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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
一、突然の結婚
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「セタ、すぐに行くからとコムル様に伝えて」

 セタと呼ばれた青年は元気よく返事をし、急いで店の中へと入って入った。

「コムル様はいつも良いものを持ってきて下さいますよね。きっと今度も素晴らしいガラスですよ」

「そうね、楽しみだわ」

 そう言いながら店の中に入ると、並んだテーブルの一番奥に厳つい牛の様な男が座っているのを見つけ、にこやかにマーヤは近づいた。

「お久しぶりです、コムル様。今日はガラスをお持ち下さったとか」

 牛の様な男──コムルの向かいに座りながら挨拶をすると、彼は低く返事を返した。

「うむ。隣から仕入れてきたガラスだ」

 そう言うと、ガラスの皿や花瓶を次々と机の上に並べていく。マーヤはその中の一つを手にとり、感嘆の声をあげた。

 淡い青みがかった透明の皿は、手触りもすべすべでよく磨かれている。

「ガラスって素敵ね。太陽に当てるとキラキラ光るんだもの」

 それから順番に一つずつ手にとり、それぞれに値段をつけていく。全ての値段をつけ終えると、コムルもどうやら妥当な値段らしく、頷いた。

「じゃあ、この書類に署名をお願いします」

「お嬢様」

 書類をコムルに渡していると、ジーナが後ろから呼び掛けた。彼女の後ろには働き手の男が立っていて、何やらおろおろとしている。

「何事?」

「アサム様が陶器を見てほしいと言ってまして……」

 アサムとは近頃店に品を見せに来る商人だ。

 値段は通常で扱うより格段に安いが、そのぶん質も悪いから実際に取引はまだ一度もしていない。

 毎回断っているのだが、また来たらしい。

「陶器? また安物じゃないでしょうね」

「いいえ、質は確かだとおっしゃっていて。お嬢様を呼んでいます」

 口ごもる青年を見据え、わずかな時間で考えをめぐらせたマーヤは席を立った。

「申し訳ありません、コムル様。少し席を外してもよろしいでしょうか?」

 コムルの低い返事を聞くと、マーヤは急いで青年とジーナを連れてアサムを待たせている部屋へと向かった。

 アサムが待つ部屋へ入ると、鼻が潰れたヒキガエルの様な男が下品な笑みを浮かべて待っていた。

「あなたは?」

 アサムと同じような顔だが、年齢がアサムよりずっと若い。

「ゴゾル・アサムと申します。いつも父がお世話になっております」

 ゴゾルという名はマーヤにも聞き覚えがあった。

 アサムの一人息子で、金に物を言わせて女を買うという最低な奴だと噂されているのを良く聞いていた。

「アサム様のご子息が一体何の用ですか?」

「この陶器、どう思います?」

 ゴゾルは陶器をマーヤの側に置いた。マーヤは手に取り、念入りに眺めた。

「素晴らしい品ですね」

 商売の品としてゴゾルが持ってきた物は、驚くほどの一級品だ。今までアサムが持ってきた質の悪い品とは違う。手触りも良く、陶器の焼きもむらがない。

「これを貴女に差し上げます」

「は……?」

 きっと高価なのだろう陶器を、マーヤにくれると言う。上手い事を言って騙すつもりなのか。

 警戒するマーヤにゴゾルは苦笑をもらす。

「そんなに警戒しないで下さい」

「それならどうして私に?」

「父がいつも貴女に世話になっていると聞きます。そのお礼ですよ」

 世話、と言ってもまだ一度も取引はしていない。それどころかいつも追い返すマーヤに、なぜ高価な陶器を持って来たのだろう。理解できずに口を閉ざしていると、ゴゾルが部屋にぐるりと視線を巡らせ、笑顔を見せる。

「しかし、本当にここは良い店ですね」

「……ありがとうございます」

「父の経営する店も立派な物です。自宅が二階で、店が一階」

「面白い構図ですね。仕事を終えたら階段を昇るだけで自宅だなんて」

 マーヤは店が終わったら自宅まで歩かなくてはならない。たまに店で休む事もあるが、大抵は自宅へ帰る。

 マーヤが興味を示すと、ゴゾル、笑みを浮かべた。

「店に来てみますか?」

「アサム様の店に、ですか……?」

 確かに自宅と店が繋がっているのは興味深い。是非見てみたいとは思うが、この男が何を考えているかわからない所が難点だ。

「もしよければ食事などご一緒して」

──ん?

 マーヤは何だか違和感を覚えた。

 これではまるで店をだしにマーヤを連れ出そうとしているかのようだ。

 マーヤは商人であるが、無駄な駆け引きは好まない。ため息を吐いて、ゴゾルに視線を真っすぐ向ける。

「……ゴゾル様、一体何の真似ですか。高価な陶器や自宅への誘い。何か目的があるのですか?」

 マーヤの言葉にゴゾルは口元をゆるめた。

「自宅へ誘うんですよ? そりゃあもちろんあなたを頂きます」

──私を頂く?

 暫く意味が分からず眉を寄せるマーヤに、ゴゾルは身を乗り出して続けた。

「あなたを妻にしたいんですよ」

 下品な笑みを浮かべたゴゾルに、マーヤは背筋がひやりとした。

 この男の妻に? 意味のわからない申し出に、気分が悪くなった。

──それにしても、私が陛下の妻になるんだと知ったらひっくり返るわね。

 まだ公にはなっていないマーヤの婚約者の事がゴゾルに知れれば、すぐに手を引いてくれるだろう。

 だが、下手に王の名前を出せば命の危険だってある。マーヤは盛大にため息をついた後、部屋の扉を開けた。

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