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朝から、その日は大忙しだった。
西からくる商人達のおかげで客はいつもの倍。当然売り上げも上がるが忙しさもかなり上昇するわけで……。
「ミア、そちらの方のお会計を。セタは品物を見せて差し上げて。アスランとダガ、あなた達は裏から商品を……、時間がないからわからなかったらジーナに聞いて!」
マーヤが指示を出しながら客の対応をする。
もちろんこちらの言い値では中々買ってくれず、交渉しなくてはいけないのだから大変だ。
この土地柄なのかは他を知らないのでマーヤにはわからないが、値段交渉をする客というのも、また面倒なものだと少し嘆息する。
「これはね。東から手に入れた珍しい壺で、ここの柄が素晴らしいでしょう? あ、奥さん、それは先日入ったばかりの貝の首飾りでね」
何人かのお客を一気にまとめて対応するしかない。店の中は遠方から来た人から近所の人まで色々で、とにかく忙しくて賑わっている。
大盛況に嬉しい反面、苦い気持ちだ。
「これ、青しかないの? 赤がいいのだけど」
石の首飾りを手に取った女性がそう尋ね、素早くマーヤは声を飛ばした。
「セタ! こちらの方に色違いの赤をもってきて差し上げて!」
先ほどの指示が終わったゼタに素早く次の指示を出して客をセタの方へ流す。すると横から今度は別の客が質問を飛ばしてくる。
「これはどこの絹?」
「それは東ですね。手触りが西よりも良いですよ。この辺では一番良い絹です」
「この花瓶は何で出来ているの? 珍しいわね」
「遠い国から手に入れたガラスです。まだ品数が少なくて貴重なので、この国ではここの店でしか扱ってませんの」
お会計は全てミアにまかせる。ジーナは席に座ってじっくり考えるお客の為に茶や菓子を提供した。
大忙しだったが、昼を過ぎれば西の商人達の市場へ客は動き、朝は一体何だったのかと疑うほど暇になった。
「お疲れ様、アスランは休憩を取って。ジーナ、少し休憩にするからみんなにお茶とお菓子を持ってきて」
アスランはまた睡眠を取っていないだろうから、約束の休憩を取らせる。彼が欠伸をかみ殺しながら部屋に向かうのを見つめ、やっぱり少し心配になってしまう。
そんなマーヤに気づいたのか、ミアが何やら顔を緩めて近づいてきた。
「お嬢様ったら、そんなに見つめてどうしたんです?」
にやにやと笑みを浮かべながらそう言われ、マーヤは顔をしかめた。
「別に。従業員の体調の心配をしただけよ」
「またまた。私の目はごまかせませんよ」
「……何のことかしらね」
含んだ物言いに、むっとしながら答える。
ごまかせないとは何だ。全部本当の事を言っているのに。
「そんな無駄口叩いてるなら、あなただけ仕事させるわよ」
不機嫌のままそう言うと、ミアは素早く口を閉じた。色々言ってはくるが、こういう所は彼女の利点だと思う。
そうして休憩を取って、ジーナと二人で店に立っているが、もう広場で西の商人達が市を開いたのだろう。さっぱり客は来ない。
人もそれだけ家から出て街を回るが、西の市が開けばやはりそちらに人が集まるのだろう。
終わらせるべき事を片づけ、店の入り口の掃除をしているジーナに声をかけた。
「ジーナ、ちょっと出かけながら西の市を見てくるわね」
「俺も行こう」
欠伸をしながらアスランがやってきた。
そういえばそろそろ起床の時間になる。市へ行くなら男手も必要な可能性があるので、マーヤは快く提案を受け入れた。
「助かるわ。じゃあ最初にお菓子を買いに行くわよ」
先日買った物が、今日の賑わいですっかり無くなってしまったのだ。
「またあの婆さんの所に行くのか?」
マーヤの祖母である菓子屋の店主・コクの所には必ずお菓子がなくなると買いに行っている。祖母と孫、というよりは、店主と親しい客、という感じなのだが、それはもう仕方ない。
長年の接し方は急に変える事など出来ないのだから。
「おばあさんの所のお菓子は最高だから。わたしはあそこの店でしか買わないのよ」
歩き始めながらそう言うと、アスランは笑いながら後をついてきた。
見送るジーナに手を振りながら慣れた道を歩き、やがて見えてきた祖母の店へ駆け寄った。
「ああ、マーヤかい」
店の中に並べられた形も色も様々な菓子を見比べ、いくつか選ぶ。
今度は前回よりも多めに手に取る。またなくなっては面倒だからだ。
「そういえば、西の市が開いているんだってねえ。真珠も来てるの?」
「だと思う。王都で真珠を売りさばく予定のはずよ」
「真珠はいいね。風呂にもいいし、飾りにもいい」
うっとりしながらそう言うコクは、昔──貴婦人であった頃でも思い出しているのだろうか。
「万病に効く薬だそうですしね」
マーヤが以前に商人仲間から聞いた噂を口にすると、コクは呆けた様に目を見開き、やがて大笑いした。
「いやだねえ。そんなのただの迷信だよ」