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マーヤは牢屋から出て、外で待っていたアスランに歩み寄る。
「すんだか?」
「……ええ」
重い口をなんとか動かして返事を返すと、アスランは苦笑して撫でるというにはいささか乱暴にマーヤの頭を掻き回す。
ぐしゃぐしゃとベールの上から乱されていく感触に、マーヤは顔をしかめた。
「落ち込んでるな」
「そりゃそうよ。セタともう何年の付き合いになると思ってるの」
「……怒ってるな?」
むすりと自然に尖ってしまったマーヤの口元を見て、彼は困ったように笑う。
「……いいえ、怒ってなんていない」
「嘘だな」
きっぱり即答されて、マーヤは戸惑った。
軽く息を吐いて、顔をしかめる。
「……少しよ」
なぜわかるのだろうか。自分でさえも訳のわからないイライラを、なぜこうも容易く彼に見破られるのだろう。
それほど自分はわかりやすく顔に出ているのだろうかと、マーヤは息を吐く。
「俺が情に流されなかった事を怒っているんだろ」
「あなたが情に流されなかったから犯人を捕まえられたのよ」
「でも面白くないんだろ」
ぎくり、とマーヤの肩が小さく跳ねた。
自分でも気づいてはいなかった──否、気づきたくはなかった事を、なぜ言い当てられてしまうのだろう。
マーヤは確かに気にくわなかった。そして同時に恐ろしかった。
何年も店で働いていたセタは、もはや従業員ではなく家族に等しかった。
アスランは、セタと仲良くしていたのに、彼はセタではなく、犯人と見ていた。窃盗を働いた犯人。情けなどなく、罪を犯した罪人として扱った。
自分が心を寄せつつあるこの男は紛れもなく人の上に立つ判断を下せる人だ。
そして、もし、自分が罪を犯したのなら情けなどかけずに捨てられる。
「アスランは、王様だものね」
甘い判断など赦されない身だ。
俯いたまま自然と呟きが漏れて──急に罪悪感がこみ上げる。
慌てて謝罪しようと顔を上げ、困ったような、悲しそうな、なんとも曖昧で儚い表情をしていたアスランが目に入る。
言ってはいけない言葉を口にしたと確信する。
「アスラ……」
「君にだけはそれを言ってほしくなかった」
低い声で、顔を少し歪めて言い放たれる。
そのまま踵を返して歩いていく彼は、一度も振り返らなかった。
しまった、と何度か心の中で繰り返す。完全な八つ当たりだ。
彼に情けがないなんてとんでもない。マーヤにきちんと確認したし、マーヤとの面会も約束してくれた。
王にしては過大な情けだろう。なぜあんな事を言ってしまったのか。あんな、自分と彼との間に壁を作るようなこと。
しかし、後悔しても遅かった。
***
あれから彼は店に現れず、そして五日も時が経ってしまった。彼からの連絡はなく、ただ時だけが過ぎていく。
セタの事を従業員達に話し、いなくなった二人分の仕事を振り分ける。
「はあ……」
重たいため息をつくと、書類整理をしていたジーナがこちらに目線を向ける。
「寂しいですか?」
問われて、ぐっと言葉につまる。
寂しいだなんて、何を妙なことを。
「馬鹿な事言わないで。誰が寂しがるもんですか。アスランなんて!」
なんだか意地になってそう言うと、ジーナは何度か瞬きした後、苦笑した。
「……何もアスランだけに対して言った訳ではありませんが」
かあ、と顔に熱が駆け上がった。
なんて過剰な反応をしてしまったのだろう。
恥ずかしくて溜まらなくなりながら、マーヤはジーナを睨む。
「あ、あたしは別に……。ただアスランとはちょっとあったから、その」
「ちょっとあった、とは?」
きらりとジーナの目が光って、自分が失言した事に気づく。
「お嬢様?」
「あ、あの。ただ少し、彼と市場を見に行っただけよ? て、手なんて繋いでないわよ!?」
「……へえ」
実に胡乱な目を向けられ、体中が熱くなっていく。なにを馬鹿な事を口走っているのか。
マーヤは羞恥で熱と共になぜか冷や汗まで背中を流れていくのを感じた。
しかし、てっきり文句を言われるかと思ったが、ジーナは別の言葉を口にした。
「お嬢様、仲直りしてこられては?」
「……そう思う?」
「思います、とても」
ジーナの緑色の瞳に見つめられ、マーヤは少しずつ冷静になっていく。
自分の為に動いてくれたアスランを非難するような事を言った事に対して、謝罪しなければならない。
仲直りというより、マーヤが許しをこうべきだ。
──でも、どうやって?
相手は国王。気軽に会えるはずもない。
重たいため息を吐いて、俯く。
どうやって会えばいいのか。どうやって許しを乞えばいいのか。たかが大臣の娘に──そう考えて、顔をあげた。
「そうよ、私は大臣の娘だわ」
国王の三番目の妻に選ばれた娘だ。婚約者に会おうと思えば会えるのではないか。
「ジーナ。私、家に帰るわ」
「家に?」
「そうよ。やっぱり会うにはそれなりの格好をしなくちゃいけないし、出向く為の手続きもあるし……」
ぶつぶつ言いながらジーナを置いて部屋を出るが、彼女ならマーヤが不在の間、きちんと切り盛りしてくれるだろう。