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灰かぶりの毒薬  作者: 青月クロエ
煩悩コントロール
27/110

煩悩コントロール(11)

(1)

 シャロンとグレッチェンは会場内で人とすれ違う度に声を掛けられ、挨拶と自己紹介及び、ちょっとした世間話に興じていた。とは言っても、話をするのは主にシャロンで、グレッチェンは努めて笑顔で相槌を打っているのみだったが。

 グレッチェンは人の多い場所や、仕事以外で知らない人間と会話を交わすのが苦手な質で、取り分け上流の者は父と姉を想起するからか、苦手を通り越して軽く恐怖すら覚える程だった。しかし、シャロンに恥をかかせたくない一心で、無理矢理に硬い表情筋と口角をいつもより上げ、明るい笑顔を浮かべていた。

「グレッチェン、疲れていないか??暑いから喉も乾いているだろう。何か飲み物を取りに行ってくるよ」

 いつもならばすげなく断るところだが、慣れない場所、慣れない服装、苦手とする人々との会話に正直疲れていたグレッチェンは素直に頷き、壁際に寄るとシャロンが戻ってくるのを待った。

 ところが、しばらく待ってみてもシャロンはグレッチェンの元へ戻ってこない。

 また誰かに話し掛けられでもして足止めを食っているのかしら、と、思っていると、一人の男性がグレッチェンに声を掛けてきたのだ。

 年はグレッチェンと同じ頃、二十歳前後といったところか。金糸を思わせる美しいブロンドと、鳶色の瞳が印象的な上品そうな青年である。

「失礼。不躾は承知の上で、貴女の知的で楚々とした美貌につい目を奪われてしまいまして……。少しだけでもお話できればと思い、お声を掛けさせて頂きました」

「……はぁ……」

 口調こそ丁寧であれど、明らかに口説かれている。さすがにその手のことに疎いグレッチェンでも、すぐに気付いた。けれど、シャロンやハルがからかい半分で口説いてくるのとは違い、見ず知らずの人間をどうあしらっていいのかなど、初なグレッチェンには知る由もない。

「すみません、お気持ちは大変嬉しく思うのですが……、連れがそろそろ戻ってくるかと思いますので……」

 かろうじて絞り出した断り文句を聞いたにも関わらず、青年は余裕そうに笑っている。

「貴女のパートナーなら、先程からレディ・キャロラインとご一緒していますよ。ほら、あそこをご覧ください」

 青年が視線で指し示した方向を注視してみる。いた。

 青年の言葉通り、シャロンはアッシュブロンドの豊満な体格の美女ーー、キャロラインに伴われ、挨拶回りを行っていたのだ。

 恐らく、グレッチェンの飲み物を取りに行く途中でキャロラインに捕まってしまったのだろう。主催者の娘に誘われた以上、いくらあしらいの上手いシャロンでも無下にすることはできない。

「レディ・キャロラインは一度気に入った男性を、飽きるまで離そうとしませんからねぇ」

「…………」

 シャロンが当分自分の元へ戻ってこれない以上、青年の誘いを断る口実も消えてしまう。複雑な心境をどうにか抑えつけながら、グレッチェンは仕方なく青年のとりとめのないお喋りに付き合う羽目になってしまったのだった。


(2)

 グレッチェンへの飲み物を取りに行く途中、シャロンはキャロラインと出くわしてしまった。

「あら、マクレガーさん。ごきげんよう」

「これはこれは、レディ・キャロライン。今宵は一段とお美しいですね」

 キャロラインは、淡いクリーム色を基調とした生地で、グレッチェンと同じく全体に小花模様が散りばめられた円筒状のドレスを纏っている。ただし、小花模様と、胸元からオーバースカートに流れるひだ飾りは目が覚めるような見事な赤色で、彼女の艶やかな美貌にふさわしい派手な作りだった。

「マクレガーさんと、あのレディ、えぇと名は何だったか忘れてしまったけど……、会場に集まった人々の間で噂になっていますわ。特にレディの方……、あの見目麗しいご令嬢は一体どこの誰だと」

 キャロラインは表情こそ笑顔を保っているが、目はちっとも笑っていない。予想以上に、グレッチェンが美しい女性だったことが面白くないようだ。女というものは実に浅ましいものである。自分よりも容姿が劣るものは蔑み、勝っていれば嫉妬心を燃やす。

