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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
一、突然の結婚
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6

「だが、その若者がいて良かったな」

 後方に立つアスランに目を向けて言うコムルに、マーヤは微笑んだ。

「本当にそう。あのアサムの息子ってば私に手をあげようとしたんですから」

「何事もなくて良かった」

 安堵の息をついたコムルは立ち上がり、マーヤの肩に軽く手をおく。

「ではもう行く」

「どうもありがとうコムル様」

 代金を渡しながらマーヤは口元を緩ませた。

 今のにこやかな笑顔は営業用の作り笑いではない。本当に信用している者に送る最大級の笑顔を彼に向けた。


    ***


「いい? 仕事はね、ぜーんぶダガに聞いて」

 自分の隣に立つ痩せた小さな老人を手で差して、マーヤはアスランに言った。

 ダガと呼ばれた老人は人の良さそうな笑顔を向けて挨拶する。

「まあわからん事があったら何でも聞いて下され。この老いぼれが出来る限りの事をいたしましょう」

「こちらこそ。世話になる」

 まずは、と早速仕事内容を教えていくダガに、アスランはうんうん頷きながら後をついていく。

 そんな二人の背中を見送り、さて自分も仕事をするかと意気込むと、後ろから足音が聞こえた。

「お嬢さま!」

 やってきたのは少々夢見がちだが働き者の少女――ミアだ。

「どうかしたの?」

 ミアの顔は、宝箱から溢れた宝石の様に輝いている。

 こういう表情の時の彼女は大抵、自分の乙女的思考を存分に解放される時である。

「今の、お嬢さまの恋人ですか!?」

「ち、違うわよ!」

 突然何を言い出すのやら。

 マーヤが否定するとミアは口を尖らせて軽くため息をついた。

「なあんだ、つまんなーい。お嬢さまを悪の手から救ったから私、てっきり……」

「勝手な誤解はやめてちょうだいよ」

──確かに顔は好みだけれども。

 無意識にそんな事を思い、マーヤは我に返ってぶんぶんと(かぶり)を振る。

 マーヤの理想は顔ではない。仕事ができる男がいい。まさに仕事人間であるマーヤならではである。

 自分より上手くできない男なんて好きになどなれるわけがないと思ってしまうのだ。

「でも私だったら彼みたいな人が恋人になってくれるなら、もう死んだって構いません」

 うっとりとした表情を浮かべるミアの頭を、軽く叩いてやる。

「こらっ。呆けてないで仕事なさい」

「少しくらい良いじゃないですかっ。お嬢様のケチ!」

「ケチぃ!?」

 逃げるが勝ち、と言わんばかりに全速力で逃げるミアをしばしぽかんと眺め、はっと我に返る。

「いけないわ。ショックを受けてる場合じゃないの、仕事よ、仕事」

 そう自分に言い聞かせるように呟き、すたすたと店先に向かって歩いていく。

「えーと今日は在庫物品と納品の確認と市場価格を調べて……」

 指を折りながらやることを数えていく。

 その土地と時期で売り物は変わる。塩などの生活に必要な食材や、一般家庭でよく使われる香辛料はとくに売れる。

 近頃よく出回っているガラス製品は、遠い国から渡ってきた物が多く、よく見なければかなり質の悪い物を手にしてしまう事もある。

 しかし、これは別にガラスを仕入れてきた商人が必ず悪い、という訳ではない。

 もちろん、中には質の悪い物を民に高値で売り付ける輩もいるだろうが、逆に、よくわからない珍しいガラスを法外な値段で買ってしまう哀れな商人もいるのだ。

 そうならない為にも常に新しい物を学び、取り入れなくてはいけない。

 人をあまり信用しすぎず、多くの声に耳を傾ける。

 元商人だった母はマーヤが小さい頃からそう教えてきた。

 そして、商人は自ら旅をする。色々な国を周り、情勢を探って商売をする。

 だから、自分の土地で商いを終わらせてしまう商人はすぐれているとは言えないようにマーヤは思う。

 もちろん、マーヤままだ未成年である為に旅は禁止させられていた。

 普通の商家の娘なら未成年だろうが構わず旅に出る。

 しかし、マーヤは商売をする貴族の娘で、旅先で何かあっては大変なのだ。

 大臣である父親を心配性の過保護親父と罵りたくなるが、貴族の家に生まれたのだから、それは仕方ないと我慢するしかない。

 でも。いつか、必ず旅をする商人になりたいと、マーヤは願っていた。

──それなのに。

「……王と、結婚しなくちゃいけないなんて」

 ぽつりと思わず呟いてしまい、慌てて口を押さえて辺りを確認した。

──良かった。誰もいない。

 今は商品の在庫確認をする為に、帳簿片手に倉へ来ていた。婚約者が王なのはまだ明らかにしてはいけない内容だ。時期に公表されるだろうが、今は黙っておいた方が良い。

 誰もいない事を確認して一息つくと、今の仕事に専念する。

「ええと、陶器はいいわ。数あってるし、ひびもなし。それからガラスは数は間違いないし……あれ?」

 ガラスの皿を壊さないように慎重に手に取る。

 この皿は、見覚えがある。自分で取り引きをしたものだからだ。皿の裏側に綺麗な小さな花模様が施された、かなりの良品だったはずだ。

 しかし、今持つこの皿は、色や大きさこそ同じだが、花模様はなく、ガラス自体もかなりザラザラとした手触りが残る、欠陥品だ。

「……おかしいわね」

 他の皿と間違えているのかもしれない。しかし、やはり自分で取り引きしたあの皿の模造品だと思う。

「なんでこんな物が……?」

 そもそも、こんな質の悪いガラスをこの店では買わない。ガラスが珍しくても、大手商売店であるここの従業員がこれくらい見分けられない訳がない。

 しかも、高価な皿の模造品となれば、答えは一つしかなかった。

「誰かが、取り替えたの……?」

 まだ確信を得られる根拠はないが、従業員の誰かが品物を取り替えている可能性がある。

 もっとよく他の品を見なくては、と帳簿と品物を睨むかの様にマーヤは調べ始めた。

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