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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
五、決断の夜
23/34

3

 おっとりとした顔つきの、いつも店で見る顔。

「……イザラシャ様」

 母のように慕っている彼女が、いつも店でしか会わない彼女が、なぜここにいるのだろうか。そしてなぜ、そんなに上質な服を着て、そんなにたくさんの人を従えているのだろうか。

「マーヤ、やっと会えたわね。私も最近忙しくて、会いに行けなくてごめんなさいね」

「いえ、あの。……イザラシャ様?」

「はいはい、なんでしょう」

「……なぜイザラシャ様がここに?」

「だって私、大妃(おおきさき)ですもの」

 にこやかに宣言されて、マーヤの思考は完全に停止した。

 確かに着ている服はいつもそれなりの物を纏っていて、仕草や話し方が丁寧、優雅、悠然。それにつきるが──

「大妃様……?」

 大妃。アスランの母。サーハルジア王国の国母。それが、今目の前で微笑んでいる、彼女?

「では、私を王様の側室に推薦したのは……」

「はい、私です」

「では、時々お店に来ては情報を買っていかれたのは……」

「あなたの所が一番早くて一番面白い情報だったもの」

 朗らかに笑うイザラシャに、マーヤは大きなため息をつきたくなる気持ちを抑えて深呼吸する。

「次の花嫁はあなたしかいないと思っていました。あなたならきっと、陛下の心を掴んでくれるとね。私の予想通り仲良くなれたでしょう?」

 うふふ、と笑うイザラシャはアスランがお忍びで店で働いていた事などお見通しのようだ。

「で、でもイザラシャ様。私は色んな国を周って商いをするのが夢なんです。国の側室だなんて、そんな……」

「あら、陛下ではあなたの心を引きとめられないの? 国を周って色んな物を見たいと言う探究心も良いけれど、女として幸せに暮らしてゆくゆくは国母となるのも良いのではなくて?」

 イザラシャは目を細くして、笑う。

 その柔らかくも鋭い眼差しにマーヤは一瞬息をとめる。

 確かにマーヤのは夢でしかない。貴族の娘が国の国母になるという責務を放棄して商いなど、と考えられるのも当然だ。

 イザラシャはいくら親しいと言っても国母である根幹は揺るがない。

 マーヤはようやく彼女が大妃だという実感を得て、ゆっくりと最敬礼する。

 どのような経緯があれ、大妃はマーヤを側室に選んだ。そして次の側室は世継ぎに恵まれない王の為に選ばれる娘で、未来の国母候補だ。

 またここは公式の場である。共を連れたイザラシャはサーハルジア王国の大妃で、マーヤはその臣下である大臣の娘。

 ゆっくりもう一度深呼吸をして、言葉を紡いだ。

「私などを国王の側室へと推薦してくださり、感謝致します。この件については自分でもきちんと考え、答えを出してお伝え致しますので、もう暫く時間をくださいませ」

「顔をおあげなさい、マーヤ。流されるだけの花嫁を私は選んだわけでないもの。よく考えなさい」

 それは、よく考えて上の者には逆らうな、国の世継ぎを思え、という事なのか。それとも、よく考えて答えを出し、それに納得できればマーヤの夢が叶うかも、という事なのか。──恐らくは両方だろう。

 世継ぎを憂う国母としてはなんとしても可能性のある娘を迎えたいと思う、その反面で、今までやり取りしたマーヤとの情から、夢を叶えて欲しいという思いも少しはあるだろう。

 そのまま緩やかな笑みを浮かべてマーヤの横をすり抜けていくイザラシャを見送り、一息つく。

 強張っていた頬を抑え、目を伏せた。

「……イザラシャ様」

 国母として生きてきた彼女にはたくさんの事を考えなくてはいけない。彼女一人の感情などではなく、国にとって優先されるべきもので判断し、実行する。

 今の一番の問題は二人も妻がいる国王が、いまだに世継ぎを授かる気配がないということ。まだ若いと言っても、やほり世継ぎがいるといないとでは圧倒的に状況が違う。

 国王には子供がいないが、甥や腹違いの年若い弟がいる。

 それらを世継ぎに最悪据えることもできるが、やはり直系で継がせたいと思うのは仕方ないだろう。

「……世継ぎ、か」

 国民の一人として、貴族の娘として、マーヤは何をしなくてはならないのか。それはとても明白で、だけどそんな義務よりも自由を心が求めてしまう。

 ふわりと風がマーヤの頬を撫でていく。挟まれた心の行方は、まだわからない。

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