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灰かぶりの毒薬  作者: 青月クロエ
Lies and Truth
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第五話

 程なくして、二人は店を出て行き、ある大衆酒場へと向かった。


 赤茶色の塗炭屋根と漆喰塗りの白壁、横長の造りをした一階建ての建物の玄関前には、『大衆酒場ラカンター』と書かれた立て看板が出されていた。


 シャロンが扉を開けると、少し枯れたような低い声の男が「いらっしゃい」と呼び掛ける。

「何だ、また来たのかよ」

「客に向かってその言い草はないだろう、ハル」

「あぁ、そういや、お前は客だったっけ」

「あのなぁ……」


 シャロンはカウンターの中で煙草を咥えている男――、ラカンターの店主、ハルと憎まれ口の応酬を交わしながら、カウンター席に腰掛ける。

「ん??今日はグレッチェンも一緒なのか。仕事が終わった後もシャロンのお守りとは……。ご苦労なこった」

 ハルの軽口に、グレッチェンは思わず苦笑を漏らした。


 ハルも三十を超えているが、気風が良く、端正な甘い顔立ちをしたジゴロ風の色男なので、シャロンと同じく女性からの人気が高かった。

 おまけに若い頃、シャロンが当時のハルの恋人に横恋慕し、その女性を賭けて白昼堂々乱闘騒ぎを起こした仲だったので、和解した現在でも二人の間には微妙な空気が張り付いている感は否めない。


「まぁまぁ、ボス。あんまりシャロンさんを苛めちゃ可哀想っすよー」

 赤毛と鳶色のどんぐり眼が特徴的な、やけに大柄な体格の青年ランスロットが、シャロンが注文したビールを片手に厨房の中から現れ、シャロンに瓶を手渡す。

「お待たせしました」

 今度は、銀髪とコバルトブルーの瞳をした、女性と見紛う線の細さと綺麗な顔立ちをした青年が現れ、グレッチェンにレモネードの瓶を手渡した。


「おや、新入りかね」

「はい、マリオンと言います。一か月前から、週に三日お手伝いに入らせてもらってます」

 マリオンと名乗った青年は、ハキハキとした、それでいて丁寧な言葉遣いでシャロンとグレッチェンに自己紹介をする。


「こいつ、中々可愛い奴だろ??見た目だけじゃなく、性格も稀に見る程、素直で純粋なんだぜ??」

 ハルが自慢げにマリオンを褒める姿が微笑ましくて、グレッチェンはついつい表情を緩めてクスリと笑う。


「ハル、お前、とうとう男色に目覚めたのか??」

「あぁ??俺は女にしか反応しないが??」


 三十過ぎた大人二人が、何て下らない会話を、と、グレッチェンは呆れ返りながら、成るべく会話を耳に入れないよう努めた。


  しばらくして、ランスロットとマリオンがカウンターの中から奥の部屋へ入っていく。

 すると、二人はそれぞれギターを腕に抱え、カウンターの右隣に設置された舞台へと上がった。これから、ランスロットとマリオンが二人でギター演奏を始めるようだった。


「グレッチェン、二人の演奏が聴きたいのだろう??どうせ閉店間際になるまで、ハルに例の話を切り出すことは出来ないのだから、それまでは君の好きなようにしていればいい」

「……ありがとうございます」

 グレッチェンはおずおずと席を立ち、二人の演奏を鑑賞するべく、舞台に近いテーブル席へと移動する。


「グレッチェンも大分変わってきたな」

 姿勢よく椅子に腰掛け、少しずつレモネードを口に含みながら演奏を聴き入るグレッチェンの横顔を、シャロンと共にカウンターから眺めていたハルがしみじみと呟く。

「九年前、卒業を目前に控えていたにも関わらず、突如大学を辞めたお前と一緒にこの街にやって来た時なんて、悲惨な状態だったが……」


 シャロンは当時のグレッチェンを思い返してみる。


 病的なまでに痩せこけた身体、青白いを通り越して土気色した顔色、血の気のない青紫色の唇、死んだ魚のように虚ろで茫洋とした瞳。腰まで伸び切った髪は、本来のアッシュブロンドの艶が一切なく、灰色味ばかりが異様に強かった。

 それはまるで、大量の灰を頭から被ったかのようだったし、何より彼女の本名は『アッシュ』だった。


『私が生まれたせいで母は死にました。だから、お父様とお姉様から憎まれるのも当然なんです』


 高熱に魘されながら、息も絶え絶えに何度となくそう繰り返す度に、『アッシュ、それは違う。君は何も悪くない。悪くないから……!』と、小さな掌を握りしめて、一晩中言い聞かせたものだ。


(……おっと、感傷に浸っている場合じゃないぞ)


 今日はラカンターにしては珍しく、客の入りが少ない。

 テーブル席にはグレッチェンの他に二人、それぞれ隅の方の席で一人静かに酒を飲んでいる。更に、カウンター席にはシャロン以外、誰も座っていない。


 これならば、閉店間際まで待たなくてもハルから情報を聞き出すことが出来るだろう。


「ハル。今日はお前に聞きたいことがあって、ラカンターに来た」

「……だろうな。グレッチェンがついてきたってことは、そうだと思ったぜ」


 おどけたように眉を擡げるハルに、シャロンは四つ折りに畳んだ紙切れをベストの胸ポケットからスッと出し、手早く渡す。

 ハルは紙の文面に一通り目を通すと、「シャロン、書くものを何か貸してくれ」とペンを借り、渡された紙に情報を書き足した後、シャロンの手の中に押し込む。

 紙を広げ、内容を確認する内に、シャロンの顔付きが徐々に険しいものに変化していく。


「そういうことだ。あいつは正真正銘の屑だから、煮るなり焼くなり好きにしろ」

「…………」 


 ハルは咥えていた煙草を指に挟んで口から離すと、わざとシャロンの顔に吹きかけるように煙を吐き出したのだった。

前作「争いの街」の男衆をさりげなく出してみたと言う……。

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