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灰かぶりの毒薬  作者: 青月クロエ
閑話①
33/110

スウィート&スウィート(前編)

本編より九年前。

アッシュ(ロリグレッチェン)×若シャロンとの、ほのぼのSSです。

前後編で、それぞれ一話完結。

 扉を叩く音と「失礼致します」という声掛けと共に、紅茶のカップと菓子が乗せられたトレーを手に、初老のメイドが部屋の中へと入って来る。

 カンテラの灯りを頼りに医学書を読み耽っていたシャロンは、本から顔を上げると同時に、またか、と、思わず眉を顰めそうになるのを堪え、代わりに「ありがとうございます。こんな夜更けにお仕事ご苦労様ですね」と、メイドに労いの言葉を掛けながら微笑んでみせた。

 メイドは返事を返す代わりに軽く頭を下げ、机の上にトレーを乗せると速やかに部屋から立ち去って行った。途端に、わざとらしいくらいに大きく溜め息を吐き出してみせる。

 シャロンが溜め息をついた理由――、それはメイドに対してのものではなく、机の上の菓子――、もっと言えば、「甘い物は脳を活性化させるから勉強が捗るに違いない」と主張して止まず、毎晩のように夜食としてメイドに菓子を運ばせる、彼の婚約者マーガレットに対してのものであった。

 マーガレットなりの気遣いだという事は充分に理解している。

 しかし、甘い物を食べることが脳の活性化に繋がるなど、医学的に実証されている訳ではなく、単純に彼女の趣味嗜好に寄るものだろう。医学を専門に学んでいる者から言わせれば、何の根拠もない、単なるデマでしかない。

 更に言わせてもらうと、シャロンは甘い物が苦手だった。

 ティータイム時に出される菓子ですら少々無理をして食べている身としては、夜食にまで甘い物が出て来るとなると正直な話、うんざりしてしまうのだ。

 だが、一度、マーガレットにそれとなく「甘い物が苦手だから、夜食を菓子にするのは勘弁して欲しい」と言う旨を、言葉に何層ものオブラートで包み、物凄く柔らかく伝えてみたところ、たちまち怒髪天を突く勢いで怒り狂い、あわや婚約破棄までされかけた為、それ以上は何も言えなくなってしまったのだった。

 小皿の上の菓子をちらりと一瞥する。

色鮮やかな桃色と黄色のスポンジを交互に、三×三の九つに並べてジャムで張り合わせ、その周りをマジパンで包んだ四角形のお菓子、チャーチウィンドウケーキだ。

ステンドグラスのような見た目からして、いかにも女、子供が喜びそうだな……、と思った瞬間、名案が閃いた。

 

 あの痩せっぽっちの、小さな灰かぶり姫に持っていってあげようか。


 あれくらいの年頃の少女なら甘い物が好きに違いないだろうし、自分が嫌々ながら無理矢理胃に流し込むより、喜んでくれるだろう者に食べてもらう方が断然良いに決まっている。

 丁度、そろそろ少女の部屋を訪れる時間だ。

 椅子から立ち上がったシャロンはカンテラの灯りを落とした後、本と辞書数冊と小皿を手に、 自室から少女の部屋へと向かったのだった。



 いつものように、部屋の前で少女の名を呼ぶ。すぐに扉が開き、中から灰色の髪と瞳をした、浮浪孤児と見紛う程に痩せ細った少女がひょっこりと顔を覗かせた。

 シャロンは少女ににっこりと優しく笑い掛ける。

「アッシュ。今日は君に良い物を持ってきたんだ」

「良い物……、ですか??」

 不思議そうにシャロンの顔を見つめる少女と共に、天涯付きの広いベッドの上で並んで腰掛けると、シャロンは小皿を少女に差し出した。

 ところが、シャロンの予想に反し、少女は喜ぶどころか明らかに戸惑ったように皿の上のケーキとシャロンとを何度も何度も見比べている。

 もしかして甘い物は嫌いだったのか、と、尋ねようとした時だった。

「……シャロンさん、この食べ物は一体何なのですか??お皿の上に乗っているということは、食べ物……、ですよね??私、こんな綺麗な色の食べ物を生まれて初めて見ました」

 少女の、上流階級の娘とは到底思えない発言に、シャロンは一瞬返答に詰まるも、即座に答えた。

「これは……、チャーチウィンドウケーキという菓子だよ。食べたことがなかったのかい??」

「はい。そもそもお菓子というもの自体、実物を見るのが初めてなんです。でも、本に書いてある通り、お菓子って本当に可愛らしい見た目をしているんですね。何だか食べるのが勿体ない気がします」

 少女は皿を下に下げて上から覗き込み、ケーキの形状や色合いをじっくりと観察し始める。

 ケーキに興味津々な少女を尻目に、好き嫌い以前に食べたことすらないなんて……、とシャロンはまたしてもこの少女から強い衝撃を受けてしまっていた。しかし、そんな自身の暗い気持ちを振り払うべく、シャロンはわざとからかうような軽い口調で少女に問い掛けた。

「アッシュ。食べるのが惜しくなる気持ちは分からないでもない。でも、君の、誰よりも旺盛な知的好奇心を完全に満たすには是非とも食べてみるべきじゃないか??フォークとナイフは用意していないが、別に手掴みで食べたって、私は一々はしたないなどと咎めたりはしないよ」

「んー……、そうですね……」

 少女はしばらくの間躊躇っていたが、やがておずおずとケーキを手で掴み、一欠けらだけ千切って恐る恐る口に含むと、ゆっくりと咀嚼してみせる。

「お味の程はどうだね??」

 少女がゴクンと欠片を飲み込むのを確認すると、シャロンは感想を求めた。

「……お、美味しい、です……」

「そうか、それは良かったよ」

「あの……」

  小さな子供がはにかむように、少女は胸の前で合わせた両手のみならす、全身をもじもじと捩りながら、「……一口だけじゃなくて……、もう少しだけ食べてもいいですか……??」と、どこか甘えを含んだ声色で尋ねてきた。

 年齢以上に幼く愛らしい少女の仕草に、シャロンは思わず噴き出しそうになるのを堪えながら、「これは君のために持ってきたものだから、もう少しだけと言わずに全部食べればいい」と答える。

 すると何を思ったのか、少女は小さなケーキを更に半分に分けるとシャロンに手渡してきたのだ。

「いいえ、美味しい物を独り占めするのはいけないことですし、折角ですからシャロンさんも食べて下さい」

 いつになく嬉しそうな様子の、それでもぎこちない、少女の精一杯の笑顔を曇らせたくはない。

 仕方ないなぁ、と思いつつ、手渡されたケーキの欠片を口に放り込む。

(……ん??……)

 苦手なはずの、スポンジのもさもさした食感や甘ったるい味が何故か美味いと感じる。

(……不思議なことがあるものだな……)

 欠片を咀嚼しながら、シャロンはしきりに首を傾げていたのだった。

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