たくあしらわれてるんだから、おいしい思いが出来て良かったじゃねぇか」

「ちっとも良くないから言っているんだ」

「はぁ??いい歳して、しかも散々遊んでいる癖に何を童貞のガキみたいに狼狽えているんだか」

   

 わざと肩を竦め、話をまともに取り合おうとしないハルが腹立たしいこと極まりない。

 客達からの揶揄いの視線と言葉も、シャロンの人一倍高い気位にちくちく刺さってくる。

 グレッチェンはその全てを意に介さず、相変わらずシャロンの腕に自らの腕を絡めて呆けたように微笑んでいる。


「……帰る。釣りは要らない」


 シャロンは飲み代とチップをカウンターの上に置くと、半ば抱え込む形でグレッチェンを立たせた。

 睡魔にも襲われ始めているグレッチェンの足取りはふらふらと覚束なく、何とも危なっかしくて堪らない。

  この調子ではとてもじゃないが、彼女のアパートまで到底辿り着けそうにないだろう。


(……仕方ない、私の部屋へ連れ帰って寝かせるか……って、)


「おっと!」


 グレッチェンの膝が急にカクンと曲がり、転倒しかけるのを寸でのところで抱き留めた。

 完全に歩行が困難な状態に陥っている。

 シャロンは仕方なくグレッチェンを腕に抱きかかえ、ラカンターを後にしたのだった。







(2)


 ラカンターから薬屋までの帰路、約一〇分の間にグレッチェンはすっかり腕の中で眠りに落ちてしまっていた。

 

 いくら小柄で体重が軽くとも、成人女性を抱きかかえて二階まで運ぶのは線の細いシャロンには結構な重労働だった。

 グレッチェンをベッドに寝かせると床にへたり込むようにして腰を下ろす。


「……あぁ、疲れたな……」

   

  しばらくの間、シャロンは抱え込んだ膝に顏を埋めて休んでいた。

  傍のベッドからは、グレッチェンの静かな寝息が聞こえてくる。


  ふと、顔を上げてグレッチェンの寝顔を確認してみる。

  いつもの理知的さや愁いを帯びた表情はなく、すぅすぅと規則正しく寝息を立てる唇に自然と目がいった。

  小ぶりで形の良い薄い唇は、出会った頃のような青紫色ではなく、淡く綺麗な桃色へと変化している。


  思わず触れたくなり、そっと親指で下唇の輪郭をなぞってみる。

  その柔らかな感触に、もっと触れてみたいと言う欲がついつい顔を覗かせてしまう。

  けれども、ここまでにしておけという警告が脳内で喧しく騒ぎ立ててもいた。

   

  触れたい、触れてはいけない。


  相反する葛藤に、繰り返し頭も心も激しく翻弄される。


 

 葛藤の末、シャロンはグレッチェンの唇を掌で覆い、その上から自身の唇を落とした。



 我ながら何をしているんだか、と、自分自身に酷く呆れ、胸中で自嘲する。



「おやすみ、グレッチェン」


 夢の中の住人と化している、誰よりも愛おしい者の寝顔をもう一度だけ眺める。

 ベッドから少し離れた場所にある、海老茶色の合皮で作られた長椅子へとシャロンはその身を横たえた。 



(終)

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