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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
六、少女と王様
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4

 年功の一人がそう満足そうに言い放つのを合図に、全ての花嫁作業が終了した。

 行きましょう、と女達の一人に手を惹かれ、屋敷の外で待っていた豪奢な輿に乗り込む。

 少し待つとゆっくりと輿が浮き、ゆっくりと進み出した。前二人、後二人がかりで担いで運ぶため、ゆっくり進行していてもやや揺れる。

 ひらひらと揺れる窓から下げた暖簾が、時折道に群がる人々を移した。

 子供からは好奇心溢れる目、女からは憧憬に満ちた目、男からはその一挙手一投足を見ようとする厳しい目を向けられ、マーヤはすいと人々から目を逸らす。

 花びらを巻いて結婚を祝う風習がある為に輿の中にまで薄桃色の花びらが入ってきた。

 その様に心が少しだけほぐれて、マーヤは深呼吸をする。

──彼との結婚は受け入れられない。

 マーヤの決心はいまだ変わらず、この決断が後に何も招こうとも受け入れる覚悟だ。

 今一度気を引き締め直した時──輿が停止した。

「お手をどうぞ」

 外から声をかけられ、差し出された手を掴んで外へ出ると、以前来た王宮。しかし今日はいつもより一段と大きく見える。

 宮殿に圧倒されながら門をくぐり、敷地内にある挙式を上げる聖堂へと向かった。

 聖堂へ着くと大勢の人で中も外も溢れかえっていた。

 マーヤに気づくと一斉にこちらへ視線が集まった。それに気後れしながら聖堂の中へと進む。

 高い天井にいくつも空いた窓から日光が差し込み、眩しさに目を細め、鳥の羽ばたく音がどこかから聞こえた。

 楽器の音が、マーヤが聖堂の中を進む度流れ、立ち並ぶ人の間をしずしずと歩く。

 少し顔を上げて前を見れば、真っ白な布にに細かな金の刺繍が施された煌びやかな衣装を身に纏うアスランがいた。

 やっと会えた、という気持ちと、やはりこの日が来てしまった、という二つの異なる自分の気持ちがぶつかる。

「では、式を始めよ」

 唯一椅子に腰掛けるのはアスランの母である大妃。式の開始を命じると、ゆったりとした音楽が流れ始めた。

 マーヤはアスランの隣に並び、頭上から被ったヴェールの下から彼を見上げる。

 しかし、いくら見つめても彼の表情は読めない。

 しかし、ゆったりとした音楽が鳴り止み、式が厳かに開始しようとした時、彼はいきなり表情を一変させた。

「やはりこんなのは耐えられない!」

 その悲痛さが篭った声音に、会場がざわめく。そして自分の母である大妃に近寄り、その手を取って自分の額を押し付ける。

「やはり私には無理です、大妃様。私には、私には心に決めた相手がいるのに!」

「え……っ」

 マーヤの口から小さな声が漏れた。彼の言葉の意味がわからず、唖然としてしまう。

 マーヤ以外に相手がいる。しかも自分でマーヤを軟禁しておきながら何を言っているのだろう。

 混乱するマーヤを他所に、アスランの訴えが続く。

「もう先の妃で私の好みがわかったでしょう! やはり無理なのです、女では!」

 ぴしゃーん、と雷に打たれたような衝撃がマーヤの全身を突き抜けた。会場もしんと静まり返ってしまい、先ほどのざわめきが一瞬で掻き消えた。

「陛下!」

 と、そこへ何やら女性が纏うアバヤのようなものを身につけた者が人影から飛び出てアスランに抱きついた。

 しかしその者は明らかに体格が女ではない。そもそもアスランと同じくらいの身長もあり、なにより声が、声変わり後の低い男のものだ。

「こんな女となんて結婚しないでください! 私だけとおっしゃったではありませんか!」

 媚を乞うその男の声になんとなく聞き覚えがあるなと思っていると、こちらを向いたその男の顔にマーヤは驚く。

 少し前まではよく見ていた顔。マーヤの店で働いていたセタだった。

 今は牢獄にいるはずのセタがどうしてこんなところに、とマーヤの頭の中が疑問でいっぱいになる。

「陛下! もう二人も女を娶っておわかりになっているでしょう? あなたは男しか愛せないとおっしゃったではありませんか!!」

「そうだとも! 女では足りない。やはり男ではないと」

 セタとアスランはお互い手を組み合って何やら目に痛い言い合いをしている。

 わけもわからず混乱していると、それまで静観していた大妃がすっくと立ち上がった。

「なんですこの茶番は! いい加減にしなさい! 男が好きなど許される事ではありませんよ!」

 怒りで肩を震わせて怒鳴る大妃を見て、マーヤはこの状況を唐突に理解した。

 三番目の花嫁の役割は、不仲続きで自分の妃に関心が持てない王の心を和らげ、もう一度関心を持ってもらうこと。

 そしてそれは大妃が与えた機会だ。

 それを男色家として暴露して大妃の顔を潰し、大臣の娘である花嫁の顔を潰せば式は中止となる。──男色家と広れまれば無理に結婚することもない。

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