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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
四、宝物
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3

 自分の婚約者。町を知ろうと宮殿を抜け出す男。民を知ろうと仕事をする男。

 結婚するのは嫌だが、この人となら悪くないなんて思えてしまう。──だからこそ質が悪い。

 自分の夢を投げ捨ててしまいそうになる。そういう気にさせる彼が憎い。自分を引きつける彼が、マーヤは憎かった。

「あなたが、憎い」

 ぽつり、と口から零れた呟きは、周りの喧騒にかき消されて、彼には聞こえなかったようだ。

 首を傾げる彼に、マーヤは何でもないと曖昧に微笑む。

 彼は不思議そうに首を傾げるが、マーヤはそれ以上口にしない。

 そのまま話題を変えようと視線を動かして、固まった。なぜ、と声にならない言葉を紡ぐ。

 マーヤは自分で仕入れた品物を全て記憶している。だから、なぜ西の商人に自分が仕入れたはずのガラスの皿で交渉しているのか、しばらく理解できなかった。

 しかも、交渉人はよく知る人物──セタだった。

 彼は風呂敷を広げて、西にはない色々な品々を出して交渉していた。どれも、最近偽物と変わっていたものだ。

 血の気が引いて動けないマーヤをよそに、アスランは尋ねてきた。

「警官隊を呼ぶか?」

「でも、セタなのに、なんで警官隊なんて……」

 アスランに反射的に反論するが、そこでようやく我に返る。彼は冷静に、盗みを働いた従業員としてセタを見ているのだ。

「……捕まってもセタと話せる?」

「俺が手配する」

「……じゃあ、お願い」

 アスランが警官隊を呼びに去って行った。

 マーヤは、交渉がうまくいって見事商品を手に入れれたセタを黙って眺める。

 小さな袋に交渉のすえに手に入れた小粒の真珠。彼は大事そうに小さな皮袋に入れて懐にしまい──駆けつけた警官隊に取り押さえられた。

「離せよ! 何なんだよ、お前ら!」

 セタがもがいて抵抗するが、三人がかりで警官隊は押さえ込もうとする。暴れるセタがこちらを向き──マーヤと目が合った。

 目を見開いて絶句する彼は、何を思ったのか。

 それを知る前に、警官隊の拳によって、セタは意識を失った。

 

    ***


「お嬢様にはいつか知られると思ってましたよ」

 鉄格子で囲う牢屋の中、手錠と足枷をつけたセタが、地面に座ってこちらを見上げて言った。

「……あなたは、お粗末すぎたのよ。私が倉庫に入ればすぐに気づくわ」

「でもいきなり捕らえられるなんて思ってなかったですよ」

「そうでしょうね」

 マーヤだってアスランがいなければ判断を下せなかっただろう。セタは大きなため息をついて、真珠の入った袋をこちらに投げた。

 ほとんど音のしない袋には、小さな小さな真珠が入っている。

「……お嬢様や店の皆を裏切るつもりじゃなかったんです。……ただ、ミリアムの体調が悪くて」

「故郷にいるあなたの妹さんね。病気なの?」

「……はい。だけど故郷じゃ十分な治療も受けられない」

 マーヤは投げられた皮袋から真珠を取り出し、手のひらの上で転がす。

「なぜ、盗んだものを売って薬を買わずに真珠なんて……」

 彼の給料で買う事も可能だ。

 だだ、彼の給料はほとんどマーヤが管理し、毎月まとまったお金を故郷にいる彼の家族へ送っている。そうしてセタの手に残るのは食費などしかないわずかばかりの金額だ。とてもしれだけでは買う事はできない。

 品物をわざわざ模造品と取り替えたのはそれだけ長く盗みを働くつもりだったのだろう。マーヤは嘆息して、そしてふと思い当たった事を舌にのせる。

「万病を治す真珠の効能……。まさか、それで真珠を?」

「お嬢さんのせいでそれも駄目になりましたけどね」

 皮肉を吐くセタに、マーヤは言うか否かを迷っていた。

──真珠は万病を治してはくれない。

 しかし、それを伝えた所でどうだと言うのか。どうせマーヤによって捕まり、妹の薬として使おうとした真珠は没収され、高い薬など買えない。

 マーヤは被害者であるから罪を取り下げる事ができるが、それをする気はない。

何らかの罰を追うべきで、決して親しいからと言って許すべきではない。

 しかし、セタにとって妹の為にした行動が実は意味のない事だと知ったらどれほど傷つくだろうか。

 自分の失態を悔いるよりマーヤを恨む方が楽だろう。

「……セタ、あなたにはきちんと罪を背負ってもらいます。だけど、今までの付き合いに免じて、あなたの妹の薬は私が買います」

 その言葉が意外だったのだろう。セタは大きく目を見開いて、こちらを凝視する。

「だけど勘違いしては駄目よ。あくまで私は今払えないあなたの変わりにたてかえてあげただけ」

「……わかってます。どんなに時間がかかっても、どんなに少しずつでも、必ずお返しします」

 無表情のままセタに救いの手立てを与えるマーヤを、彼はどう思ったのだろうか。

「お嬢さんは優しいですね」

 膝を抱えてうずくまった体制で言われて、その言葉をどんな表情で言っているのか気になったが──彼の肩が小さく震えている事に気づいた。

 マーヤは言葉も紡げずにその姿を見つめていれば、セタが口を開いた。

「……すみません」

 押し殺したか細い声での謝罪。嗚咽を必死に押さえこんでいるのが声からわかり、マーヤは踵を返す。

 謝罪への返答はしない。妹の為とはいえ、愚かな行為をしたのだから。

 だけど、一人で泣きたいはずだ。

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