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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
四、宝物
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2

「そうなのか?」

 驚きだったのか、アスランが尋ねてきた。マーヤも真珠が万病に効くという噂が出任せだったのは初耳だが、そこまでの驚きはない。噂というのは大抵出まかせばかりだ。

 ただ、それに影響される者も少なからずいるので、情報として仕入れておくのは商売人としてマーヤは心がけている。

「まあ高いものって効きそうな感じだものね。噂になるのもわかるわ」

 高価なものほど病気への効きも良い、というのが昔から何故か思われがちだ。実際に病気に効く薬は高値で取引されるからかもしれない。

「真珠は肌には良いらしいけど、万病に効くってのはちょっと無理があるよ」

 コクは笑いを通り越して無茶な噂に呆れているようだ。

「お肌にいいのは本当なのね」

「そうだよ! 真珠風呂なんてすべすべで艶々になるんだから!」

 やはり実際に入った事があるのだろう。真珠なんて珍しい異国商品を商人かぶれであるマーヤですらきちんと手にした事はない。

「マーヤもお願いしてみたら? 入れると思うよ」

 大臣である父に言ったらそう難しい事ではないのだろう。たが商人として育ったマーヤにとって、たった一度の風呂の為に金を使うなんて無理だ。

「あたしはいいわ。無駄使いしたくない」

「あんたねえ……」

 コクは孫の貧乏性にため息をついたが、マーヤは気にしない。贅沢に金を使う余裕があるなら店に金を使いたい。

 美容の為に使っていてはそれこそきりがない。それに、もし美容に使うとしても父には頼まない。

「そういうのはね、自分で稼いだお金で贅沢するのが一番よ。人にやってもらうなんて絶対嫌」

「そういうものか?」

 アスランが不思議そうに問う。やってもらうのが当たり前な生活をする王にとっては疑問なのだろう。

「自分で稼いだお金を使うとあなたにも大切さがわかるわ。お給料日が楽しみね」

 彼の給料はまだ少し先だが、きっと初めての給料に感動するに違いない。

 マーヤだって初めての給料には感動したものだ。

「ふうん? 別に特に買う物はないけどなあ」

 そんな事を言う彼を鋭く睨みつける。

「ただ単に欲しい物ではなく、自分の給料を何に使うかが楽しいのよ!」

「何に使うか……?」

 むっつりと口元を結ぶと、アスランは呆けたように瞬きし、マーヤの言葉を飲み込む。

「あなたが毎日頑張って働いたお金なのよ。素敵でしょう?」

 額は少ないが、それでも自分で稼いだお金は貴重だ。

 王は民の税金で暮らしている。もちろん、政務などで仕事はしているが、政務をするからお金がもらえる、というのではないだろう。

 義務としてやっているだけだ。

「さ、かなり混んでるでしょうけど西の国からの品物を見に行くわよ」

「広場でやっているという市場にか?」

「そうよ。やっぱり気になるじゃない」

 選んだ菓子の会計をすませ、広場へと向かって歩いていく。

 近づくにつれて人の量が多くなり、広場についてみると、かなりの人でごった返していた。

「すごい熱気。人混みのせいでここだけ異様に暑いわね」

 そうだな、と言いながらアスランは、地面に布を引いて商いをする商人を珍しそうに見ている。

 確かに王城にいては滅多に見られない光景だろう。

「珍しい模様や材質ばかりだな」

「ここは大陸一栄えている街よ? 来るからには商品をたっぷり用意するに決まってるでしょ」

 異国の品物もよく扱うマーヤなら見たことのある品々だが、一般では珍しくて中々見れないのだ。

 王ならばもっと質の良いものを見ているだろうが、じっくり一つ一つ見る機会はそうないのではないか。

「あ、真珠はあそこね」

 広場の中でひときわ人が集まっている場所を見つけ、マーヤは無意識に彼の手を掴んで引っ張る。

 一瞬、わずかにアスランの手が強張り、マーヤは自分の失態に気づいた。

 彼の、少し固い手のひらを、妙に意識してしまう。伝わる体温が、焼けるように熱い。

 離すか否かで迷うが、今さら離しても不自然なだけだろうと判断し、何でもないふりを装う。

「ほ、ほら、あれが真珠よ」

 地面に引いた布の上に上質な絨毯があり、そこに丁寧に並べてある。

 人混みでじっくりは見えないが、あの輝く乳白色は間違いない。

「見える?」

「……いや、あまり見えないな」

 そう言いながら強く手を握られて、顔に熱が駆け上がる。こういった免疫のないマーヤにとってはかなり心臓に悪い。

──本当にたちが悪い。

 彼は本来ならここにいるべきではない。アスランは、この国の王で、マーヤの婚約者。マーヤの、将来の伴侶。

──そうよ。私、結婚しなきゃならないんだわ。

 いつまでも彼の二重生活を続けていいはずがない。宮殿に戻り、王の責務に専念するのが国の為だ。

 多くの女性が憧れるその立場は、本来ならば断る事を考えず嫉妬されながらも喜んで受けるはずだ。しかし、マーヤはそうではない。

──私は、結婚なんてしたくないのに。

 まだマーヤは若い。だからこそ、今を大事にしている。時は戻らない。後悔はしたくない。やりたいことをやる。我慢なんてしたくない。

 色んな国を巡って、世界を見てみたい。この小さな自分の世界を、もっと広げたい。──でも。

 この、隣に立つ男は気になる。王だからではない。アスラン自身が気になる。

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