5
***
人々がお城だの宮殿などと言って崇める王族の住処。
綺麗にめかし込まれて化粧まで施されたマーヤは、表面上は一度も話をしたことのない婚約者に会ってみたい、という貴族娘の我が儘にしてある。
赤を基調とした部屋は、特産品の織物絨毯や、ふわふわした白い羊の毛で作られたクッションがある王の間で待たされていた。
目の前にはクッションを敷き詰めて設えられた王が座る場所。
その正面に座って待ちながら、マーヤは調度品を眺めてなんとか緊張をやり過ごす。
膝の上に置いた拳を握った。
──大丈夫よ。アスランに会うだけ。こんなに緊張することない。
いつも話していたように。王様と会うわけじゃない。アスランに会う。ただそれだけ。──だと言うのに、なぜこんなにも緊張するのだろう。
なんとか緊張をおさめようと必死になっていると、何やら外で話す声が聞こえて、背後の扉が開く音がした。
足音が耳にやたらと響いて、王の為に用意された席にどっかりと座る。
「まさか来てくれるとは思わなかった」
声をかけられて、絨毯ばかり見ていた視線を、顔を上げてアスランへと映す。
煌びやかな衣装。装飾も上級品で、ゆったりとクッションに座る姿はやはり王者然としている。
なんと返したらいいかわかず、マーヤは王に向けて臣下の挨拶をしようとし──ぴたりと動きを止めた。
彼と自分の間に壁を作るような発言をしたからアスランは城に帰ってしまった。それを謝りに来たと言うのに、臣下の礼などしたら意味がないのではないか。
マーヤは固まった体をなんとか動かして状態を起こし、王座へ腰掛けるアスランを見据えた。
目の高さも同じ。彼に、へりくだる必要はない。
「……あたし、あなたに謝りに来たの」
臣下の礼をとらず、しかも平伏しないマーヤの様子に、アスランはわずかに目を見張り──緩やかに笑った。
「謝りに、わざわざここまで来たのか?」
「そうよ。……あなたに酷い事を言ったわ。ごめんなさい」
するりと言葉が口から謝罪の言葉を発した。瞬間、張りつめていた肩の力が抜ける。
ふう、とマーヤが息を吐くと、アスランが笑った。
「緊張したのか?」
「当たり前でしょう。お城に来たのなんて片手で数えれるくらいよ。なんか凄いめかし込まれたし」
妙に煌びやかな自分の衣装の裾をつまんでため息をつく。
貴族の娘なのでそれなりの格好をしなければならないが、今日はやけに派手だ。装飾品がこれでもかというくらい付いていて、ジャラジャラとうるさい。
アスランは体勢を崩し、肩をすくめて笑った。
マーヤは膝の上に置いた両手をぎゅっも握りしめ、言葉を紡ぐ。
「あなたに、八つ当たりしてしまったの。あんなこと言うつもりじゃなかった。本当は、ありがとうって言わなきゃいけなかった」
言葉を紡ぎ出したら止まらなくて、少し驚いた様子でいるアスランを見つめて、マーヤは口早に続ける。
「あなたはきちんとあたしに確認してくれて、約束通りちゃんとセタにも会わせてくれた。なのに、あたしは。あたしはあなたに……、あんな事を言うつもりじゃなくて……」
目元が思わず熱くなる。
ここで泣いたら、まるで泣けば許されると勘違いしている女だと思われるかもしれない。それなのに視界がぼやけて、それが悔しくて、余計に涙が目元に溜まっていく。
アスランは小さく息を吐き、おもむろに立ち上がるとマーヤの元へ歩いて来た。
豪奢な絨毯がひかれた床に膝をつけ、握りしめていたせいで白くなってしまったマーヤの手を片方取り、自分の方へ引き寄せる。
「いいよ、許す」
ぎゅっと抱きしめられて、耳元で彼の声が聞こえる。
アスランの硬い指が、マーヤの涙を不器用にぬぐってくれる。
とても心地良くて、安心する。彼といると安らぐ。
マーヤが顔をわずかに上げると、間近にあったアスランの顔に驚いて、頬に熱が宿る。
「あの……」
続く言葉は言わせてもらえなかった。
彼の顔が迫り、唇を重ねられる。
性急な口付けに驚くが、それもつかの間で、すぐに彼から与えられる熱に夢中になった。




