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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
一、突然の結婚
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5

「どうぞお帰り下さい、ゴゾル様」

 有無を言わせぬ態度を示せば、ゴゾルはたじろぎ、しかし、のそのそと立ち上がった。

「では今夜、迎えをよこします」

「いいえ、ゴゾル様。その陶器も持って帰って下さい。私はあなたの妻になんてなりませんから」

 断言するマーヤに、ゴゾルは顔を歪めた。

「なぜお気に召さないのですか。あなたにとって悪い条件ではないはず」

 悪い条件ばかりだと怒鳴り付けたくなるのを堪え、マーヤはそのまま部屋を出ていく。

 ゴゾルが慌てて荷物をまとめ、マーヤの後ろを追った。

「待って下さい!」

「いいえ、何度聞かれても答えは同じです」

 そのまま店先まで歩いた所で、マーヤはゴゾルに腕を捕まれた。

「痛っ」

「あなたに婚約者がいるのは知っています。どこの誰ですか? 心配いりません! 金を払いますから!」

 あんたじゃ無理よ、と言いそうになり、マーヤは慌てて口をつぐむ。

「……痛いから離して下さい」

 そろそろ手首ひりひりしてきたマーヤはゴゾルの手を払う。

 払われた事で頭に血が登ったのか、ゴゾルはマーヤに平手をしようと手を振り上げた。

 痛みを覚悟してマーヤはぎゅっと目を閉じた。

──しかし、いつまでたっても痛みはこない。恐る恐る目を開けてみて、マーヤは目を見開いた。

「年若い女性に手をあげるなんて、最低な行為だぞ」

 黒髪に鋭い鳶色の瞳。

「アスラン……?」

「しかも婚約者がいる女を金で買おうとするだなんて、人の道徳を越えてると思わないのか。──去れ」

 有無を言わせぬ威圧感を感じ、ゴゾルは罵倒していく言葉も見つからず、荷物を持ってさっさと走って行った。

 マーヤが安堵の息をもらすと、アスランがマーヤに向き直る。

「大丈夫?」

「ええ。ありがとう」

「なんだったんだ、あいつは」

 マーヤはゴゾルに握られて赤くなった手をさすり、痛みを和らげる。

 マーヤは少し口元を見せてアスランに微笑む。

「嫌な客よ。おかげで助かったわ」

「いや、雇主を守るのは当然だろう」

 アスランはそう言った後、彼女に笑ってみせた。

「今日から働かせてもらうんだよな? よろしく頼む」

「ええ、こちらこそ」

 マーヤはにこやかに笑って彼を迎えた。

「でもあなた、強いのね」

 体躯の良いゴゾルをあんな風に追い払うとは。

 しかし、彼は申し訳なさそうに目を伏せた。

「いや、追い払う事は簡単だが、いいのか?あの男とは商売できなくなるんだぞ」

 商売相手を怒らせると、もうそれ以降は絶対に取引ができなくなる。

 しかし、アサムやゴゾルは元々良い客ではなかったし、どちらかというと、清々した。

「いいのいいの。ろくな物もってこないし、迷惑だったのよ」

「そうか。なら良かった」

 アスランが頷いた後、マーヤは彼の手をきゅっと握った。わずかにアスランがたじろぐのがわかった。

「それよりアスラン! あなた、腕が立つなら色々役に立つわよ! 良い人材を送ってくれたものね、サムさんも」

 少し興奮気味にマーヤは言った後、彼の腕を引っ張って店の中へ連れていく。

「お待たせして申し訳ありませんコムル様」

「構わない」

 低く唸るような声でコムルは言った。

 初めてコムルに会う人がこれを聞いたら、絶対コムルは不機嫌なのだと判断するだろう。

しかし、これは別に不機嫌になっている訳ではない事をマーヤは知っている。

「はい。書類には問題ありませんね」

 コムルが記入したものをざっと確認し、奥へ向かって大声を出した。

「ミア、印を持ってきて」

 すぐに返事が聞こえ、印鑑と朱肉を手に持つ少女がやってきた。

「どうぞ」

 マーヤは印鑑を手に取り、朱肉にたっぷり押し付けてから書類に印を押した。

 鮮やかな朱色の印がついたそれを印鑑と朱肉と一緒にかたずけさせる。

「先程のはアサムの息子か?」

 マーヤが苦笑気味に頷くと、コムルはため息をつく。

「あの親子も困ったものだ。金で全てを牛耳ろうとしている。君も困った事があったら遠慮なく婚約者に相談した方がいい」

 珍しく助言を与えたコムルは、マーヤの婚約者が王だと知っている数少ない人物だ。

 どこから情報が漏れたと言えば、古くからマーヤの父とも仲が良く、おそらく父が酒の場でぽろりと溢したのだろう事は容易にわかる。

「はい。あまりにも酷い様なら頼らせて頂くかもしれません」

 あまり婚約者──王に頼りたくはないが、それも選択肢のうちに入れておいた方が良い。

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