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「ジーナ」
店の奥にある自分の部屋で、マーヤは掃除をしているジーナに声をかけた。
「おかしいわ。酒が五、ガラスが三、木が四……、他にも色々と欠陥品が混ざってるのよ」
机に広げた帳簿を見つめながらマーヤは大きなため息をつきながら言った。
「欠陥品、ですか?」
「そうよ。質の良いとされる物が、似たような材質の物に変えられてるの」
酒では高価な材料でつくられた物が、酒瓶だけが本物で、中身は水で調理酒を薄めたものに変わっていた。ガラスや木はそこらで売っている安価で買えるものだ。ガラスの透明度も、木材の滑らかな模様もなにもない。
「やっぱり、誰かが品物を取り替えているのよ」
いつからだろう。気づかなかった自分が恨めしい。もっと早く気づいていれば被害はなかったのだ。しかし、売る際にはきちんと点検しているので、違う品物を売っていることはないが、それにしても自分の店から商品が消えるのは気分の良いことではない。
「取り替えた、という事は、元の品物はどこでしょう?」
「そうね。売ってお金にしたかったんじゃないかしら……。」
わざわざ色々な商品を模造品に取り替えているなんて、きっとお金にする為だろう。元の品物の価値を知っていて、どれくらいで売れるかきtんと判断がつかなければ売りにも出せない。
「でも誰が……」
「泥棒、でしょうか?」
「でも、外からの侵入は困難なはずよ」
この建物の周りは高い塀で囲まれている。更に塀の先には崖のような場所がいくつもある。外からわざわざ侵入してくる人は、かなり盗みに慣れている者でなくてはほぼ不可能だ。
マーヤの店がたとえこの辺りで指折りの店だからと言って、気軽に盗みに入れる立地ではない。
「それに、少しずつ物を入れ替えているなら何度も出入りしなくちゃならないもの。外から侵入するなんて、そんな大変な事をするかしら」
一気に取り替えてはさずがに見つかる可能性が高い。あんなにたくさんの品を取り替えるには、きっと一日では無理だろう。何日もかけて気づかないうちに少しずつ。
だが、それは侵入するならばどれほどの労力がかかることか。
「……内部の人間の仕業、という事ですか?」
「かもね。だけど、まだ確信が持てないわ」
自分の店の従業員なんて疑いたくない。全員の性格を知っているし、誰も盗みなんて出来る様な人物ではない。
「ここの従業員に盗みなんて出来るわけありませんよ」
「あたしもそう思ってるわ」
人が良くて、優しくて、皆で楽しく騒いで仕事をこなす、陽気な人ばかりだ。何年もこの店で働いてきた彼らをマーヤは知っている。
マーヤはジーナの言葉に何度も頷いて同意をしめす。
ジーナは、だけど、と続けた。
「一人だけ怪しい人がいます」
「え、誰?」
「今日入ってきた、あの男です」
「……アスラン?」
確かによくは知らない──というか先程会ったばかりだ。ジーナのいうように確かに一番怪しいのはアスランに違いないだろう。──しかし。
「でもジーナ、アスランには無理じゃない? だって彼はさっき来たのよ? どうやって取り替えるのよ」
「それは……」
やはりアスランが犯人というのは些か苦しい見解だ。たとえ彼がまだ信用できないとしても、倉に入って品物を取り替えるなんて出来ないだろう。
「で、でも、あの男は怪しいです。何か隠しているのは確かです」
「そうなの?」
こんなにムキになるジーナは珍しい。それだけ彼が疑わしい様に見えるのだろうか。なにがそんなに気になるのかジーナに尋ねると、彼女は拳を握って力説を始めた。
「あの男、いくら使っても愚痴をひとつも溢さないんです。しかもありがとう、ってお礼まで! 私を馬鹿にしているの?」
憤慨しながらそういうジーナに、マーヤは大きくため息をついた。
──彼の良さが気に入らないだけじゃないの。
「あのねえ、ジーナ……」
理不尽な事を言う彼女を注意しようと口を開くと、ミアが部屋に入ってきた。
「お嬢様、イザラシャ様がお越しです」
「わかったわ。奥の部屋へお通しして」
はい、と言ってミアはすぐに部屋を出ていく。まだまだ力説したりないジーナの話を軽く流して、マーヤも帳簿を片付ける。
「ジーナ、すぐにお菓子と飲み物を」
「はい、お嬢様」
マーヤはそう命じてすぐにお得意様専用の部屋へと向かった。
イザラシャはよくここに来てくれる常連客の一人で、少し足が悪いため、楽な体制で話せる静かな部屋へといつも案内しているのだ。
通路を抜けて、すぐに部屋にたどり着く。扉のかわりに付けられた幾つもの幕を潜り、小さなソファの上に座る、中年の女性がいた。
「いらっしゃいませ、イザラシャ様」
入口で一度深く頭を垂れ、すぐにイザラシャの向かいに自分も腰をかけた。
「こんにちは、マーヤ。今日もお話を聞かせて下さる?」
人の良さそうな笑みを浮かべ、ゆっくりとした口調で話すイザラシャに、マーヤも微笑みながら頷いた。
「もちろんです」
「そう、嬉しいわ」
にこにこしながらそう言うイザラシャの、この雰囲気がマーヤはとても好きだ。
早くに母親を亡くしたせいか、あまり母親というものがよくわからないが、イザラシャを見ているとなんだか落ち着く。母親とはこんな様な存在なのかもしれない。
そんな事を考えていると、失礼します、と声をかけて、ジーナがお盆にお茶とお菓子を乗せて運んできた。
「まあ、そんな気づかいいらないのに」
ジーナは中央に置かれた正方形の机にお茶とお菓子を置き、すぐに部屋を出ていった。