 だが、すぐに気持ちを切り替えたのか、キャロラインは科を作りながら、上目遣いでシャロンにこう懇願してきたのだ。

「そのご令嬢とお話したがっている方々が何人かいらっしゃるみたい。せっかくだから、彼らにも彼女と接する機会を与えてあげたいと思って。それに、私、今夜は特定のパートナーがいなくて……。マクレガーさんに挨拶周りをぜひご一緒していただきたいの。いいでしょ??」

 言うやいなや、絶対に逃さないとばかりにシャロンの腕に自身の腕をねっとりと絡ませ、キャロラインは半ば強引にシャロンを連れ立っていった。

 エメリッヒ家主催の夜会ではなく、他の場であればシャロンはきっぱりと断りを入れただろうが、今夜はそういう訳にはいかない。心の中でグレッチェンを一人にしてしまうことにひどく申し訳なく思いながら、または少しでも早くキャロラインが自分を解放してくれることを祈りつつ、爽やかな作り笑いを顔に張り付かせ、シャロンは辛抱強くキャロラインに付き従っていた。

「キャロライン、そちらの方は??」

 消え入りそうな小さく細い声に反応し、シャロンが振り向くと、そこには見覚えのある女性ーー、キャロラインの姉クラリッサがワイングラスを片手に佇んでいた。

「あら、お姉様ってば、いつから会場にいたの??」

 どことなく冷たい響きを持つ声で、キャロラインはクラリッサに話し掛ける。

「……いつからって……。最初からいたわ……。さっきだって、お母様と一緒にいたところに、貴女通りかかったじゃない……」

「そうだったかしら??全然気づかなかったわぁ。それよりも、またそんな地味なドレスなんか着て」

 嫌な含み笑いをそれとなく浮かべる妹に、クラリッサは一瞬だけ僅かに眉根を寄せ、怒りの表情を垣間見せた。

 ちなみにクラリッサが纏っているのは、金褐色の生地のオーバースカートに黒地のマーメイドラインのアンダースカート、胸元からスカートのドレープ部分には薄い黒レースのひだ飾りがあしらわれていて、決して地味な衣装ではない。

 つまり、キャロラインは『貴女がどんなドレスを着ようと、地味なことには変わりない』と暗に言いたいのだ。

 姉妹の仲の悪さをまざまざと見せつけられたシャロンは内心うんざりし、一刻も早くグレッチェンの元へ帰してくれないだろうか、と天を仰いでいた。そんな彼の心中など知らない姉妹の間には、今にも一触即発となりそうな緊張感が張りつめている。

 だが、自分の方が年上だからか、クラリッサはフッと弱々しげな笑顔を先に見せ、「……そうね。キャロラインの言うように、私も流行のポンパドゥール風ドレスにすれば良かったかも……」と、折れてみせたのだ。そして、キャロラインがまた何か嫌味を言う前に、「暑いから喉が渇いているでしょう??この赤ワイン、まだ手を付けていないから、貴女に差し上げるわ」と、手にしていたワインをキャロラインに差し出す。


 その時、シャロンの中でふと悪い予感が頭を過った。


 グレッチェンの毒は、彼女の血液だから当然赤い色をしている。



 もしかして……




 キャロラインは、クラリッサから受け取ったワイングラスに口を付けようとしている。それを止めようと、シャロンはキャロラインからグラスを奪おうとしたーー




 パシャッ!!




「あら、ごめんなさい、お姉様。手が滑ったわ」

 キャロラインはワインを飲むと見せ掛け、クラリッサのドレスにグラスの中身をわざと引っかけたのだった。

「大変だわ。ドレスが染みになってしまうから、すぐに使用人に着替えさせてもらわなきゃ!」

 キャロラインは呆然とするクラリッサとシャロンを尻目に、適当なメイドに声を掛け、クラリッサを着替えさせるように命じた。

 青ざめた顔色でわなわなと唇を震わせ、すっかり言葉を失くしたまま、引きずられるようにして会場を連れ出されるクラリッサの後ろ姿。それを見送っていたキャロラインの淡いグレーの瞳は、傲慢で冷酷な女王を思わせる、冴え冴えとした冷たさを湛えていたのだった。

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