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式を辞めさせ、マーヤに自由の道を与えるつもりなのだろう。そして自分もマーヤ以外には花嫁を娶らない唯一の最高にして最悪な策をこうじる事にしたのだ。
それが男色家という大嘘の設定。
だから、マーヤはここで怒らねばならない。
妃になることを夢見た花嫁は、結婚式で相手に男色家だと暴露され、結婚を拒否され、怒って式を中止に、という流れを、アスランとセタが作ったのだから。
マーヤはここで大妃のように大げさに怒らなくてはならない。──怒らなくてはならないはずなのに。
気づけばぽたぽたと大量の涙を流していた。それを見たアスランが一瞬動きを止め、しかしそのまま演技を再開させる。
「……泣いたとて無駄だ! 私は彼以外娶るつもりなどない!」
「な、なにを馬鹿な事を! 今までの功績を捨てるおつもりか? 嘘だと今すぐ言ってください!」
「いいえ、嘘などではありません。彼以外欲しくないのです!」
「なんと愚かな!……もう結構です!私がせっかく選んだ花嫁をそのように扱うとは!式は中止です!!」
マーヤが何も言えずにいると大妃とアスランの間でぽんぽんと話が流れていく。
しかし、今更変に口出ししても流れがおかしくなりそうで、一瞬口を開きかけたもののすぐに閉じた。
大妃は顔を真っ赤にして怒りながら席を離れて席を離れていく。
マーヤの横をすれ違う時、ついてきなさい、と小声で命じられ、マーヤは大妃の後に続いて聖堂を後にした。
***
「驚かせてごめんなさいね」
大妃の部屋に移動してから、ずぐに出された茶に口をつけると、彼女は呆れの混じった顔でマーヤに詫びた。
「いえ、あの、確かに驚きましたが演技なのはすぐわかりましたし」
そもそも展開的におかしすぎてついていけなかった。最初こそ大妃の迫力に頭もついていかなかったが、よく見ればすべてマーヤを為に芝居をしているんだと気づく。
「申し訳ございません。あんな面倒なことをさせてしまって」
「あら、いいのよ。案外楽しかったのです」
あっけらかんと言う大妃にマーヤは一瞬ぽかんとしてしまった。そんなマーヤに彼女は笑みをこぼし、それに、と続ける。
「短くはない付き合いで、あなたの事はわかっているつもりですよ。あなたが自分の夢を追いかける事を望み、王もそれに賛成したのなら私は全力で手助けしようと思ったのです」
「イザラシャ様……」
王に嫁ぐ女、という立場は思えば同じで、その窮屈さも、立場故の孤独も、なにもかもを踏まえた上でマーヤの事を考えてくれていたのだろう。
王族として未来を担う世継ぎを考えなくてはならない。しかし、親しい者を強引に妃の立場へ押し上げれるか、と言うと、そこまで良心は捨てきれず。──ただ悶々と、もしかしたら一人、大妃は悩んでいたのではないだろうか。
「イザラシャ様、ありがとうございます。……ありがとうございます」
ただ自分のわがままを押し通そうとしているマーヤは彼女に顔向けできない。俯いて礼を述べると、大妃はマーヤの手をそっと握った。
「いいのよ。若い、未来のあるあなたを縛る訳にはいかないもの。……あなたが、権力が好きなだけのただの女であったらそもそも側妃にも選んでいなかったのですから」
「でも、あたしみたいなこんな自己中心的な女。自分の事しか思えないような、そんな……」
「ええ、でもそれが自由で素敵だわ」
マーヤの全てを包み込むような、その慈悲。それがとても眩しくて暖かくて、もしかしたら母と言うのはこういうものかもしれない、と。偉大なる国母を前にしてそんな事を思った。
「王がね、何日も屋敷に閉じ込めてごめんなさいと。外に出て余計な話を作りたくはなかった……というのは、まあ、建前で、あなたが身籠った事をいつまでも教えてくれないから、と言っていましたよ」
「う……」
やはりそれもバレていたのか、と冷汗が背中を伝う。世継ぎを欲しているときに花嫁となる予定の娘が見事懐妊。それなのにこのまま異国へ旅立つというのは無理だろう。出産までは残り、子を残して旅立つか、子と共に残るかを迫られるか。
しかし、大妃はそんなマーヤの不安を見透かしたのか、ふわりと微笑んで、何やら書状をテーブルに置く。
「これは生まれた子がいかなる場合でも王位継承権を持たない事を証明するものです。王には既にサイン頂いていますから、あなたもサインしてください。それで自由」
「……良いのですか?」
「良いもなにも、あなたはそのつもりだったのでしょう? あなたが懐妊したのは口外はしないけれど、いつどう秘密かバレるかわかりませんから、この書状はもしもの保険です。でも忘れないで。あなたもその腹の子も、すでに私の家族なのですからね」
本当に自分は恵まれている。温かく優しい人達。こんなに身勝手な自分を家族と言い、わざわざ公式の場で演技してまでマーヤを守ってくれた。──そして、マーヤの意思を尊重する、と言う言葉通りに願いを叶えてくれた、マーヤの想い人。
彼の事を思うだけで胸が苦しくなった。でも痛みを覚えるのすらおこがましい。彼の優しさを利用して、彼の元からマーヤは離れるのだから。




