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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
二、取り換えっこ
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2

「マーヤ、お菓子なんて用意して下さらなくていいのよ?」

「いいえ、お菓子は必ず必要です。あたし、イザラシャ様とお菓子を食べながらお話するのがとても楽しいんです。楽しみを奪われたら悲しくて生きていけません」

 冗談を交えてそう言うと、イザラシャはくすくすと笑いながらお菓子はを手に取り、口にした。

「そうですね、私もマーヤと話すのはとても楽しいわ」

 にこやかに微笑む彼女に、マーヤは話を始めた。

 最近の出来事や流行りの物。近くで起きた事件や近所の人の結婚話まで、色々な世間話を聞かせた。

「あ、そういえばイザラシャ様、もうすぐ真珠が流行りそうです」

「真珠?」

「はい。西の国にある小さなゴサという村で、今真珠がよくとれるそうですよ。西の国の王様も巨額の投資をしたみたいで、今あちらの地方はその噂で持ちきりです」

 海に面したその国ではずっと海が荒れて景気が悪く、民も困っていたという。真珠を手にいれ、さぞ喜んでいる事だろう。その村では光を凝縮させたような眩い真珠が取れるのだという。

「真珠を粉にして飲めばどんな万病にも効く、という噂も流れているようです」

「よく知っているのね」

「遠方の西地方を商売する商人が以前来たときに話していたのです。真珠を粉にして飲む、というのは宛にはなりませんが、真珠が取れる、というのは間違いないようです」

 マーヤの話にイザラシャは満足そうに微笑んだ。

 イザラシャにはいつもこんな他愛ない話をしているが、彼女は常に何かを得たような顔をする。これもマーヤの仕事の一つだ。商品はなにもガラスや陶器だけではない。情報も商品の一つだ。

「あなたはいつも異国の話をすると、すごく楽しそうな顔をするのね」

「あたし、商団を引き連れて色々な国を回るのが夢なんです」

 笑顔でそう答えると、イザラシャは珍しく間を置いて、小さな声で答えた。

「……そう」 

「イザラシャ様?」

「あ、いえ。なんでもありません。気にしないで」

 少し気になって声をかけると、彼女はそう言って笑顔で返した。

「そういえば、西の方では貴族がこぞって真珠風呂に入るそうです」

 こちらも気を取り直して話の続きを始める。

「真珠風呂?」

「以前はジャスミン風呂が流行りましたよね。ジャスミンは香りがとても良くて人気がありましたが、今回の真珠風呂は肌がとてもなめらかになるとかで、多くの女性が支持しているそうです」

 貴婦人達は美容にうるさい。甘い香りの香を焚いてみたり、髪を艶やかにしてくれる樹液など、色々なものを試したがる。

 そして、美容にもうるさいが、流行にもとことん気にするのだ。あらかじめ流行しそうなものを貴婦人に教えるのも高い情報だ。

「そうなの。それは面白いわね。私も今度試してみますね」

「是非どうぞ。肌を白くさせてくれるようです」

 砂漠が広がる土地に都市を築いたサーハルジア王国は日焼けもしやすい。マーヤは元々の体質のせいか日焼けをしても色が黒くなることはないが、この国で出会う人は皆、褐色の肌をしている。目の前にいるイザラシャも綺麗な黒髪に褐色の肌だ。

 それからいくつかの話を終え、お菓子も食べ終わるとイザラシャは腰を上げた。

「貴重なお話ありがとう。時間もあるし、私はそろそろ失礼しようかしら」

 イザラシャはいつも少し話をしてすぐに帰ってしまう。よっぽど忙しい方なのだろうか。話をしてすぐに帰る時や、商品をいくつか買って帰る時もある。今回はすぐに帰るようだ。

「では外までお送りいたします」

 イザラシャが立ち上がると同時にマーヤも立ち上がり、部屋の入口の垂れ幕を手で抑えて彼女を通路へ通す。

 そのまま斜め後ろでついていき、主な取引をする店内を通り過ぎ──ようとして、イザラシャはふと立ち止まる。 

 その視線の先を見てみると、取引した商品の整理をしているアスランがいた。

「どうかされましたか?」

「あ、いえ。見覚えのある方がいらっしゃるからびっくりしてしまいました」

 知り合いなのだろうか。それともどこかで顔だけ見た事があるのだろうか。イザラシャは再び歩き始め、外で待機していた付き人と合流する。

「それじゃあマーヤ、また来るわね」

「はい。お気をつけて」

 イザラシャが帰路へ行くのを見送っていると、ジーナがこちらへ歩いてきた。

「お嬢様、お菓子がなくなりました」

「え、もうないの? 早いわね」

 お菓子はいつもマーヤが行きつけの店で買う。だからお菓子がなくなると、使用人ではなく、マーヤ自ら買いにいくのだ。

「あと、ダガが少し休憩をとりたいそうです」

「わかったわ。じゃあアスランは私と買い物に行くから、ダガに休憩をとるように言って」

 もうかなりの高齢であるダガは、少しずつ休憩をとらないと疲れてしまう。

 だが、商売の腕はマーヤが尊敬するほど良く、彼の右に並ぶ者はいないと言われている。彼は交渉術も目利きも、すべて優れているのだ。長年の経験の差もあるが、マーヤはいつかダガみたいな優れた商人になりたいと願っている。

「あ、お嬢様!」

 取引を終えたお客を見送り終わった青年──セタがこちらへ小走りしてきた。

「どうしたの?」

「明後日、中央広場で西地方の商団が市場を出すそうです」

「じゃあ珍しいものもたくさん売り出されるのよね。それは気になるわ……」

 西地方でしか手に入らない品々もたくさん入っているのだろう。

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