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灰かぶりの毒薬  作者: 青月クロエ
Lies and Truth
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第十五話

 流し台の隣に置かれた暖炉に石炭をくべ、火を熾す。

 音もなく静かに燃え上がる炎をじっと眺めながら、シャロンは過去に思いを馳せていた――。





 九年前――、実の父でありながら、レズモンド博士からの人道に外れた虐待を受け続けたことにより、血液を始めとする体液が毒物と化してしまった哀れな少女アッシュ。

 そのアッシュの特異体質を調査するべく、不本意ながらもシャロンは博士の「実験」を手伝う羽目になってしまった。


 博士とシャロンはアッシュの体液を採取した後、どこからか連れてきた下層民を使い、何度となく毒性反応を調べた。


 何人もの命を犠牲にした数々の実験で分かったこと――


 アッシュの血液は皮膚に触れるだけなら無害だが、口に含む等して体内に取り込むとたちまち死に至る。

 一ccに満たないごく僅かな量の血液を直接口にしても、食べ物や飲み物に混ぜても殺傷能力は変わらなかった。


 更に驚くべきことだが――、アッシュの血液に含有される毒で死んだ者達の身体を解剖した結果――、毒性反応が全くと言っていい程検出されなかったのだ。

 皮膚、髪、粘膜、血管、内臓、体内に残された老廃物や体液、全てくまなく調べ尽くしても何も出てこなかった。


 これにはレズモンド博士もシャロンも首を捻るばかりであった。

 確実に人を殺傷できるばかりか、証拠も残らない毒など常識では有り得ない、と。


『こうなったら、アッシュ自身を解剖して調べてみようか』


 身の毛もよだつ、残虐な悪魔のような博士の言葉にシャロンは当然の如く猛反対した。

 二人は激しい口論を繰り広げた末、博士はシャロンにマーガレットとの婚約は解消、即刻屋敷から出て行くように言い渡したのだった。


 しかしその夜、人々が寝静まった真夜中に原因不明の火事が発生、屋敷は全焼。

 レズモンド博士と娘マーガレット、その他屋敷で働く使用人の多くが燃え盛る炎の中で命を落としてしまったのだ。

 屋敷を出て行く準備の最中だったシャロンは火事にいち早く気付き、アッシュを連れ出して無事に逃げ延びた――



 それと言うのも、屋敷に火を放ったのは他でもない、シャロンとアッシュだったからだ――



 博士の魔の手から、アッシュの身を守りたいがための、苦渋の決断であった。




 火事で焼け出されたことがきっかけで、アッシュの存在は初めてレズモンド家の親族に知れ渡ったものの、彼らは彼女の処遇をどうすべきか、ほとほと頭を悩ませた。

 博士直系の血筋であれど、彼女の存在を世間に公表することにより、まことしやかに囁かれていた良からぬ噂は真実だったと認めざるを得なくなる。


 家名に傷を付けたくない一心の親族達が出した結論――、アッシュを秘密裏に精神病院に送り込み、これまで通り存在を世間に隠し通す、ということだった。


 誰も彼もが世間体と我が身の保身しか顧みず、哀れな灰かぶり姫に手を差し伸べようとしない様子に、シャロンは心底失望と憤りを覚えた。

 だから、アッシュを自分に引き取らせて欲しいと願い出たのだ。


 駄目で元々、一蹴されることを承知での申し出だったが、意外にも親族はあっさり承諾してくれた。

 恐らくは体の良い厄介払いが出来るからだろう。

 ただし、しっかりとシャロンとアッシュの双方に幾つか交換条件を付けての上でだったが。


 アッシュへの条件は、名を変え、レズモンド家の娘であることは忘れて別の人間として生きること。

 シャロンへの条件は、アッシュの素性を他者に決して口外しないことと、大学を辞めて故郷であるこの街へ帰ること。


 一晩悩んだ末にシャロンはこの条件を飲み、アッシュ改め、グレッチェンと共にこの街へ戻った。

 そして家業の薬屋の跡を継ぎ、現在に至る。


 自分の為にシャロンが手を汚しただけでなく夢も未来も捨てたことに、グレッチェンは責任を感じているが、シャロン自身は不思議と後悔などしていなかった。

 もしもあの時、博士の指示に従い、彼と共にグレッチェンを解剖などしていたら、人の姿をした悪魔に成り下がってしまっていただろう。

 そんな者に、医者となったところで命を救う資格などある筈がない。


 ところが、研究の為に集めている書物はどれも手に入り辛い貴重なもので高値だからーー、自分に関わるもののお金は自分で工面したいーー、と、シャロンの反対を押し切り、グレッチェンは自分の血液を使った毒を売ることを始めてしまったのだ。

 グレッチェンを救うつもりで始めた研究が、新たに彼女を苦しめる材料となってしまっている。

 結局、自分は未だに彼女を真に救えてなどいないじゃないか!!



 カタカタ、カタカタカタ……



 暖炉で温めていた薬缶の蓋が、沸騰した湯の圧によって持ち上がり、けたたましく音を立てる。


 どうにもならないことを考えるのはやめにしよう。


 それよりも、彼女が少しでも心地良く眠れるよう、温かいお茶を用意してあげよう。



 シャロンは軽く溜め息を吐くと、薬缶の湯をティーポットの中へ注いでいったのだった。

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