4
「ねえ、なんで彼をそんなに毛嫌いするのよ」
心底訳がわからない。
ミアなんてアスラン信者の第一号になりつつあるのに。
「私の好みからかけ離れているからです!」
偉そうに胸を張って威張る彼女が、本当にわからない。
思わず頭を抱えたくなりそうになるが、ジーナの話は続いた。
「私はもっと小さくて、貧弱で、細くて可愛らしい方が好きなのです」
熱い視線をこちらに向けるが、それは決して本気ではないのを、長年共にいるマーヤは理解している。
とりあえずジーナはアスランの端正な顔が嫌い、という単純な物なのだ。
そこへマーヤを絡めてくるのはただの客を楽しませる為のサービスだ。
「それにあのソファーはお嬢様と私だけが使える貴重な物です」
「すいません。俺こないだ使いました」
荷物整理が終わったのだろうセタが素直に挙手をして名乗りを上げる。──瞬間、ジーナが雷にでも撃たれたような衝撃的な顔をする。それはもう、本当に大げさなほどに。
「…………なんですって!? お嬢様のソファーに!」
「いや、凄く疲れちまってて、丁度良さそうなソファーがあったんで。すみません」
声を出せないでいるジーナに、セタは飄々とした様子で続ける。
「……セタ、あなた今月の給料からソファー使用代として半分引かせて頂きますね」
「え!? そんな、あんまりですよジーナ様!」
顔を真っ青にさせて慌てるセタに、常連客達は「いいぞいいぞ」と声を上げる。
マーヤには何がいいぞなのかさっぱりだ。客が楽しんでいるとはいえ、この茶番劇はいつまで続くのだろうか。
「ジーナ、セタをからかうのはいい加減にやめて仕事に戻りなさい」
頃合いを見計らってマーヤを手を叩いた。
こうでもしなければセタの給料を本当に引かなくてはならなくなってしまうだろう。茶番劇だと言っても、そこにジーナの本心も半分程紛れ込んでいる。
マーヤが指示をすると、すぐに集まっていた従業員達が持ち場に戻った。
***
「王様としての仕事は大丈夫なの?」
二時間の休憩をとって起きたアスランに、やっぱり心配になってマーヤは尋ねた。
「こうして睡眠をとってるんだ。問題ない」
「問題ないって、体調でも崩したらどうするの」
そう聞くと、ソファーから体を起こした彼が、そばに立っていたマーヤの手を掴んだ。
「……なに?」
緊張して、いつもより低い声音が出た。思ったより冷ややかな声になってしまい、声だけ聞けば不機嫌だと思うだろう。
「そんなに俺のこと心配してくれるんだ?」
「……あなたが心配じゃなくて、王様が心配なの。当たり前でしょ」
──もっと違う言い方があるでしょ!
自分の天の邪鬼な言い方に、内心で否定するが、訂正する気は起きない。
すばり図星だったわけだが、言い当てられたのが気に入らないのだ。
「王様が心配、ね」
そう復唱されるが、実際は違う。王様も心配だが、アスランが心配なのだ。
誰だって知っている人間が倒れれば気分が良くないはずだ。つまり、マーヤにとってそれだけの意味しかないのだが、アスランはそう思ってはくれないらしい。
「俺はマーヤも心配だよ。女が商売なんて苦労も多いだろう」
「なぜ心配してくれるの? 婚約者だから? それとも私が雇い主だから?」
マーヤが先に言うと、彼は顔をしかめて掴んでいた手を引っ張った。
突然引っ張られたマーヤはソファーに強引に座らされる形になる。すぐ至近距離に迫った彼に真摯な瞳で見つめられ、息を止めた。
「婚約者だからでも、雇い主だからでもない。おまえが気に入ったから心配してるんだ」
強い鳶色の瞳に見つめられ、マーヤは肩がふるえた。
今までこんな真剣な目で見つめられた事があっただろうか。
アスランの目をずっと見つめていたいという不思議な感情がこみ上げたが、彼はおもむろに立ち上がってしまう。
「そろそろ仕事に戻るよ」
そう言う彼にマーヤはいくつか指示をして、去っていく彼の背中を見つめ続けた。