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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
六、少女と王様
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3

 灯りに火を入れるのも億劫で、マーヤは真っ暗の部屋の中、どうにか寝台まで辿り着いて倒れこむ。

 柔らかい上掛けの下に潜り込み、目を閉じた。

 もう何も考えたくない。そう思うのに、自制の効かない思考は勝手に色々考え出す。

 やはり、彼の立場には不仲な妃以外にも結局誰か必要だ。彼は王で、まだ若く種もあり、特に病気もない。

 今回選ばれた三番目の花嫁は、アスランの母親である大妃が取り成した最後の機会だ。

 そしてその花嫁の役割は、不仲続きで自分の妃に関心が持てない王の心を和らげ、身籠る──もしくは他の妃に関心を戻し、身籠ってもらうこと。

 その役目を放棄しようとしているマーヤの代わりに。マーヤが彼の元を去ってから。

 アスランは、また誰かを迎えるのだろう。マーヤではない別の誰かを。あの少し硬い手のひらで触って、撫でて、口づけするのだろうか。マーヤではない、誰かを?

 その事を考えるだけで胸が苦しくて仕方なかった。そして、ならば誰も迎えないように自分が残ればいいと、甘言が脳内で囁く。

 彼のそばに他の女がいると思うことでさえこんなにも気が狂いそうなのに、もし夜を共にしたなどとなったら、一体自分はどれだけ傷つくのだろう。

 だけど、傷つく資格なんてマーヤにはない。

 アスランがマーヤから離れるわけではない。マーヤがアスランから離れるのだ。そこを勘違いしてはいけない。

 こんなわけのわからない状況に落とされようとも、アスランが悪いわけでなく、全てマーヤの我儘なのだ。──だから、例え他の女とアスランがどんな事をしようと、どれだけ二人が近い距離でも、それにマーヤは文句を言ってはいけない。

 でも、だけど、とマーヤの頭の中で反発する声がぐちゃぐちゃとかき混ぜられる。

「マーヤ」

 そうして一人で悲しみに打ちひしがれていると、暗い夜にぴったりな、静かで穏やかな声がマーヤを呼んだ。

 閉じていた瞼を押し上げると、こちらを覗き込む、マーヤの心を揺さぶる人がいた。

 マーヤがどんなに悩んで苦しんで、そしてどんなにアスランを想っているか、彼自身は全然わかっていないのだ。

「……アスランのせいよ。あたしがどのくらい貴方が大切で、愛おしく想っていると思ってるのよ」

 絡まり合ってぐしゃぐしゃになった思考からようやく言葉を発すると、それは酷く幼い八つ当たりだ。

 おまけにアスランの顔を見たら耐えていた涙が一気に溢れて、ぽろぽろと大粒の涙を流しながらになってしまった。

「マーヤ……」

 驚いたように目を瞠るアスランは、やがて顔を綻ばせて、大きな手のひらでマーヤの涙を拭ってくれた。

「うん、ありがとう。俺もだよ。マーヤが一番大切だ」

 そのまま寝台に上がり込んだ彼はマーヤの隣に寝そべり、その温かい腕の中に閉じ込めた。ゆっくりと頭を撫でる手つきがあまりにも優しくて、泣き疲れたマーヤはうっとりと目を閉じる。

 このひと時が永遠に続けばいいのに。

 何も余計な事は考えず、ただ好きな人と素敵な時間を過ごす。それだけでいいのに。

 マーヤは彼の頬を寄せる。そうすると、頭上に彼の口づけが降りた。

 穏やかな心音が耳に心地よくて、あまりにもこの時間が幸せだ。

 アスランに聞きたいことは山ほどあったが、それを口にしてこの時間が終わりになってしまうのが怖い。

 色々聞くのは明日、目を覚ました時にしよう。

 そう考えて、マーヤは眠りの中へ誘われた。


    ***


 そうして幾日かまた過ぎると、いよいよ結婚式の朝がやってきた。

 アスランに聞きたいことを全て尋ねようと思っていたのに、結局目を覚ませば彼は居らず、夢ではなかったのかと自分を疑った。

 しかし、寝台のサイドテーブルの上には真っ赤な薔薇の花が置かれていた。

 そんなキザな真似する人を、マーヤは他に知らない。

 やはりあのひと時は現実だったのだ。そう信じることはできても、結局何も聞けず不安が増しただけだった。

 そんな様子で悶々と迎えた結婚式の朝は、喜べるはずもなく、どこか虚ろで現実味のないものだった。

 周りで大勢がマーヤとアスランの挙式の為に動き回っている。マーヤ自身も湯で磨かれ香油を塗られ、純白の衣装を纏って髪もセットされた。

「ジーナはまだ帰ってこないの?」

 そして最大の不安はジーナがいないこと。マーヤが自宅で軟禁されてからジーナとは一度も会っていない。

 いくら仕事が忙しくても一度も会えないのは変だ。もしかしたら会わせないように何か裏で動いているのかもしれない。

 段々と出来上がっていく“花嫁”が鏡の前にいる。だけど中身は空っぽの虚ろな姿だ。ジーナもいない。アスランにも会えない。

 マーヤは鏡台に映る自分を見ても何の感動も味わえなかった。

 更に、花嫁姿を仕立てていく女達が皆、この屋敷の使用人ではなく王から派遣された者達で、ひたすらテキパキと手を動かしていく。

 それがあまりにも人離れしていて、仕事は完璧なのだが人としての温かみを感じられない。

 それも合いまって更にマーヤの心を冷たくしていく。

「では最後に髪飾りをつけて……、出来ましたわ」

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