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王が倒れては皆が困るし、マーヤの店で働いているから、と変な噂が立っても迷惑だ。
別に、彼が心配なわけではなく、王が心配なのだ。
マーヤは自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。
***
セタが在庫確認をしながら、新たに仕入れた荷を倉庫へ入れている。
一生懸命働く彼が誇らしくて、マーヤは声をかけた。
「セタ」
背後から声をかけると、どうやら驚かせてしまったようで、びくりと彼の肩が揺れた。
「びっくりしたなあ。驚かせないで下さいよ、お嬢様」
「ごめんなさい。驚かすつもりはなかったのよ」
笑いながら言うと、セタも笑顔を返して作業を再開する。
「そういえば、妹さんは元気?」
セタには年の離れた妹がいる。出稼ぎの為にこの首都へやってきた彼は、随分前から妹に会えていないはずだ。
何らかのやり取りはしているのだろうか。
「はい。たまに手紙を出したりもらったり。まあ、手紙は大抵母宛になるんですけどね」
やはり、家族に会えない寂しさはあるのだろう。
手紙のやり取りでもあるなら良い方だ。
「そういえばお嬢様、倉庫にダガの腰飾りが落ちてましたよ」
セタはポケットから花の形をした石の飾りをマーヤに渡す。確かにこれはダガのだ。亡くなった奥さんの形見らしく、いつも持っている。──しかし。
「……ダガは倉庫整理なんて仕事、やらないはずですよね?」
「ええ、そうね」
「じゃあ荷物運ぶ時に紛れたんですね。探していると思うんですよ」
「……わかったわ。私が渡しておくわね」
ダガの腰飾りが荷物に紛れて倉庫へ?
有り得なくはないが、果たして今模造品の事件が起きていて、そんな偶然あるのだろうか。
「ダガ……」
無意識に名前を口にすると、セタは作業を進めながら笑った。
「考え事に夢中でも、それは必ずダガに渡して下さいね」
ダガが大事にしている事をセタも知っているのだろう。彼の忠告を聞き、とりあえずダガに渡しに行くことにした。
***
店は賑わっていた。
売り子達が客に品を進め、従業員は品を検分しながら買い取る。
店の中に並べられた机の前にコムルが立っているのを見つけ、マーヤは笑顔で駆け寄った。
「いらっしゃいませ、コムル様」
コムルは口を引き結んだまま頷く。しかし、これは別に怒っているわけではない。他の人より口下手なだけだ。
「今回はどれくらいここに滞在できるのですか?」
「決まってはいない。暫くはいるつもりだ」
コムルの言う、暫くは最高1ヶ月を指し示す。
急な予定が入らない限り、1ヶ月程はいてくれる。
「そうですか。父も喜びます。もう父にお会いになりました?」
「昨夜会った。マーヤの事を随分心配していたぞ」
「……父が?」
マーヤは少し意外だった。大臣の仕事やマーヤの婚約の事で忙しくて、当のマーヤ本人の事は忘れていると思っていたからだ。
「この婚約がマーヤにとって、良いものか悪いものかは色んな見方がある。だが、父は娘を心配するものだぞ」
「はい、コムル様」
マーヤはその後コムルと話をして、丁度休憩に入ろうとするダガを呼び止めた。
「何かご用ですかな、お嬢様」
しゃがれた声で返事をしながらダガが立ち止まる。
「これ、あなたの腰飾りが落ちていたわよ」
セタから預かっていたものをダガに手渡す。それを受けとった瞬間、ダガの顔色が一気に明るくなった。
彼にとってやはりとても大切なもののようだ。
「ありがとうございます、お嬢様! なかったので探していたのですよ!」
「それ、倉庫に落ちていたみたいなの」
喜ぶダガにそれを告げると、彼はぴたりと動きを止めた。
「……倉庫に?」
いぶかしむ様にこちらをじとりと見つめる。
「……倉庫には一度も近づいてはおりませんが」
「じゃあ、荷物に紛れてしまったのではないかしら」
荷物に紛れるなんてめったにないが、可能性としてはある。
ダガは腰飾りに視線を落とし、暫くしてからぺこりとこちらに頭を下げた。
「そうですか。ありがとうございます。助かりました」
機械的にダガは礼を言う。そんなダガが休憩に入るために他の部屋へ行くのを、妙な気分で見送った。
ダガの行動が怪しく見えてしまうのは、こんな事件が起きているせいだろうか。
セタも、ダガも、なんだか疑わしくて仕方ない。今まで信頼してきた従業員達が、何を考えているのか全くわからず、誰もが怪しく思えた。
「お嬢様!」
考えながら店内に戻ると、ジーナが顔を真っ青させてこちらへ走ってきた。
「どうしたの、ジーナ」
「あの色魔が、変態が、痴漢が……っ!」
「なによ、不審者でもいたの?」
途切れ途切れになる彼女は相当動揺しているらしい。
店内に不審者が現れたのかと不安になっていると、ジーナが身振り手振りをつけて話を続けた。
「お嬢様の大事な仕事部屋で、お嬢様の大事なソファーにっ……!」
「……ジーナ、とりあえず落ち着いてくれないかしら」
彼女の指す“不審者”を理解した途端、マーヤは肩を落とす。
不審者ではなくて良かったが、いい加減彼を毛嫌いするのをやめてほしい。
ジーナは知らないとはいえ、一応マーヤの未来の夫だ。
「アスランはね、睡眠不足なの。だから私が二時間の睡眠を命じたのよ」
「だからってお嬢様の為に私が愛情込めて選んだソファーを使わせるのはあんまりです!」
だからその愛情は重いんだってば!
従僕の行き過ぎた執着に、店内の常連客は笑いながらヤジを飛ばす。