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三番目の花嫁  作者: 天嶺 優香
三、日常の攻防
14/34

3

 王が倒れては皆が困るし、マーヤの店で働いているから、と変な噂が立っても迷惑だ。

 別に、彼が心配なわけではなく、王が心配なのだ。

 マーヤは自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。


    ***


 セタが在庫確認をしながら、新たに仕入れた荷を倉庫へ入れている。

 一生懸命働く彼が誇らしくて、マーヤは声をかけた。

「セタ」

 背後から声をかけると、どうやら驚かせてしまったようで、びくりと彼の肩が揺れた。

「びっくりしたなあ。驚かせないで下さいよ、お嬢様」

「ごめんなさい。驚かすつもりはなかったのよ」

 笑いながら言うと、セタも笑顔を返して作業を再開する。

「そういえば、妹さんは元気?」

 セタには年の離れた妹がいる。出稼ぎの為にこの首都へやってきた彼は、随分前から妹に会えていないはずだ。

 何らかのやり取りはしているのだろうか。

「はい。たまに手紙を出したりもらったり。まあ、手紙は大抵母宛になるんですけどね」

 やはり、家族に会えない寂しさはあるのだろう。

 手紙のやり取りでもあるなら良い方だ。

「そういえばお嬢様、倉庫にダガの腰飾りが落ちてましたよ」

 セタはポケットから花の形をした石の飾りをマーヤに渡す。確かにこれはダガのだ。亡くなった奥さんの形見らしく、いつも持っている。──しかし。

「……ダガは倉庫整理なんて仕事、やらないはずですよね?」

「ええ、そうね」

「じゃあ荷物運ぶ時に紛れたんですね。探していると思うんですよ」

「……わかったわ。私が渡しておくわね」

 ダガの腰飾りが荷物に紛れて倉庫へ?

 有り得なくはないが、果たして今模造品の事件が起きていて、そんな偶然あるのだろうか。

「ダガ……」

 無意識に名前を口にすると、セタは作業を進めながら笑った。

「考え事に夢中でも、それは必ずダガに渡して下さいね」

 ダガが大事にしている事をセタも知っているのだろう。彼の忠告を聞き、とりあえずダガに渡しに行くことにした。


    ***


 店は賑わっていた。

 売り子達が客に品を進め、従業員は品を検分しながら買い取る。

 店の中に並べられた机の前にコムルが立っているのを見つけ、マーヤは笑顔で駆け寄った。

「いらっしゃいませ、コムル様」

 コムルは口を引き結んだまま頷く。しかし、これは別に怒っているわけではない。他の人より口下手なだけだ。

「今回はどれくらいここに滞在できるのですか?」

「決まってはいない。暫くはいるつもりだ」

 コムルの言う、暫くは最高1ヶ月を指し示す。

 急な予定が入らない限り、1ヶ月程はいてくれる。

「そうですか。父も喜びます。もう父にお会いになりました?」

「昨夜会った。マーヤの事を随分心配していたぞ」 

「……父が?」

 マーヤは少し意外だった。大臣の仕事やマーヤの婚約の事で忙しくて、当のマーヤ本人の事は忘れていると思っていたからだ。

「この婚約がマーヤにとって、良いものか悪いものかは色んな見方がある。だが、父は娘を心配するものだぞ」

「はい、コムル様」

 マーヤはその後コムルと話をして、丁度休憩に入ろうとするダガを呼び止めた。

「何かご用ですかな、お嬢様」

 しゃがれた声で返事をしながらダガが立ち止まる。

「これ、あなたの腰飾りが落ちていたわよ」

 セタから預かっていたものをダガに手渡す。それを受けとった瞬間、ダガの顔色が一気に明るくなった。 

 彼にとってやはりとても大切なもののようだ。

「ありがとうございます、お嬢様!  なかったので探していたのですよ!」

「それ、倉庫に落ちていたみたいなの」

 喜ぶダガにそれを告げると、彼はぴたりと動きを止めた。

「……倉庫に?」

 いぶかしむ様にこちらをじとりと見つめる。

「……倉庫には一度も近づいてはおりませんが」

「じゃあ、荷物に紛れてしまったのではないかしら」

 荷物に紛れるなんてめったにないが、可能性としてはある。

 ダガは腰飾りに視線を落とし、暫くしてからぺこりとこちらに頭を下げた。

「そうですか。ありがとうございます。助かりました」

 機械的にダガは礼を言う。そんなダガが休憩に入るために他の部屋へ行くのを、妙な気分で見送った。

 ダガの行動が怪しく見えてしまうのは、こんな事件が起きているせいだろうか。

 セタも、ダガも、なんだか疑わしくて仕方ない。今まで信頼してきた従業員達が、何を考えているのか全くわからず、誰もが怪しく思えた。

「お嬢様!」

 考えながら店内に戻ると、ジーナが顔を真っ青させてこちらへ走ってきた。

「どうしたの、ジーナ」

「あの色魔が、変態が、痴漢が……っ!」

「なによ、不審者でもいたの?」

 途切れ途切れになる彼女は相当動揺しているらしい。

 店内に不審者が現れたのかと不安になっていると、ジーナが身振り手振りをつけて話を続けた。

「お嬢様の大事な仕事部屋で、お嬢様の大事なソファーにっ……!」

「……ジーナ、とりあえず落ち着いてくれないかしら」

 彼女の指す“不審者”を理解した途端、マーヤは肩を落とす。

 不審者ではなくて良かったが、いい加減彼を毛嫌いするのをやめてほしい。

 ジーナは知らないとはいえ、一応マーヤの未来の夫だ。

「アスランはね、睡眠不足なの。だから私が二時間の睡眠を命じたのよ」

「だからってお嬢様の為に私が愛情込めて選んだソファーを使わせるのはあんまりです!」

 だからその愛情は重いんだってば!

 従僕の行き過ぎた執着に、店内の常連客は笑いながらヤジを飛ばす。

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