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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
五、決断の夜
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    ***


 星の煌めきも、夜の涼しい風も、外の喧騒も、マーヤには一切わからない。

 ただ目の前の男に翻弄されるばかりで、熱くなる体の熱に戸惑った。

「ま、待って、待ってアスラン」

 焦った声で言い、自分に覆いかぶさってくる男の硬い胸板を押すと、それまでマーヤの唇を貪っていた彼は一時停止をしてくれた。

「なに?」

 低く囁く様な掠れた声。その声も、こちらを見つめる鳶色の目も熱を帯びていて、それだけでマーヤは圧倒される。

「ここ、あたしの店よ? 今日はご飯を食べるって話だったでしょ?」

 今日はアスランが夜ご飯を一緒に食べたいと言ってきたので、マーヤは店の二階の場を提供し、彼を迎え入れた。

 料理もせっかく食事処から買ってきたのに、さっきから一口も口をつけていない。飲み物を一口飲んだだけだ。

 従業員を帰し、もはや建物には二人しかいないが、食事をするはずなのに、なぜいきなり口づけを受けなくてはならないのか。

「ごめん、だけど疲れてて」

「そう、お疲れ様。じゃあさっさと食べてさっさと寝てくださいな」

 おやすみなさい、と冷ややかに言うと、アスランが数秒表情を停止させ、やがて笑みを浮かべて再びマーヤに覆いかぶさってくる。

「わかった。じゃあ食事して、早く寝ることにする」

「ちょっと!?」

 不埒な手がマーヤの足を撫で上げ、顔が朱色に染まる。アスランはマーヤの耳たぶを舌で舐め、甘噛みし、息を吹きかけた。

「マーヤを食べて、マーヤを抱いて眠ることにする」

 艶っぽく笑うアスランが本当に憎らしい。なにを馬鹿なことを言っているのか。

 反論を唱えようとマーヤは口を開き、容易くアスランの舌に侵入され、言葉が奥へ引っ込んだ。

 結局、マーヤは抵抗を出来ず、空が白ずむまで体の熱にうなされ、アスランの「疲れている」という言葉の信用のなさを思い知った。


    ***


 ジーナが品物の納品をおえて品物リストを纏め、それをソファに座るマーヤに渡す。ずらりと並んだ文字の羅列を目で追い、気だるげにクッションに体を埋める。

「……お嬢様? 大丈夫ですか?」

「ん、ちょっとね。飲み物をもらえる?」

 ここ二週間の間、夜遅くにアスランが頻発にやってきてはマーヤを押し倒し、仮眠を取って日の出と共に帰って行っている。

 アスランに疲れた様子はなく、むしろすっきりした顔をして帰って行くのに対して、マーヤは体力を奪われて眠さに負けそうになりながら朝を迎えている。

 最近では体がもたずに、暇な昼を少し過ぎた頃に睡眠を取るようにしている。

 アスランに直接言えば改善されるかもしれないが、マーヤよりも多忙の彼に我儘をこれ以上言えない。

 マーヤとしても彼が来るのは嬉しくもあり、触れられるのも心地良い。

 ジーナからレモン水を受け取り、一口飲む。爽やかな果実の味がほんのりと口に広がり、ほっと息を吐く。

「ねえ、この香料はあとどれくらいあるの? 昨日多めに買いたいって言うお客さんがいるのだけど」

「そうですね。量にもよりますが多分問題ないと思いますが、今後の為に仕入れて保管しておきますか?」

「物価は?」

 ジーナがここ最近の市場での価格を示した表をマーヤに渡し、数字に目を通して再びジーナに返す。

「この状況なら大きく値段が動くことはないでしょうから仕入れなくてもいいわ。他からも買い付けが来たらまた考えましょう」

 ここ最近は店の方が特に忙しくなっている。別段なにかイベントがあるわけはないが、マーヤが以前から目をつけていたが異国のガラス食器が最近好調に売れている。

 じわじわと話題に上がり出してすぐ売り出したのが良かったのだろう。名のある貴族や高官達がこのブームに乗ろうと買いあさっている。

 長くは続かないだろうが、そうしたらまた新しい品物の流れに乗れば良いだけだ。

 しかし、従業員が足りないまま続けているのもあって、最近はマーヤもジーナも働き詰めだ。

 一度ジーナや店の皆に新しく募集するか意見を聞いたが、やはりセタが忘れられないのか、渋い顔をされた。

 だがこのままの現状を長くさせるわけにも行かず、マーヤは頭を悩ませていた。

「いっそ、コムル様の商団に入れば……」

 父の友人であるコムルは各国を相手に取り引きする豪商・サイベルカ商会の長だ。

 頭も切れるが変わり者でもあって、懇意にする所には直接コムルが赴き取り引きしていく。マーヤは友人の娘というのもあるが、それ以前に品物を見る目を買われて懇意にしてもらっている。

 体制がしっかり取れている商会だし、異国の地に行く目標を持つマーヤにはうってつけだ。──と、そこまで考えてもう一つの悩みに突き当たる。

 耳に彼の声が再生され、彼に触れられた体がじんわりと熱くなる。肌を撫で、口づけを落とし、マーヤの名前を心地よい低い声が──。

「────ッ!!」

 ぶわ、とつま先から顔にかけて熱が一気に駆け上がる。

 なにを思い出しているのだと自分を罵り、真っ赤な己の耳を両手で塞ぐ。

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